第86回アカデミー賞外国語映画賞の行方

文=中山治美

 今年の外国語映画部門は、史上最多となる世界76カ国から応募があったという。その各国えりすぐりの代表作が集まる最もハイレベルな部門であり、個人的にも賞の行方が最も気になっている。日本の映画賞を総ナメにしている石井裕也監督『舟を編む』がノミネートから外れたことはすでに報じられたが、他にも第63回ベルリン国際映画祭銀熊賞受賞作であるダニス・タノヴィッチ監督『鉄くず拾いの物語』(ボスニア・ヘルツェゴビナ)、アンジェイ・ワイダ監督『ワレサ 連帯の男』(ポーランド)、ウォン・カーウァイ監督『グランド・マスター』(香港)ら巨匠たちも晴れの舞台に進めなかった。そして選ばれた5作品のなんと豊潤な事か。すでに4作品がカンヌ、1作品がベルリンと三大映画祭で評価を受けたお墨付きで、米国映画のような派手さはないが、いずれもハッとさせられるような映像表現と、彼らにしか語れない物語がある。

 筆頭が、リティー・パニュ監督『ザ・ミッシング・ピクチャー(英題) / The Missing Picture』(カンボジア)だ。1970年代後半のポルポト政権下、強制労働させられた監督自身の少年時代をたどるドキュメンタリーで、記憶を再現するのが、プロパガンダ映画と土人形によるジオラマというのに驚かされる。ジオラマのそのシーンこそが、監督が生涯探し続けている虐殺場面であり、写真に残すことができなかった家族だんらんの場面なのだ。極めて個人的な体験を基にしているが、カンボジアの暗黒時代の歴史を掘り起こし、今なお世界で続く紛争に静かな異議を投げかけている。

 ハニ・アブ・アサド監督『オマール(原題) / Omar』(パレスチナ)は、同じく外国語映画賞にノミネートされた前作『パラダイス・ナウ』(05)に引き続きパレスチナ問題を描いている。今回は、パレスチナ‐イスラエル間を行き来して闇の仕事を行う青年オマールが主人公のサスペンス劇だ。そのオマールを演じるアダム・バクリが実に魅力的だ。両国を分断する壁をロープを使って軽々と乗り越え、追っ手から華麗に逃げ切る身体能力の高さにほれぼれする。ここから未来のハリウッドスターが誕生するかもしれない。

 現代版『甘い生活』とも言える、経済危機に陥ったローマの今を映し出したのが、パオロ・ソレンティーノ監督『追憶のローマ』(イタリア)だ。名コンビであるルカ・ビガッツィのカメラワークは今回もさえ渡り、神々しいまでに美しい風景の中で、65歳にして人生を振り返ることになる作家の哀愁が胸に迫る。

 ただここ数年の受賞作の傾向を見ると、『愛、アムール』(2012)、『別離』(2011)、『おくりびと』(2008)然り、国籍や年齢にかかわらず幅広い層が共感できる作品に支持が集まっている。幼児虐待嫌疑を掛けられた男の苦難と孤独を描いた『偽りなき者』(デンマーク)、子を亡くした夫婦の喪失をブルーグラス・ミュージックに乗せてつづった『オーバー・ザ・ブルースカイ』(ベルギー)が有力か。

 個人的には長年、自国の歴史を追究してきたパニュ監督の朗報を期待したい。受賞すれば、カンボジア映画初の快挙となる。

筆者プロフィール:

中山治美(なかやまはるみ) / 茨城県出身。スポーツ紙記者を経てフリーの映画ジャーナリストに。「週刊女性」「GISELe」「共同通信47ニュース」「日本映画navi」などで執筆中。デイリースポーツWeb版「映画と旅して365日」の連載を始めました。