ダーク・ウォーターズ 巨大企業が恐れた男 (2019):映画短評
ダーク・ウォーターズ 巨大企業が恐れた男 (2019)ライター5人の平均評価: 3.8
利益を重んじて人命を軽視する巨大企業の怖さ
アメリカの大手化学メーカー、デュポンが人体に有害な化学物質(当時テフロン加工に使用されていたPFOA)を廃棄し、大勢の近隣住民が深刻な健康被害を被っていることを知ったエリート弁護士が、キャリアばかりか命の危険すら顧みず巨大企業の不正を暴くために立ち上がる。実話を基にしたアメリカ版・水俣病裁判。利益を重んじて人命を軽んじる大手企業の卑劣さにゾッとすると同時に、巨大な権力に怖気づいて忖度してしまう人間の弱さ、田舎者を蔑視するエリート階級の傲慢さなども、環境汚染が長いこと放置された背景に浮かび上がる。それだけに、周囲から変人扱いされても弱者のために戦う主人公の正義感と勇気が際立つ。見応え十分!
危険なケミカルワールドに生きていることを自覚せよ!
実話を基にして告発を描く社会派ドラマの多くは、法廷での勝利がクライマックスとなる。そこに着地しないのが本作のユニークな点だ。
アメリカの“ミナマタ”というべき大企業を相手取った公害裁判。和解を経ても訴えた側の戦いは続く。大企業はつねに権力を味方に付け、庶民を苦しめる。そこに社会のいびつな構造が浮かび上がる。
アート指向の強いT・ヘインズが社会派劇を撮ったのは意外だったが、化学物質がもたらす人体の異変を『SAFE』で描いていたことを思えば腑に落ちる。自分の身は自分で守るしかない。そのためには無知ではいられないし、戦い続けなければならない――そんなテーマを含めてズシっと来る力作。
静かに戦い続ける男が、マーク・ラファロによく似合う
大企業の巨悪とそれに立ち向かう弱者を実話を元に描くという、ある種典型的な物語だが、戦いとその結末を描くのではなく、"戦い続けるということ"に焦点をあてたドラマ作りで魅了する。映画は、この事実に出会わなければ平穏な生活が送れただろう一人の弁護士が苦難の道を歩み続けていくさまを、静かに追う。この弁護士の、大きな声を出すことはなく穏やかな物腰で、しかしずっと一人で地道に、自分がやらなくてはならないと思うことをやり続けるという人物像が、マーク・ラファロによく似合う。もともとこの映画化企画の発案者はラファロだったとのことで、彼自身がこの人物に自分と共通するものを見出していたのではないだろうか。
待ったなしの問題、終わりなき戦いにじっくり挑む
『水俣曼荼羅』や『MINAMATA』とも繋がる題材・主題を、環境活動家としても知られるマーク・ラファロが製作・主演。老舗化学メーカーのデュポン社による公害問題&健康被害を扱った実話の映画化だ。思えばラファロはデュポン財閥絡みの傑作『フォックスキャッチャー』(14年)で大役を演じた因縁もある。
監督はトッド・ヘインズ。内容からは初期の怪作『SAFE』(95年)を連想するが、今回の物語はストレートな内部告発系。巨大企業との全面対決に踏み出した弁護士のひたすら地道で粘り強い闘いが続く。地元ウェストヴァージニアへの思慕が歌われるジョン・デンバーの『カントリーロード』が皮肉めいて流れるのも印象深い。
考えさせる、優れた社会派スリラー
アメリカではつい最近、ミシガン州フリントで水道水汚染の騒動が起きたばかり。コスト削減のために市民の健康を犠牲にした許せない出来事だが、その前にもこんな話があって、しかもこのひとりの弁護士は何年もかけて戦っていたのだった。大企業を相手にした、どう考えても勝ち目のない争いを、今作は、緊張感たっぷり、かつ感情的に描いていく。不条理なことが多すぎてフラストレーションがたまるのも、事実にもとづいているからこそ。他人のために、一番愛する家族を犠牲にすることになった主人公のジレンマも心に迫る。スリラーとして楽しめて、しかも資本主義社会で起きていることについて考えさせてくれる、優れた作品。