『君の名は。』新海誠監督インタビュー~運命の人はいる、ということを伝えたかった~
「デジタル世代の映像文学」。深淵で詩的な世界観から、そんな風に称される作品を発表し続けている新海誠監督。『君の名は。』の劇場公開に寄せて、新作への思い、そして今までの劇場作品5編とのつながりについてお話を聞きました。(presented by U-NEXT×シネマトゥデイ/文:U-NEXT編集部)
■107分を、喜怒哀楽のすべてでコントロールする
Q:最新作『君の名は。』は、従来よりもエンターテインメント色が強く感じられました。前半は入れ替わりものの面白さをテンポよくコミカルに見せ、後半は一気にシリアスに展開していきますね。構成へのこだわりを聞かせてください。
「入れ替わりもの」の形を取っていますが、実は本当に描きたかったのは、お互いに手を伸ばしあう思春期の二人のドラマでした。物語の導入として、主人公のドキドキをわかりやすくするために、そういう形にしたんです。つまり、入れ替わりというのは、お互いの人間関係を通じて「お互いを知る」ための装置の一つなんです。
構成で一番意識していたのは、107分という時間軸を“コントロールしつくす”ということですね。107分を、観客の喜怒哀楽すべての感情で惹き付けられるようにしたかったんです。
予測させず、飽きさせず、かといって迷わせることもなく、常に映画の時間のほうが観客の理解の少しだけ先に行っていて。でも、時々立ち止まって観客の理解が追いつく瞬間を作って、それをまた引き離して。
絵コンテを描いている時も、観客の気持ちをひたすらシミュレーションしながら、107分で一つの音楽のようなものを奏でるんだ、というつもりで作りました。そこが一番こだわったところでしょうか。
それから、「若々しい映画にしたい」という思いは、常にありました。後半からグッとシリアスにしていく、というのは決まっていたのですが、どこまでも重くするのはやめようと。
全編を通して、笑いやコミカルな要素から手を離さないようにしよう、決して深刻になり過ぎないようにしよう、という点にもこだわりました。
Q:非常に印象的で、独創的なストーリー展開だったと思います。この物語が生まれるきっかけは、何だったのでしょうか?
物語の種みたいなものは、Z会の「クロスロード」というCMです。あれも東京と地方に離れた男の子と女の子の物語だったんです。Z会からは、“受験”というものを描いてほしいと言われていて、受験生男女の話を描いたんですが、その時にすごく手ごたえがあって。
人生には出会うべき相手がいるというテーマ、つまり「運命の人って、いるんだよ」ということですよね。それを、もう少し長い物語で描きたいと思ったのが最初のきっかけですね。
■風景が美しくある“必然性”があった
Q:新海監督の作品に多くのファンが魅了される理由には、やはり映像美があると思います。本作でも、ハッとするような美しい風景が多く描かれています。特に本作での情景の描き方として、意識されたのはどういう点でしょうか?
はっきりとした答えにならないかもしれないんですけど……今回はいつも以上に「主人公の二人が目にする風景が、美しくある必要がある」と思っていました。
入れ替わってしまう二人、瀧と三葉は、直接会えないけれど、お互いを取り囲む風景は目にするわけです。三葉は瀧になって東京に見とれ、瀧を取り囲む世界や人々を通じて彼自身に惹かれていく。そのためには、三葉が見る東京の風景はキラキラ輝いていないといけない。「こんな素敵な場所に住んでいるこの子(瀧)ってどういう子なんだろう?」という感覚です。
瀧についても、三葉が暮らす糸守町を「田舎だな」と思いつつも、見とれるシーンをいくつか入れているんです。こういう人たち、こんな風景に囲まれて暮らしている三葉のことがちょっと気になる、というわけです。
風景の描写には現実感が必要、という面はもちろんあるんですけど、現実をある意味でデフォルメして昇華させながら美しく描かないと、主人公たちの気持ちの変化に対して説得力が得られませんし、観客がキャラクターに気持ちを乗せにくくなってしまいます。東京が濁った風景であれば、三葉が瀧を好きになったことが体感的に納得できないと思うんです。
そういう面から風景を美しく描く必然性を意識しました。
Q:ヒロインの三葉は組紐を使って髪を結い、後半の大切なシーンでも組紐のイメージが登場しますね。重要なモチーフに、日本の古典的な工芸品である組紐を選ばれた理由は?
ちょっとロマンチックなラブストーリーでもあるので、運命の赤い糸のようにも見えるモチーフが欲しいなと思っていて。かつ、先人の知恵も伝えているものは何かと考えて。いろいろ探していくと、組紐って今の人たちにはあまり馴染みがないし、アニメーションのビジュアルとしてもちょっとキャッチーに見えるだろうと。
物語のために何が必要か、どういう要素が必要かは、そんな風に一つ一つ探していきました。
■『君の名は。』を支える天才たち
Q:キャラクターデザインに『心が叫びたがってるんだ。』の田中将賀さん。作画監督に『千と千尋の神隠し』の安藤雅司さん。従来の新海作品とは異なる才能を持つお二人が参加されています。どのような流れで実現されたのでしょうか。
個人的に田中さんの絵が昔から好きだったんです。そんな中で、(映画『心が叫びたがってるんだ。』の)長井龍雪監督に田中さんをご紹介いただいて。「CMを一緒にやっていただけませんか?」とお願いしました。そうやって出来上がったのが、先ほどの「クロスロード」です。
自分の作品がキャラクターアニメーションになり得るんだっていうことを、田中さんが教えてくれた気がします。
僕の作品の特徴だと思うのですが、キャラクターよりも情景描写の比重が高いということが多くて。僕自身、それが好きだっていうのもあったんですが、田中さんに作画していただいたことで、情景描写を抑え込むことなく、キャラクターも立たせられる、という経験ができたんです。
だから、次に長編を作るときもぜひお願いをしたいって、田中さんにはお話していました。
安藤さんに関しては、単純に僕が憧れていた人だったんです。
だから、今回の作画監督を誰にお願いするか、という話になったときに、実現可能かは別にして(スタジオジブリ出身の)安藤さんのお名前を最初に挙げさせてもらいました。
たまたま、スタジオジブリ出身の動画スタッフがうち(コミックス・ウェーブ・フィルム)に何人か居まして、つないでもらったんです。脚本と、田中さんのキャラクター原案を持って行って、「なんとかご一緒できないでしょうか?」とお願いしました。
お返事をいただくまで3~4か月かかった気がしますが、最終的には「田中さんのキャラクターを動かす」ということに興味を持っていただけ、参加してくださいました。
Q:人気俳優の神木隆之介さんが、主人公の瀧を演じられました。彼の起用の決め手は何だったのでしょうか?
彼は耳がいいんですよ。声とか音に対しての感受性がすごく強い。
僕の作品を好きだと言ってくれるんですけど、せりふのリズムとか、「どうしてここで言葉を区切って言ってるんですか?」とか、そういう質問が多いんですね。
物語を楽しんでいるだけでなく、声のディテールみたいなのに興味を惹かれているような気がします。それが多分声優としての神木さんの魅力につながっていると思うんです。
それから、「僕はアニメが好きだから、みんなが好きなアニメの中の女の子のお芝居って、なんとなくわかるんです」みたいなこともおっしゃっていて、それは瀧になった時の三葉を演じる上でのバックボーンになっていると思います。
加えて、中性的な魅力であったりとか、演技力であったりとか、いろいろ考えていくと神木さんにしか最終的には行き着かなかったですね。
Q:三葉についても、新海監督は「何百人に会っても、三葉は上白石萌音さんになっていた」と語られています。その理由は一体なんでしょうか?
三葉というキャラクターの輪郭を彼女が教えてくれたからです。
脚本を書き終わった時、僕の中で「三葉って、本当はどういう女の子なんだろう」って、キャラクターが少し曖昧なところもあって。
例えば劇中で「来世は東京のイケメン男子にしてくださーい!」と叫ぶんですが、「普通そんなこと叫ぶかな?」ってちょっと引っ掛かっていたんです。物語の都合に、キャラクターの芝居を合わせてしまったのではないかと。
でも、上白石さんに会った時、「この子だったらそんなこと叫んじゃうかもしれない」「勢いで、嫌なことを思い切り発散してしまうかもしれない」そんなことを感じさせてくれて。
存在感そのもので、僕に三葉を示してくれたと言えますね。もちろん、声の魅力や演技の確かさが大前提ではあります。
Q:人気ロックバンドのRADWIMPSが音楽を担当し話題になりました。彼らの楽曲は、作品にどんな影響を与えましたか?
作品に疾走感みたいなものを与えてくれたのが彼らだと思います。
具体的に言うと、最初、瀧と三葉は夢の中で出会って、スマホを通じてコミュニケーションをする。つまりメモのやりとりですね。そういう脚本だったんです。
でも、RADWIMPSの曲をもらって絵コンテにどう使おうか考えていると、スマホのやりとりだけじゃダメだ、と思ったんです。「もう一歩進んだ何かを、彼らはやらなきゃいけない、やらなければおさまらない!」みたいな気持ちにさせられた。
手や顔に文字を書きなぐる、お互いの体に物理的に何かを刻む、というシーンは、RADWIMPSの曲を聞いて湧いてきたものです。
最終的には映画の演出まで彼らのテイストから影響を受けたので、映画からは切り離せないですね。
とはいえ、彼らの曲は映画にべったりではない。映画のストーリーそのままを歌詞で歌っているわけではないんですね。でも映画から完全に離れてもいない。物語に普遍性を加味して、幅を広げてくれました。
野田さん(RADWIMPS・野田洋次郎)の距離感の取り方、バランス感覚みたいなものは、映画音楽が初めてとは思えないというか。最初に受け取ったラフ曲が「スパークル」だったのですが、ヘッドフォンで聞きながら外に出て何度も何度も聞きました。とにかく心に響いて、僕が本作で探していたものを、その曲が教えてくれたような気がして。彼らは、一種の天才だなと強く感じました。
■今の僕にとっては“集大成”
Q:最後に、新海監督にとって『君の名は。』はどのような作品でしょうか。
今の僕にとっての集大成と言える作品、それが『君の名は。』だと思います。
『ほしのこえ』(商業デビュー作)の時は、一人とか二人とか、具体的な相手に観てほしいという気持ちでした。でも発表した後から、その対象が少し広がっていきました。
作品を重ねるにつれて、対象が個人ではなくなり、もう少し遠く……いるかもしれない誰か、一生会うことがないかもしれない誰かに観てもらいたい、という気持ちが強くなってきて。
『君の名は。』では、僕のことを知らない人に観てほしいという気持ちが強いですね。新海誠作品だから観るという人以上に、『君の名は。』という映画が公開されているから観る、という人たちに「楽しかった。この作品、誰が作っているんだろう?」という風に思ってもらえたらいいなと思っています。
(C) 2016「君の名は。」製作委員会