日本人にとってうれしかったのは、ほかにも『硫黄島からの手紙』が、作品賞、監督賞を含めて4部門にノミネートされたこと。また、『もしも昨日が選べたら』で、日本人のメイクアップアーティスト、辻一弘(つじかずひろ)がノミネートされたこと。そして、菊池凛子が出演する『バベル』が作品賞、監督賞含めて7部門にノミネートされたことだろう。これは『ドリームガールズ』に次いで、2番目の最多ノミネートだ。作品に勢いがあることは、その作品でノミネートされた役者にとっても有利になる。
『硫黄島からの手紙』に関しては、クリント・イーストウッド監督がアカデミー会員に大変人気があるので、何かしらノミネートされるだろうとは思っていた。ストーリーや、渡辺謙や二宮和也などの演技のすばらしさももちろんだが、今アメリカがイラクに多くの兵士を送っていて、他国の兵士の葛藤(かっとう)をとても人ごとのように思えない社会情勢だということも、追い風となったのだろう。
しかし、なんと言ってもわたしがうれしかったのは、菊池凛子がノミネートされたことだ。
というのは、これは、彼女がノミネートされたということだけでなく、これから彼女に続くかもしれない日本の女優さんにとっての突破口となる、歴史的瞬間だったからだ。大リーグに初めて野茂が入団したときと同じぐらい、重要なことだと思うからだ。
実は、ノミネート発表の数週間前、菊池凛子さんとロスでお話しする機会があった。ロスで開かれた『バベル』の特別上映のQ&Aコーナーでのことだった。彼女のアメリカの観客への対応や、話し方(日本語で通訳を通じて)や、わたしとの会話での印象や内容から、「この人だったら、じゅうぶんいける」と思った。
1981年生まれと、まだ若いが、堂々としていて、北米の社会で注目される存在感がある。また、北米の男性にアピールできるセクシーさや、背が高いこともプラス。そして、『バベル』のアレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ監督がキャスティングに来日したとき、すでに、彼の過去の作品をほとんど観ていたという映画の知識の豊富さも、今後良い作品を選んでいけるアンテナがあるということでプラス。
彼女によると、アレハンドロ監督のオーディションは一年も続き、ほかにも実際にろうあの女性などが候補にいたそうだ。でも、彼女は、物事が大変なほど闘志がわくタイプだそうで、長いオーディションもまったく苦にならなかったと言う。決まったときは飛び上がるほど喜んだそうだ。「つめがはがれるような役をやりたいです」とガッツも見せる。
「いい映画なら、日本と限らずどこの映画でもやりたい」という彼女の目は世界を見ている。まだ、若いので、今後は、よい作品と、よい監督にめぐり合うこと、そして、役者としてじっくり成長していける環境作りが大切となってくるだろう。
ちなみに今回のノミネーション会場に来ている、アメリカのリポーターや映画コメンテイターに、菊池凛子について聞いてみた。すると、みな「彼女はすごい才能だ」とか、「彼女の演技に感動した」などと絶賛していた。先ほどプレゼンしていたアカデミー事務局の会長さんにも聞いてみたが、彼も「彼女の演技はすばらしかった」とほめていた。
でも、「じゃあ、菊池凛子は受賞しそうですか?」と聞くと、今年は『ドリームガールズ』のジェニファー・ハドソンが有力だとの声が多かった。
そう。アカデミー賞受賞にあたって、菊池凛子の不利な点は、知名度が低いこと。同じ部門でノミネートされている一番の有力株、『ドリームガールズ』のジェニファー・ハドソンは、菊池と同じ新人とは言え「アメリカン・アイドル」という今、全米で大人気のテレビ番組の歌唱コンテスト番組でかなりいい線まで残っていた女性で、知名度があるのだ。また、ケイト・ブランシェットに関しては、実力と知名度の意味で非の打ち所がない。あとは、同じ『バベル』でノミネートされたアドリアナ・バラザだが、菊池のほうがフレッシュさで光っているものの、バラザの実力も年季が入っている。受賞するには、今回は強敵が多すぎる。
しかし、今後、彼女にとって重要なのは、賞を受賞するかしないかではない。いかにアメリカ人に意識の中に浸透していくかが大切なのだ。過去をさかのぼっても、賞は受賞しても、無名で終わってしまった役者はたくさんいるので、そのような一発屋で終わってほしくない。
では、次なるステップで大切なものは何か?
もちろん作品選びや英会話は必須だが、意外とアカデミー賞の当日に、どのような格好でアメリカのテレビに写るかも大切だったりする。その出方によって、アメリカ人の意識に彼女の存在がどのようにインプットされるかが決まるからだ。
わたしの勝手な意見で申し訳ないが、まだ知名度の低い菊池は、『バベル』のチエコのイメージからあまりかけ離れないほうがいいのでは。だから、知名度が確立するまで、髪は金髪より、チエコがそうだったように黒に近い方がいいと思う。
また、『バベル』での菊池は「ホットでセクシーで危険」というイメージ。だから、ドレスもそのような要素を含んだらいいと思う。ゴールデン・グローブ賞で着ていた、ボンボンのついている薄紫のドレスは、ちょっとイメージが違っていたような気がするが……。
もうすこし、クールでシンプルな感じで、でも色は、はっとする単色、例えば、赤とか、紫とか黄緑とか、光沢のある黒などがいいのでは?
いずれにしてもアカデミー賞はフォーマルな式典。だから、基本ラインはエレガント&シンプルにして、全体の5パーセントを「危険&セクシー」にしたらおしゃれに見えるのでは?
背も高いし、本人に十分インパクトがあるので、ドレスはやり過ぎないほうがいい。
……などと、勝手なことをずらずら書いてしまったが、わたしのような人間が思わずいろいろ書きたくなるほどみんなが期待しているということだ。ぜひがんばっていただきたい!
さあ、今年のノミネーションは、外国語の作品や女優が主要の部門にノミネートされ、かなり国際的な並びとなった。また、『バベル』の作品も勢いづいているので、菊池凛子の受賞もひょっとしたら、ひょっとするかもしれない。
2月25日(ロス時間)のアカデミー賞授賞式にぜひ期待したい!
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