RUN/ラン (2020):映画短評
RUN/ラン (2020)ライター6人の平均評価: 3.7
特に見逃さないでほしい1ショットがある
自分の人生を、今まで常軌を逸した方法で支配してきた“母親”からの逃避と乗り越え。スタンダードだが的確なスリラー演出の積み重ねのもと、闘う主人公の「自立への意志」がクローズアップされてゆく。
下半身麻痺で車椅子ユーザーのヒロインの覚醒をいっそう後押しするのは、希望する大学の「可能性は無限」というメッセージだ。何だかいかにもご都合主義のようだが、それを確信するシーンがある。絶体絶命、閉じ込められた部屋から決死の脱出を試み、止むを得ず体を酷使するや、(脳の回路が刺激されたのか)麻痺足のつま先が微かに動く。そして彼女は劇中、唯一、一瞬だけ心底微笑むのだ。この1ショットを、どうか見逃さないで。
ヒッチコック・オマージュたっぷりの正統派スリラー
いろんな意味で、先取り感満載だった『search/サーチ』の監督、待望の最新作は、前作と打って変わって『裏窓』『めまい』など、ヒッチコック・オマージュたっぷりの正統派スリラー。「もっとも身近で頼れる存在である母親が……!?」という、どこか既視感がある展開やカットが続くが、前作で消えた娘を捜す父親のように、今回も孤立無援のヒロインを応援したくなる。そんな思わず感情移入してしまう確かな演出力だけでなく、ヒロインがスマホを持つ必要性がない設定の説得力も光る。サイコパスな毒母を演じるサラ・ポールソンの顔芸やら、新聞記事を保存する謎など、ツッコミどころもあるが、90分という尺は魅力的だ。
毒母vs逃げたくても逃げられない少女
主要登場人物は母と娘。母はダークな過去を抱えた、ミステリアスな存在だ。娘は病弱で車椅子生活を余儀なくされている。そんな親子の葛藤を突き詰めながらスリラーを紡ぐ。
『search/サーチ』で全編がPCモニター画面上の物語という限定空間を構築したチャガンティ監督が、ここでは車椅子生活者の視点に立ち、限られた空間のサスペンスを演出。肉体的ハンデを負う者の苦境に力点を置いたことで、本作は目の離せないドラマとなった。
小ぢんまりと収まった感もないではないが、『ラチェッド』に匹敵する毒婦像を体現したポールソンの怪演や、私生活も車椅子で過ごしている娘役のアレンの熱演は目を引き寄せるに十分。
母性愛という名の狂気? ねじれた母娘の愛憎ホラー
冒頭に瀕死の赤ん坊が登場し、涙にくれる母親の映像が数年後の強気な彼女自身へと切り替わる。鳥の巣症候群を否定する母親への違和感が徐々に大きくなる構成が巧みだ。母性愛あふれる母親の本当の顔は? S・ポールソンがハマっている。唯一頼れる人の恐ろしい秘密を知り、生き残りをかけて戦う娘クロエが車椅子生活で、外界とほとんど接触してこなかった設定も緊張感を盛り上げる。マイナス要素が多い少女の戦いぶりは本作最大の見どころだ。クロエ役のキーラ・アレンは車椅子の操作が上手いので、かなり特訓したのかと思ったら、彼女自身が実際にハンディキャップを持っているとのこと。演技がリアルなはずだと納得。
怖ろしすぎる母性愛の暴走
生まれつき複数の病気を抱えて車いす生活を送るティーン女性クロエ。そんな娘を母親ダイアンは献身的に支え、大学進学の夢も応援してくれている。だが、いつまで経っても届かない受験の結果通知。ある時、クロエはいつも与えられる処方薬に疑問を抱いたことから、やがて母親がひた隠しにする衝撃の真実を知ることになる。これぞまさしく母性愛の暴走!いや、母性愛というよりも強烈な自己愛と呼ぶべきだろう。某スティーブン・キング作品にも相通じる極限の脱出劇はスリル満点で、いやまあ、そういうことなのだろうなと思いつつもハラハラさせられる。サラ・ポールソンのサイコパスな毒親っぷりがまた怖い。
ストーリーの底に、普遍的な恐怖が潜んでいる
これは怖い。「母の愛からは逃れられない」という宣伝コピーは深くて、本作がホラー映画のタッチで描く極端な話は、実は普遍的事態の暗喩。現実でも、母自身が正しいと信じ込んでいる愛が、子供の視点から見ると歪んでいるという状況はよくあることなのではないか。そして、子供はそこから逃れるために、母は逃がさないために、双方がそしらぬ顔をしながら水面下で知恵と力の限りを尽くし合うという事態もまたしかり。本作の母子も死闘を繰り広げて一つの決着を見るのだが、さらに、それでもなお、という逃れようのなさまでをも描くのが本作の恐ろしいところ。勝者も敗者もその真の状況を自覚していないかのように見えて、さらに怖い。