逃げきれた夢 (2023):映画短評
逃げきれた夢 (2023)ライター3人の平均評価: 4
なぜこんなに純度の高い映画が撮れるんだろう
異才・二ノ宮隆太郎の『魅力の人間』から数えて4作目の長編監督作。ますます凄い。カンヌ選定委員からトルストイ『イワン・イリッチの死』の現代版との評が出たが、それをベースにした黒澤明の『生きる』と比べたくなる。我々は残された時間で立派なことなど出来るのだろうか。主人公・周平(光石研)いわく「やりたいこと……何やろね?」。
二ノ宮と続けて組む四宮秀俊のカメラは最高。元教え子の平賀南(吉本実憂)が鋭利な目を向ける周平との切り返しは、二ノ宮に内在化するふたつの精神が対峙しているようだ。体裁のいい答えは出さないし、知った風なことも決して言わない。曖昧な人間存在の相当深い処にまで錘を垂らせている気がする。
沈黙の中にもリアルな感情がたっぷり
大学を出て、公務員になり、教頭になって、定年まであと1年。外から見れば順調な人生のはずなのに、幸せではない。いったいどこでこうなったのか。だが、生徒に対しても、自分をほぼ無視する妻や娘に対しても、本心を隠し、平然を装って頑張る。そして時には空回りもする。彼の笑顔には人の良さが滲み出ているだけに、それは痛々しく、リアルで、共感できる。せりふのないところでも微妙な感情表現をする光石研をはじめ、役者たちはみんなすばらしい。良い感じで「間」を取り、静かに進んでいくが、(特にラストは)思わぬ形で緊張させてみたりする。これで商業映画デビューを果たすという二ノ宮監督の今後に期待したい。
観終わった後、意味深なタイトルがジワる
二ノ宮隆太郎監督が光石研を当て書きした脚本ではあるものの、独特な会話で何気ない日常を淡々と捉える二ノ宮節が全開! 相変わらず、ちょっと観る人を選ぶ映画に仕上がっているが、光石演じる初老の教頭が監督の前作『お嬢ちゃん』の萩原みのりを思い起こさせる気が強い女性たちに振り回される姿が笑いを誘う。教え子役で吉本実憂や(柴田)杏花が登場し、「表参道高校合唱部!」同窓会ムードも漂うなか、12年前の光石主演作『あぜ道のダンディ』では田口トモロヲだった大親友役を今回は松重豊が演じ、「バイプレイヤーズ」好きにはたまらない掛け合いを披露。観終わった後に、意味深なタイトルがジワること間違いなし。