すばらしき世界 (2020):映画短評
すばらしき世界 (2020)ライター6人の平均評価: 4.7
俗世にまみれて格闘する「下町のジーザス」の物語
こんなにも「役所広司が泣き顔を見せる」映画があったであろうか。そう、彼が体現した、出所し娑婆でリスタートする三上は劇中、涙を流す場面が3回ある(もしかしたら画面上、あえて映されていないが風呂場のシーンも含めて4回かも……)。
その「下町のジーザス」(by西川美和監督)、三上の“感情の振れ”の軌跡に引き込まれていき、そして観客もまた落涙してしまう。だんだんと他人事が“自分事”となって近づいてくるのだ。安易に白黒つけない作劇は今まで通りなのだが、いやあ、これほどまでに「泣いた」という感想が広がった西川映画はあったであろうか。“嘘”や“なりすまし”など主要テーマの爛熟と共に、この変化は見逃せない。
スタート地点にすら立てない人を社会はどう救うべきなのか
これまでに何度も繰り返し臭い飯を食ってきた中年ヤクザが、今度こそは真っ当に生きようと地道に更生を目指すものの、しかしそんな彼の前に様々な障害が立ちふさがる。それは、一度レールを外れてしまった人間のセカンド・チャンスを許さない日本の社会システムであり、はたまたドロップ・アウトした者へ向けられる排他的な偏見の目でもある。そもそも、恵まれない境遇に生まれ育った者には、生きるための知恵や常識を学ぶことも難しい。様々な事情でスタート地点にすら立てない人間を、社会はどのように見守り支えるべきなのか。ますます格差が広がり貧しくなる日本の、現在と未来を考える上でも見逃せない作品だ。
ワーナーと組もうが、まったくブレない西川美和監督作
“生き別れの母親との再会を望む、元殺人犯に密着”という「ザ・ノンフィクション」好きにはたまらない導入。“生きづらさ”というテーマ的には、『ヤクザと家族』と被る部分も多いが、こちらはガッツリと日常的。ときに微笑ましく描かれることもあり、野次馬ノリで観ると、どんどん感情が揺さぶられ、ラストでタイトルの意味を噛みしめる。ワーナー・ブラザースと組もうが、まったくブレない安定すぎる西川美和監督作であり、キレたら誰も止めらない怪物キャラを演じる化け物俳優・役所広司の使いこなしも、さすがの一言。そして、ディレクター役の仲野太賀は言わずもがな、スーパー店長役の六角精児は助演男優賞ものだ!
「社会」は冷たくても、「人」は必ずしもそうではない
一度レールを外れると、本人がどんなにやり直したいと思っても、なかなか受け入れてもらえない。そんな中で、人はやる気をくじかれていく。世の中はそんなふうに、冷たく、意地悪で、心が狭い。その現実を正直に描きつつも、今作は、人をひとりひとり見ていけば、必ずしもそうではなく、そこにはヒューマニティがあるのだという、もうひとつの優しいリアリティも見せてくれるのだ。映画の前半では「皮肉なのか?」と思えたタイトルも、後になって、決してそうではなく、実にぴったりだったのだとわかる。思い切り泣かせてくれて、でも希望を感じされてくれる、大傑作。
皮肉な程に素晴らしい世界
社会復帰を目指す元ヤクザと彼を巡る人々の時代と社会の趨勢を感じさせるドラマ。『ヤクザと家族』と対にして見るとまた面白い。
本作で初めて原作モノに手を出した西川美和監督ですが、カラーは健在。
そして、トリックスターの役所広司が何とも言えない苦笑いを誘います。純粋なガキ大将がそのまま老年に差し掛かったようなキャラクターは、お近づきになりたいようななりたくないような存在です。
彼を囲む役者たちも絶妙な配置でいい具合に振り回されます。そして唐突に現れるペーソスあふれる結末にまたやられます。
早すぎるけど、2021年の主演男優賞は確定でいいかも
服役囚の社会復帰という、とことんシビアなテーマで、しかも周囲の偏見や現実の厳しさをきっちり描きながら、この軽やかさ、この微笑ましさは、いったい何!? 題材と作風のギャップで予想外のエモーショナルを与える、映画としての目的を完璧に達成。
説明セリフを排し、日常の会話にナチュラルに教訓をのせる脚本も巧いが、役所広司の奇跡レベルの名演技が、観る者の心をつかんで離さない要因。ブチキレる瞬間から、妙な正義感の発露、本能的な優しさ、とぼけた味わいまで縦横無尽なうえ、すべての感情が痛いほど伝わってくる。「演じる仕事」の最高の見本に敬意を表したい。
観終わった後はタイトルの意味を考えつつ、余韻は格別だ。