高橋一生、岸辺露伴は転機となった縁が結んだ役
荒木飛呂彦の人気コミック「ジョジョの奇妙な冒険」から生まれた傑作スピンオフを実写ドラマ化した「岸辺露伴は動かない」で、漫画原作のキャラクターに見事に命を吹き込み、改めて俳優としての凄みを見せつけた高橋一生。渡辺一貴監督をはじめ、ドラマシリーズのスタッフが再集結して挑む劇場長編映画『岸辺露伴 ルーヴルへ行く』が5月26日より公開となる。渡辺監督は、過去にNHK大河ドラマ「おんな城主 直虎」でもタッグを組み、「自分の芝居をちゃんと見てくれる人がいる」と思わせてくれた特別な人だという。高橋が岸辺露伴の役づくりや、転機の一つとなった渡辺監督との出会いについて語った。
岸辺露伴の役づくりは「まるで壮大な実験」
相手を本にして生い立ちや秘密を読み、指示を書き込むこともできる特殊な力“ヘブンズ・ドアー”を持つ漫画家・岸辺露伴が、奇怪な事件や不可思議な現象に立ち向かう本シリーズ。劇場長編映画となる本作では、フランスのルーヴル美術館を舞台に展開される、荒木初となるフルカラーの読切で描かれた人気エピソードを原作に、露伴が「この世で最も黒く、邪悪な絵」の謎を追い求める。
ドラマシリーズは、2020年に第1期が放送され、2021年に第2期、2022年に第3期と年末ごとに計8エピソードが放送された。露伴を演じて4年目に突入した高橋だが、役者としてのキャリアにおいても「とても特別な経験」だと語り、「金田一(耕助)さんや古畑(任三郎)さんが思い浮かびますが、長く演じることができる役はそんなに多くはないですから」とニッコリ。露伴役を通して「1時間、2時間では語れないもの。そんな役づくりを試したくなりました」と新たな境地に挑んだと明かす。
それを可能にしたのは、信頼できるスタッフがいたからだ。高橋は「スタッフの皆さんが外側のビジュアルなど、強い露伴像を作ってくださった。それを打ち出せたのが、第1期です。僕はそういった1期ができたことに内心とても感動していましたし、安心した部分もあって」と感謝し、「『それならばこのままのことをやっても仕方ない。1期とは違う露伴にしよう』と思ったのが、2期、3期です」と役へのアプローチについて回想。
「かといって、奇をてらうことはしたくはなかった。それならば荒木先生の描き出した、露伴のキャラクター性のようなものを何とか自分の肉体を使って表現できないものかと考えて。露伴は、『ジョジョの奇妙な冒険』の第4部や『岸辺露伴は動かない』『岸辺露伴 ルーヴルへ行く』など、エピソードによって、まったく新しい一面が見えてくるようなキャラクターなんです。作品ごとに違った表情を見せながらも『すべて岸辺露伴だ』と思わせるような筋が一本通っている。実写化においては、その不思議さを表現したいと思っていました。また人間は、対する相手や物事によって人格が変わって見えることがあります。その人間の曖昧さのようなものも、露伴を通して表現できたらいいなと。1期から本作にかけて、自分の中で壮大な実験を繰り広げました」
露伴に共鳴!「リアリティこそがエンターテイメント」
もともと原作ファンだったという高橋。「10代の頃に影響を受けた人を挙げるとするならば、ヘンリー・デイヴィッド・ソロー(※アメリカの思想家、詩人)と、岸辺露伴。僕にとって露伴は、自分の肉体の一部になっているような人」というほど、露伴の言動は自身の人生観に影響を与えてきた。パリ・ルーヴルでの撮影が実現した本作でも、高橋は「歴史的建造物に入ったときや、絵画を前にすると一体、露伴はどうなるのか。お芝居をしていても、そういったことを感じられてとても面白かった」と露伴と一体化した感覚を味わっている。
露伴は「リアリティこそが作品に生命を吹き込むエネルギーであり、リアリティこそがエンターテイメントとなる」と言い放っているように、リアリティを追求しながら創作に打ち込んでいるキャラクターだが、高橋は「僕ら俳優は、“リアリティ”をやらなければいけない人間」と、その点についても大いに共鳴。
「リアリティというのは、真に迫ること。迫真性であって、『お客さんがいかに娯楽として楽しめるか』ということを念頭においてお芝居をするよう意識しています。そしてどれだけぶっ飛んだ話であっても、しっかりとリアリティを持っていないといけないと思っています。『岸辺露伴』のように、非日常を描く世界観の中でリアリティを出せているとしたら、それこそが僕が一番やりたかったこと」と持論を展開しながら、「露伴を演じる過程で、そういったことにチャレンジできたことはとても幸運なこと」と穏やかに微笑む。
大河ドラマが転機に
『ルーヴルへ行く』では、デビュー間もない若かりし露伴(長尾謙杜)が描かれる。その当時、露伴には女の子をかわいく描けない悩みがあったが、高橋自身、同じような経験はあったのか?
「俳優として生きていく上では、自分の力ではどうしようもないこともありますし、芝居がうまければいいといいものでもありません。僕は顔がいいわけでもないし、タッパがあるわけでもないので、できることといったら芝居しかない。自分が本物か偽物かはわからないけれど、『芝居をしっかりとやっていればいつか通じるときが来るだろう』『俳優として生きていることに自信を持たなければ』と思っていました。とにかく芝居を貫くしかなかった」ともがいた時期を振り返りながら、「そうやって自分と向き合っていく中で、今いろいろな作品に携わらせていただけるようになった」としみじみと語る。
その道のりにおいて、高橋を励ますような出来事となったのが、渡辺一貴監督との出会いだ。「タイミングよく、その出会いが訪れた」と口火を切った高橋は「大河ドラマで、とんでもない大役を仰せつかった」と、2017年放送のNHK大河ドラマ「おんな城主 直虎」で直虎を守り続ける小野但馬守政次役に抜擢されたときのことを述懐。「この世界で僕の芝居をしっかりと見てくれている人なんて、自分のマネージャーさんくらいしかいないと思っていたんです。けれど一貴さんは、僕の芝居の本質的なものを見てくれた」
さらに「僕には、忘れもしないことがあって。検地を描く回があったんですが、そこで一貴さんが『こんなに僕の芝居を見てくれているんだ』と思うような言葉をかけてくださったんです。僕はそのことにとても感動して『これから1年かけて、この人についていけるんだ』と思うと、とてもうれしくなって。そのときにも、一貴さんと一緒に、時代劇という虚構を描く中で真に迫るものを作ることができたんじゃないかと思っています」と語り、「だからこそ、『岸辺露伴』で一貴さんとまた虚構の世界に挑戦できたことは、夢のような経験になりました」とうれしそうに目尻を下げていた。(取材・文:成田おり枝)