ハイブランド祭り!「エミリー、パリへ行く」に見るオートクチュールの歴史と今
映画に見る憧れのブランド
シーズン2の制作が決まったNetflixのドラマ「エミリー、パリへ行く」。SATCの名プロデューサー、ダーレン・スターと衣装デザイナーのパトリシア・フィールドが再タッグを組んだ本作には、伝説的なデザイナーへのオマージュが散りばめられています。憧れのパリで働くことになったアメリカ人のエミリー(リリー・コリンズ)が、恋や仕事に奮闘するキュートな姿とハイブランドなファッションをチェックしつつ、オートクチュールの歴史や現代のファッション文化を紐解いていきましょう。
ココ・シャネル
ここ数年、ファッショントレンドであるチェーンクラッチやミニバッグを大重宝するエミリーがしょっちゅう持っているのは、シャネル。ココ・シャネルは窮屈なコルセットや長いドレス、重すぎる帽子から女性を解放しただけではなく、実はショルダーバッグも浸透させて女性の手を自由にしたことをご存じでしょうか? 1929年、それまで手に持つクラッチタイプが主流の女性用バッグにシャネルはチェーンをつけて定番「マトラッセ」の原型を発表。これが引き金となり、ショルダーバッグが広まったのです。
パールホワイトの丸形チェーンバッグ(第2話)、ブルーのショートジャケットに合わせた同色の丸形チェーンクラッチ(第2話)、ブルーのチェーンウォレット(第3話)、コスチュームパールがついた黒のフラップバッグ(第3話)、ベージュのコインパース(第4話)、グリーンのチェーンクラッチ(第4話)、ピンクのツイードバッグ(第4話) 、シャネルのピンクのフラップバッグ(第5話)など、特に第2話から第5話まではシャネルのバッグがたくさん登場するのでぜひ探してみて!
さらに、1960年代のようなレトロなシャネルのグリーンのジャケットと1990年代に一世を風靡したバケットハットのミックスも新鮮。カンゴール(KONGOL)のカジュアルなハットに、SATCのキャリーも愛したクリスチャン・ルブタンのブーティーとLAブランドのSTAUD(スタウド)のバッグで仕上げるのが、エミリー流。ヨーロッパとアメリカのファッションをミックスしたスタイルです。
ちなみに、エミリーはほかのエピソードでもカンゴールのバケットハットを多用しており、大手検索エンジンのリスト(LYST)によると、カンゴールのバケットハットの検索数はドラマ配信後1か月のうちに同エンジン内で342%増加したそうです。(※)
ユベール・ド・ジバンシィ
リリー・コリンズが演じるエミリーがボーイフレンドと一緒にパリ・オペラ座(オペラ・ガルニエ)に訪れるシーン。この場面のドレスは、ポスト・マーク・ジェイコブスと称されるアメリカ人デザイナー、クリスチャン・シリアーノによるもの。ヘアをタイトにアップし、ヘッドピースを付けたエミリーは『パリの恋人』(1957)のオードリー・ヘプバーンを彷彿とさせませんか?
もちろんこの場面は『パリの恋人』にインスパイアされたもの。ジバンシィが衣装の一部を手掛けた『麗しのサブリナ』(1954)で彼の服に夢中になったオードリーは、その後も『ティファニーで朝食を』(1961)、『シャレード』(1963)、『パリで一緒に』(1963)、『おしゃれ泥棒』(1966)など数々の名作を通して、ジバンシィとともにアイコニックなスタイルを生み出していきます。有名なのはトップスとボトムスを自由自在に組み合わせられる「セパレート」。当時はクリスチャン・ディオールの「ニュー・ルック」が大流行していましたが、ウエストを締め付けるドレスは実はとっても窮屈だったことから、ジバンシィはゆったりとしたシルエットのセパレートを打ち出すことで、着心地のよいトップスとボトムスを自由自在に組み合わせて、女性がファッションを楽しめるようにしたのです。
マーク・ジェイコブスとケイト・スペード
バケットハットやチェック柄など、1990年代のリバイバルに華を添えるのが、マーク・ジェイコブスとケイト・スペードのバッグ。ケイト・スペードは2018年に惜しくも亡くなってしまいましたが、2人とも1990年代を代表するデザイナーです。
ケイト・スペードは恋人とともに1996年にシンプルで実用的なニューヨークのバッグブランドを設立。汚れを落としやすくスタイリッシュでカラフルなバッグはキャリア女性の間でたちまちブームに。1990年代後半はSATCにも見るように、女性が女性らしさと強さの両立を実現し始めた頃。男性のように振舞わなくても社会で成功できることを、オシャレなケイト・スペードの通勤バッグが後押ししたのです。
第9話でエミリーが大御所のクチュリエであるピエール・カドゥーの自宅へ行くエピソードで、MSGMの花柄のコートの上に斜め掛けにするピンクのファーバッグを身に着けていますが、これがケイト・スペードのアイコニックな「二コラ ツイストロック」バッグ。同僚のパリジャンに呆れられるほど仕事命なエミリーが、ニューヨークの働く女性のItバッグとして誕生したケイト・スペードをチョイスするのも頷けます。
第7話でエミリーがピエール・カドゥーのメゾンを訪れていたときに身に着けていたのは、マーク・ジェイコブスの定番「スナップショット」バッグのクリア素材バージョン。カゴールのバケットハット同様、ケイト・スペードの二コラ ツイストロックとマーク・ジェイコブスのスナップショットのバッグの検索数も2桁上昇したのだとか。(※)
1994年、フランネルシャツ、ミリタリーブーツや花柄ワンピをモードに取り入れて、グランジ・スタイルの教祖と呼ばれたマーク・ジェイコブス。保守的なレーガン政権への反発、中東戦争、AIDSや世界的経済不況などから起きた社会的不安が、鬱積したアメリカの怒りを解放する「グランジ・モーブメント」の一部となり、ニルヴァーナが世界を席巻しました。1997年にルイ・ヴィトンのアーティスティック・ディレクターに抜てきされたジェイコブスは、村上隆、草間彌生やカニエ・ウエストをファッションに取り入れることで、ラグジュアリーブランドがストリートや現代アートとコラボするというトレンドの先駆けにもなり、1990年代から2000年代のオートクチュールをけん引していきます。
ピエール・カルダンとカール・ラガーフェルド
シーズンのフィナーレに向けて、オートクチュールの大御所ピエール・カドゥーがオークションでストリートアーティストのグレイ・スペースにドレスを破壊されたり、ロゴを使われたりするエピソードが映し出されますが、これは2018年にバンクシーが、自分の作品がオークションで落札された直後に作品をシュレッダーにかけた事件や、近年のストリートとラグジュアリーブランドのコラボレーションが、インスピレーションの源になっているのかもしれません。
そもそもピエール・カドゥーというキャラクターは、その名が示すように、1960年代にロゴをライセンスビジネスへと展開してオートクチュール組合から追い出されたピエール・カルダンを指しているようにも思えます。その辺の経緯はカルダンのドキュメンタリー映画『ライフ・イズ・カラフル! 未来をデザインする男 ピエール・カルダン』でじっくりと説明されているので、ぜひご鑑賞を。
また、カドゥーが猫のイラストがついた扇をパタパタとさせる様子は、愛猫シュペットをアイコンにしたカール・ラガーフェルドを想起させます。ピエール・カドゥーは複数のデザイナーたちを組み合わせて作られたキャラクターのようですが、ラガーフェルドをモチーフにもってきたところが非常に興味深いのは、ラガーフェルドこそが、現在のクチュールブランドとクリエイティブ・デザイナーの新しい関係を作ったデザイナーだったからです。
シャネル、クロエ、フェンディのクリエイティブ・デザイナーを務めたラガーフェルドは、非フランス人ながらも古臭く衰退していくクチュールブランドに新風を吹き込み、よみがえらせました。そしてこの後、アメリカ人のマーク・ジェイコブスやヴァージル・アブローがルイ・ヴィトンを、トム・フォードがグッチをアップデートしていったのです。だからこそ、カドューはオートクチュールの歴史そのものを象徴するキャラクターだと言えるのではないでしょうか。
ヴァージル・アブローとヴィクター&ロルフ
劇中に登場するストリートアーティストのグレイ・スペースはカニエ・ウエストの元スタイリストで2018年にルイ・ヴィトンのクリエイティブディレクターだったヴァージル ・アブローがモデルだとか。面白いのは、第10話でカドゥーがグレイ・スペースのショーをハイジャックして開いたコレクションでエミリーが着ているのも、ヴァージル ・アブローのブランド、オフ-ホワイト(OFF-WHITE)の花柄コート。
しかも、劇中で紹介されるカドゥーのコレクションは、ヴィクター&ロルフ(VICTOR&ROLF)の2019年春夏クチュールコレクションをモチーフにしています。ヴィクター&ロルフはオランダ人の2人のデザイナーが1993年に創業したブランド。コンセプチュアルアートとも呼ばれる彼らのコレクションは、ファッションはアートか商品かという議論を常に鑑賞者に投げかけることから、このエピソード全体が現代のオートクチュールの姿を映し出している気がします。
カワイイだけではない「エミリー、パリへ行く」。きらびやかなファッションの裏にはオートクチュールの歴史が潜んでいるのです。
「エミリー、パリへ行く」第1シーズンはNetflixで独占配信中
【参考】 ※…人気ドラマ「エミリー、パリへ行く」の衣装が売り切れ続出 - WWD
映画ライター。NYのファッション工科大学(FIT)を卒業後、シャネルや資生堂アメリカのマーケティング部勤務を経てライターに。ジェンダーやファッションから映画を読み解くのが好き。手がけた取材にジャスティン・ビーバー、ライアン・ゴズリング、ヒュー・ジャックマン、デイミアン・チャゼル監督、ギレルモ・デル・トロ監督、ガス・ヴァン・サント監督など。(此花さくや から改名しました)
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