『LOFT ロフト』中谷美紀、豊川悦司単独インタビュー
ひとりの人間として楽しく豊かに生きたい
取材・文:シネマトゥデイ
常に新しい役に挑戦し続けている俳優、豊川悦司と、『嫌われ松子の一生』で女優として新境地を開いた中谷美紀。日本映画界を背負う2人の役者が、ホラー界を代表するカリスマ監督、黒沢清とタッグを組んだ『LOFT ロフト』 。3人の才能が、“ミイラ”そして“永遠の愛の呪い”という非日常的な物語を描き、スクリーンの中で見事に調和した本作。演技のことや監督についてなど、主演の2人に話を聞いた。
日常的に見せながらも、非日常的な感覚
Q:現実に起こりえない物語と、現実に起こりうるリアルなストーリーとでは、演技の面でも違いが出てくるのでしょうか?
豊川:具体的な違いはないですね。相手役の方と普通の感情で演技しながら、今回のように、目に見えないものが見えたり、体験したことがないものを体験したりするというのは、自分の想像でやらなければいけないところがあって、すごく難しかったですね。
中谷:この作品は、CGを使ったり、音でものすごい恐怖感を与えたり、カット割を早くしたりとかで演出している作品とは違って、割とローテクで、一見、日常的に見せながら、でも非日常的な感覚なんですね。現実と非現実、その割合というのが、どこまで演じていいのか、わたし自身がよく分からなかったんです。たまたま撮影の前に、青山のお寺で、人工的に作られた漆黒の闇のなかに、竹やぶや芝生が作られました。そこを杖で、視覚障害者の方にご案内いただきながら進むという催しに参加したんです。
中谷:目に見えない闇のなかで、何かを感じる力や、人を信じる力、あるいは人を信じたいと思っている感情だったり……むしろ見えないからこそいろいろな真実が見えてきたり……。そういった感覚を撮影の直前に味わうことができたので、それをほんの少しだけ、自分の演技にとり入れることができました。
恐怖のなかに、高級感を感じさせる演出
Q:感覚的な恐怖や、視覚的な恐怖、さまざまな恐怖が不思議に交錯している本作ですが、お2人が1番恐ろしさを感じた部分はどこでしたか?
豊川:やっぱり、ミイラと戦うところですね。ミイラと戦ったことなんてなかったんで(笑)、けっこう怖かったですね。リアルでしたしね。また、ミイラ役の女優さんが、すごく不思議な方だったので、実際に戦うと……怖かったです。
中谷:台本を読んでいて、一番恐ろしかったのは、ラストシーンですね。永遠の愛や、永遠の美をテーマにした作品ですが、やはり、永遠なんてものは手に入らないという、はかなさを表した切ないシーンだったんですが、同時に恐ろしさも感じましたね。
Q:ミイラについて、お2人はどんな印象をお持ちですか?
豊川:僕はミイラは包帯を巻いているタイプが好きですね(笑)。かわいらしくて……。今回の『LOFT ロフト』に出てくるミイラはどちらかというと、アジア系のミイラだと思うんですが、そのまんまミイラで……、けっこういやでしたね。ただ、黒沢さんの映画ってすごく不思議で、怖さを出す演出が違うんですよね。品があって、"チャッキー"(『チャイルド・プレイ』)みたいのとはぜんぜん違う。心理的に恐怖心を与えるシーンでも、そこに品があるというか、高級感をすごく感じさせるんですね。それが黒沢さんならではの恐怖なんだと思いますね。
中谷:幼いころに観た『八つ墓村』の即身仏(そくしんぶつ)が本当に怖くて、二度と観たくない映画ナンバーワンだったんですけど、豊川さんが最近されたんですよね(笑)。でも、本当に怖くて怖くて……。割と大きくなってから、山形の即身仏(そくしんぶつ)を観に行ったんですが、あまり気持ちのいいものではなかったです。
若いスタッフに敬語で接する黒沢清監督の魅力
Q:黒沢監督とのお仕事はいかがでしたか?
豊川:独特でしたね。言うことを聞きたくなるような不思議な魅力を持っていらして、面白かったなあ。不思議な人なんです。口ではうまく表せません、一度会っていただきたいですね!
中谷:黒沢監督の持っている力ってものすごいんですね。決して声を荒げたりなさらず、すべてのキャスト・スタッフをとりこにして、おまじないでもかけたかのように、いつのまにか導いていってしまうという力をお持ちですね。照明部の一番若いスタッフにも、敬語でお話しになったり、わたしたちキャストにも敬語でお話してくださって、すべてのスタッフが“黒沢教”の信者のように、監督を愛してやまないんです。みんなが黒沢さんの見ている同じ方向を見ながら進んでいく感じがしましたね。
感性とリアリズムのバランスがとれた女優
Q:お2人が初共演というのは意外だったのですが、役者としてのお互いの印象を教えてください。
豊川:それまでの中谷さんの仕事から感じたイメージと違いはなかったですね。この女優さんは、こういう風にアプローチするんだろうなというのが、そのままだった。感性とリアリズムのバランスがとれた女優さんだと思いましたね。
中谷:黒沢監督と同じように、そこにいるだけですごいエネルギーを感じるオーラをお持ちの方だと思いますね。最初に台本を読んだときに、半ば一目ぼれに近い形で、吉岡に引かれていく玲子が理解できなかったんです。でも、現場に立ったときの距離感というか……古い洋館に自分が立ち、向かいの建物にたたずむ豊川さんを見たときに、この映画的なシチュエーションでは、誰もがこの場で豊川さんに恋に落ちるんじゃないかって思えるぐらい全身で放ってらっしゃる雰囲気がある。存在しているだけで説得力がある、すばらしい方だと思います。
Q:吉岡と春名が恋に落ちていくまでの、恋愛感情の変化についてはどうですか?
豊川:あまり深く考えずに演じていたというのが、正直なところなんですが、本当にそのシーンごとに、中谷さんは玲子でした。玲子を見ていくうちに、吉岡を理解していくというよりは、自分が特殊な環境にいてもいなくても、この女性に引かれていく、奪われていくという気持ちが自分の中でしっくりしていたんです。だから、あまり自分でどうこうしていこうというのはなかったですね。
中谷:初めて黒沢監督とお会いしたときに、「人は理由がなくても、行動するんです」っておっしゃったんですね。それがすべてを表していたというか、自分自身が理解できなかったこと、不安に思っていたことがすべてクリアになったんです。この作品だけではなく、あとの作品すべてに影響した言葉でしたね。この言葉はきっと、わたしの中で一生大切な言葉になっていくと思います。そして、この言葉は、玲子の吉岡に対する気持ちにも言えることで、特別な理由がなくても、恋に落ちてしまったと思うんですね。
楽しく豊かに生きていきたい
Q:これから、役者としてどのような道を歩んでいかれようと思っていますか?
豊川:ここ何年かは、割と初めての監督さんとお仕事することを、テーマにしていたんです。俳優だけど、やっぱりひとりの人間として楽しく豊かに生きたいじゃないですか。そのために、仕事をしていると僕は思うから、初めての人と触れ合うこと、いろいろな人と組んでいく機会を、たくさん作っていきたいんです。それはスタッフでも共演者でも言えることですが、そういう大切なチャンスをつぶさないように、どんな役でもどんどん受けて、初めての人と、一緒に作っていく、時間を共有していくことをこれからのテーマにしていきたいと思っています。
中谷:特に考えたことなかったんですが、今、豊川さんがとてもすてきなことをおっしゃって、非常に感動しています。本当におっしゃるとおりだなと思うのは、自分がひとつの枠の中だけで生きていくと、可能性が小さくなっていくような気がします。その枠を広げてくれるような出会いを作っていきたいと思います。
お互いが話す間、その言葉に静かに耳を傾けて、うなずきあう豊川と中谷。2人の間には、誰も入り込めない不思議な時間が流れていた。誰の言葉も真剣に聞き、それを自分にどんどん吸収していく2人の姿からは、作品ごとに新しい演技を見せる、魅力的な演技者であり続けていられるわけが分かったような気がした。役者にとって、大切な気持ちをいつまでも持ち続けている2人と、誰に対しても敬語で話す黒沢監督。そんなすてきな人たちが作り出した『LOFT ロフト』の魅力をぜひ劇場で確かめてほしい。
『LOFT ロフト』は9月9日よりテアトル新宿ほかにて公開。