略歴: 編集者を経てライターに。映画、ドラマ、アニメなどについて各メディアに寄稿。「文春野球」中日ドラゴンズ監督を務める。
近況: YouTube「ダブルダイナマイトのおしゃべり映画館2022」をほぼ週1回のペースで更新中です。
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メキシコを舞台に、娘を誘拐された母親がたったひとりで犯罪組織に迫るという物語。実話を元にしただけあって、ドキュメンタリータッチが貫かれており、手持ちカメラはひたすら母親のみを追う。観客は彼女とともに、年間6万件も身代金誘拐が発生し、警察はまったく頼りにならず、誘拐されて殺害されても放置されるメキシコ社会の暗部を知ることになる。BGMも一切排してしているので、とにかく全編緊張感がすさまじい。家父長制が根強く残るメキシコで、威圧的な夫に虐げられて仕事も財産も特技も持たない女性が自立する話でもある。いろいろな意味で、社会を変えていくには、ひとりずつが立ち上がっていくしかないのだと実感させられる。
19世紀の寒々しい米東海岸を舞台に、陸軍士官学校で起こった猟奇殺人事件に元刑事と後に文豪となる青年時代のエドガー・アラン・ポーが挑むミステリー。魔女狩り、悪魔崇拝などを絡めた序盤、中盤は重厚に進むが、事件解決かと思いきや終盤に怒涛の展開が訪れる。クリスチャン・ベイル演じる主人公のバディとなるポーは、士官学校のホモソーシャルに馴染めなくて、頭の回転がキレキレで、ビブリオフィリアで、大酒飲みで、女性に一途で、詩人という抜群のキャラ。『クイーンズ・ギャンビット』でも印象的だったハリー・メリングが好演しているが、本物のポーの写真と顔の骨格がそっくりなのがすごい。ポーが探偵になるスピンオフが観てみたい。
乗客乗員150名を乗せた飛行機の中でバイオテロ発生! 逃げ場のない乗客たちの運命やいかに? と、あらすじを語る声も大きくなりがちな、堂々たるパニックアクション超大作の醍醐味を味あわせてくれる一作。とにかくアクションの力技感が半端ない。車が横転する様や飛行機が一回転する感覚を全身で味わうためにも、デカいスクリーンで見るのが吉。ソン・ガンホとイ・ビョンホンという二大スターがそれぞれ父親として身体を張って奮闘する話であり、こってり目の味付けの家系(家族愛)映画でもあるが、犯人の動機が安易なものでなくて良かった。ややB級感のあるストーリーではあるが、“パニック”の意味が反転する終盤の展開には息を呑む。
ポストモダン文学の代表的作家ドン・デリーロが85年に発表した代表作を『マリッジ・ストーリー』のノア・バームバック監督が映画化。有毒化学物質による汚染事故がトリガーになって、死の恐怖に取り憑かれてしまった大学教授とその妻、家族を描く。大量消費社会と漠然とした不安、カリスマと大衆の熱狂、メディアと陰謀論、不条理な惨事と正常性バイアス、謎の薬物と拳銃などが画面を行き来する中、壊れかかった夫婦の愛と信頼の回復へと物語は収斂していく。壮大でツイストの効きまくった“余命もの”でもある。LCDサウンドシステムの曲に合わせて極彩色のスーパーマーケットの中で人々がゆるく踊り続けるエンディングが秀逸。
“世界のトヨタ”のお膝元、愛知県豊田市にある数千人のブラジル人出稼ぎ労働者が住む団地(実在する)とその周辺を舞台にした、対立と摩擦、差別と暴力、そして交流と愛情の物語。日本の景気悪化にともなってブラジル人たちが窮地に追い込まれていく様、そこからギャングスタラップなどのカルチャーが生まれていく様などもリアルに描かれている。役所広司の老いてもなお暴力の残り香を漂わせている佇まいが素晴らしいが、とある事情からブラジル人を憎み、ブラジル人を搾取し尽くした後、虫ケラのように殺す半グレのリーダー・MIYAVIのヌルッとした存在感が光っていた。彼もまた高い志をもってこの作品に参加したのだと思う。