『アルゼンチンババア』役所広司&鈴木京香 単独インタビュー
毎日を楽しく過ごせるのがアルゼンチンババアの魅力
取材・文:シネマトゥデイ 写真:秋山泰彦
多くの人に愛され続けてきた吉本ばななの名著「アルゼンチンババア」が映画化された。本作『アルゼンチンババア』では、最愛の妻の死を目前に、娘を置き去りにして町の変わり者であるアルゼンチンババアのもとに逃げていってしまう父親を、『バベル』『叫』など話題作への出演が相次ぐ役所広司が好演。また、あやしげなアルゼンチンババア役に、奇抜なメークとヘアスタイルで挑戦したのは、鈴木京香。2人の名優が、温かい演技を見せてくれた本作について語った。
大人のファンタジーを実感できた作品
Q:できあがった作品の印象はいかがでしたか?
役所:ストーリー全体が自然に流れていて、それが心地良くて、心温まるストーリーになってるなと思いましたね。
鈴木:大人のファンタジーってこういう意味か……ってすごく実感できて、現実離れしてるんだけど身近にも思える、かわいらしい映画だなと思いました。
Q:お二人は、何度も共演されていらっしゃいますが、本作での共演はいかがでしたか?
役所:京香さんとは今まで舞台でもやったし、テレビでもやったし、今回初めて映画でご一緒しました。今回は怪しいババア役で(笑)。京香さん自身も、楽しんで演じてらして、とても楽しかったです。
鈴木:わたしは尊敬している役所さんと自分が、一緒に仕事ができるっていうチャンスはいつもいつも幸せに感じます。今回は役所さんよりも年上の役だったんです。今までは役所さんを追いかけていくような役柄でご一緒させていただいたんですけど、今回は役所さんを包み込むうような役を頂いたことが、すごくうれしかったんです。
Q:真夏の那須での撮影だったとうかがいましたが、暑さなどで苦労はされませんでしたか?
役所:苦労って結構忘れちゃうもんでね(笑)、真夏の撮影だったんですけど高原だったので、風がさわやかで、暑さには苦労しなかったです。ただ、ロケ現場が牧場だったので、牛にたかる虫がたくさんいたんですよ、それが楽屋にいっぱいいましたからね(笑)。それは厄介でしたね。
鈴木:わたしもこれはつらい撮影になるのでは……と思っていたんですけど、本当に風がさわやかに抜けていくので、暑さの面では思ったより苦しくなかったですね。虫は確かにすごかったかなと思いますけど(笑)。
タンゴはもうちょっと、ダイナミックでも良かったかな……と自己反省
Q:お二人でのタンゴシーンはとてもすてきでしたが、練習の方はいかがだったんでしょうか?
役所:苦労しましたね~。あれは本番間近まで練習しました。
Q:『Shall We ダンス?』でダンスはお手のものだと思ってたんですけど。
役所:そんなことないですけど、でも少しは役に立ったみたいです(笑)。
Q:普段踊ったりはされないんですか?
役所:まったく踊りません(笑)。
Q:鈴木さんはいかがでしたか?
鈴木:楽しかったです! でも自分ではもっと情熱たっぷりで踊っているはずだったんですけど、振り付けのことを考えると、わたしの場合はもうちょっとダイナミックさがあってもよかったかな……と自分なりの反省を今更ながらしています(笑)。でも役所さんはやっぱりダンスがお上手でしたね。
役所:いやいやそんなことはないです。ダンスはやっぱり男がちゃんとリードしないと女の人は楽しくないって言いますからね、みんな僕のせいなんですよ(笑)。
Q:役所さんは主人公の、男としての弱さに共感できる部分はありましたか?
役所:撮影しているときは「自分もこの人はこういう人間かもしれない」って思いながらやっているんです。僕も日常の小さいことからいつも逃げてるんだけど(笑)、自分の娘まで捨ててその場所から逃げるっていうのはちょっと考えられないですよね……。
鈴木:理解……できるようになりたいなと思いました。彼女は自分と本当に違うんです。すごく遠い遠いとこにいる女性だなと思うんです。彼女は、普通の人が経験しないような悲しい経験を経てきた人だからこそ、優しくいられるんだろうなと思って、あこがれますね。押しつけがましくもなく、優しく包んで癒してあげるって、そんな女性にいつかなれたらいいなと思いましたね。
毎日を楽しんで暮らせるアルゼンチンババアの魅力
Q:男性から見てアルゼンチンババアの魅力ってどういうところですか?
役所:僕の演じた役とババアとの半年間は、いろんなことがあったと思うんですよ。僕は半分死んでいたかもしれない、自殺未遂もしょっちゅうしていたかもしれない、ゲームみたいにね。それを彼女が強く止めるわけでもなく、生きる方向へ導いてくれたんだと思います。そういう意味でも、恩人であり、アルゼンチンババアの自由な生き方は、墓石職人としても石の作家としても大きな影響を受けたと思います。
Q:京香さんは演じながらどういった部分に引かれましたか?
鈴木:毎日を楽しんで暮らしてる人なんですよね、ハチミツ作りとかタンゴの練習とか、自分なりに悲しみを乗り越える方法みたいのを編み出せる人だと思うので、自分の時間を楽しく明るく笑って過ごせるような考え方っていうのが魅力的だと思いますね。
Q:役所さんは墓石職人という珍しい役だったんですが、いかがでしたか?
役所:本当に腕のいい職人なんです。そういう職人さんに、僕はすごくあこがれているし、自分の技術から自分の人生を考えたり生き方を考えたりする人が多いじゃないですか、そういう職人をやれるのはひとつの喜びでしたね。
Q:鈴木さんは、アルゼンチンババアの役作りのためにアルゼンチンまで行かれたんですよね?
鈴木:最初はもっといわゆるラテン的な、大きな声で笑って大きな声で怒鳴るような、というのを勝手にイメージしてたんです。けど、実際にアルゼンチンに行ったら、スペインとかラテンの人たちとはちょっと違うような気がして、意外と落ち着いた町だし、うれいを秘めた美しい女性が多かったんです。実はわたし、朗らかさに自信がないんです(笑)。だから、心底明るくてみんなを楽しい気分にさせちゃうようにできるか心配だったんだけど、そういうことじゃなくて、違うことで人を優しい気持ちにさせるキャラクターを考えていけばいいと思ったらちょっとホッとして楽しくなれましたね。
いつかは親たちに訪れる“死”を家族で見つめて欲しい
Q:『アルゼンチンババア』を、どんな方にどのように観て欲しいですか?
役所:う~ん、ハチミツのくだりがあるからあんまりちっちゃい子どもは観られないかもしれないけど(笑)。でも中学生とか含めた家族で観てもらいたいですね。いつかは親たちに訪れるものじゃないですか、“死”というものは。そういう命っていうものを家族で感じながら観られる映画なのかなと思いますね。
鈴木:この映画は、観終わったあとに家族のことを思い返すことができる映画です。だから色んな世代の人たちに観てもらいたいし、命の大切さをすごく分かってもらえると思うから、ちょっと元気のない人には、ぜひおすすめしたいですね。
撮影中は汗だくになりながら墓石職人になりきって、スタッフを感動させたという、役所広司と、役作りのためにアルゼンチンまで旅をした鈴木京香。2人の役者がぶつかりあうタンゴシーンは、まさに役者としての色気がただよう素晴らしく官能的なシーンにできあがっていた。愛する人の死を乗り越える……そんな心の旅を少し変わり者で、心優しい“アルゼンチンババア”とともに過ごして欲しい。
『アルゼンチンババア』は3月24日より東劇ほかにて公開。