岸井ゆきの、映画には忘れられない出会いがある 役者としての2つのターニングポイント
4月1日より公開される主演映画『やがて海へと届く』で、大切な人たちとの喪失と向き合う主人公・真奈を演じた岸井ゆきの。劇中、忘れられない思いを抱える主人公を等身大の演技で表現しているが、岸井自身にとっての俳優人生も、また違った意味で忘れられない思いに満ちているという。映画では初顔合わせとなった浜辺美波との共演や、俳優としての考え方が変わるターニングポイントなどについて率直な思いを語った。
【インタビュー動画】岸井ゆきの、自身の転機となった出演作は?
『やがて海へと届く』は、東日本大震災に関する著作でも知られる小説家・彩瀬まるの同名小説を映画化したヒューマンドラマ。岸井が演じる真奈は、一人旅に出たまま突然消息を絶った親友・すみれ(浜辺)の不在を受け入れられずにいたが、彼女が大事にしていたビデオカメラに残されていた彼女の秘密を知る。そして、すみれが最後に旅した場所を訪れ、その喪失と向き合っていくことになる。
岸井にとっても「答えのない映画」と語る本作だけに、演じる真奈のことは繊細に捉えていた。「撮影中、真奈の気持ちについては誰にも言わなかったと思います。真奈にはすみれへの思いや、感情を一つに絞ることのできない年月のこともある。真奈はこういう思いで、こういう感情でここに来ました、というのを簡単に説明できないと思ったので、監督とも答え合わせはせずに、感情を抱えられるだけ抱えて演じてみようと思いました」
その岸井ふんする真奈にとって、かけがえのない存在となるすみれを演じているのが、映画では初共演の浜辺だ。2020年に放送されたテレビドラマ「私たちはどうかしている」でも共演はあるものの、「昼ドラのようなドラマで、私が演じたのが、いわゆる邪魔者のような役どころだったので……(笑)。お互いに様子を見ているような感じもあって、きちんとお話しできるのは今回が初めてで新鮮でした」と振り返る。
それゆえに年齢の差を感じなかったという岸井。「浜辺さんがしっかりしているというのもあるのですが、カフェや洋服の話を楽しくして、浜辺さんも私が年長だからという感じもなく、私もしっかりしなきゃというプレッシャーもありませんでした。自然な女性同士のトークをしていました」
二人にとって、撮影の初日は、真奈の失恋の傷を癒やすために小旅行へ電車で向かう場面。「そこに至るまでにすごく話し合うという感じではなく、それを二人の関係の基準にしました。真奈は喪失感や空白を抱えながら12年を生きてきて、そこから海の方へ行くのですが、そこに至れない人もいると思ったんです。ずっと忘れたくない、でも忘れてしまう……そうやって立ち止まって向きあえない人もいるんだろうなと。でも、真奈は一歩踏みだしたんだなと思ったし、12年という長い年月を演じられるということもきっとおもしろいだろうなと思いました」
岸井自身にとっての忘れられない思いとは、出演してきた作品ごとにあるという。「とくに映画はかけている時間が違いますし、忘れられないし、忘れたくても残ってしまう。忘れさせてもらえないんだなと思います。すみれとは違って、関わった人たちは誰もいなくなっていないし、その出会いが続いている。真奈はすみれを失ったことで記憶が薄れて遠ざかっていくからこそ忘れたくないという思いに駆られちゃうんでしょうけど、私にとって大切な人は今も一緒にいてくれるので、大切にしたい。映画にはそんな出会いがたくさんあるんです」と語る。
これまで連続テレビ小説「まんぷく」や最近でもドラマ「恋せぬふたり」など、映画のみならず活躍を見せる岸井。自身のキャリアを振り返って「体感としては猛ハイスピードで過ぎていったのですが、作品で追っていくとすごくゆっくり」と語る岸井。俳優人生にとっての転機となったのが、主演を務めた『おじいちゃん、死んじゃったって。』と『愛がなんだ』だという。「それまでは映画が好きで、映画に携わっていけたらそれでいいと思っていたんですが、初主演でようやく映画で真ん中に立つということを経験して、主演だからこそ経験できるものがあるなと思いました。もちろん周囲の人にすごく助けてもらったし、全員野球のような感じで作り上げた映画でしたが、そこで初めて、背負う、背負わなきゃ、背負うんだ、と思ったんです」
「その後の『愛がなんだ』は、自分の作品として初めてコンペ(第31回東京国際映画祭)に入った作品で、また背負うものが大きくなったなと思いました。これは、主演だから、テルコという役を演じたから見える景色なんだなと感じた作品です。今も映画は好きという気持ちはもちろん変わらないし、どんなに小さな役でも、セリフやシーン数が少ない役でも私はうれしいし、同じ熱量を持って演じるのですが、でも、この作品については……『抱きかかえたい!』と思ったんです。そう思えるような作品だったら、いくらでも背負いたいんだなと思ったんです。それが主演なら主演という言葉さえも背負いたい」
続けて岸井は「主演というと大仰なので、私はいつも『主人公を演じました』というんです。自分で主演したとは、恥ずかしくて……(笑)。そうやって言葉を変えれば自分が納得できるのであれば、それでいいやとは思っています。真ん中の人物を演じること、その人の映画だから、より深いものになっていくんですよね、抱える感情も違うし、監督やスタッフさんとの距離も違う。そういうことで一歩一歩、映画づくりに近寄れるんだったら、やりたいなと。この2作が転機というか、考え方が変わるターニングポイントになったかなと思います」と思いを明かす。
そんな岸井も30代を迎えた。「30代ってどうなるんですかね(笑)」と実感もないというが、「20代の最後に撮ったものが今年公開されるということが多いので、それでどう思ってもらえるのかなというのを聞きたいという気持ちです。そこから自分のことを考えるのでも遅くはないかなと」とあくまで冷静だ。本作でも長い年月にわたって主人公を演じており、イメージに影響されない役の振れ幅は岸井の魅力ともなっている。「今後、自分がどうなるのかしら? という感じで、ただ、回想シーン以外は、制服は着ないぞという強い意思はあります(笑)」と笑ってみせた。