『あかね空』中谷美紀 単独インタビュー
あまり浮かれすぎず、落ち込みすぎず
心の中でバランスをとるようにしています
取材・文:シネマトゥデイ編集部 写真:田中紀子
最新作『あかね空』は、江戸の長屋に生きる、豆腐屋の夫婦の姿を情緒豊かに描いた秀作。主人公の夫婦を演じるのは、現在NHK大河ドラマ「風林火山」で山本勘助役を演じている内野聖陽と、昨年『嫌われ松子の一生』で女優として大きな進化を遂げた中谷美紀。江戸に生きる女性の一生を、気風の良い江戸娘から、3人の子どもを育てる“おかみさん”まで、見事に表現してみせた中谷が、作品の魅力を語った。
江戸時代のセットに立つと、DNAが呼び起こされる
Q:江戸時代という特殊な時代での役柄には、すぐとけ込めましたか?
懇意にしているおそば屋さんがありまして、そちらのおかみさんから「昔はこうだったのよ、ああだったのよ」というお話を、撮影前にうかがっていたんです。でも、演じるとなると知らないことだらけですから、不安だったんです。いざ、セットに立ってみると、見事に江戸が再現されていて、すんなりと入れました。
Q:ロケは、どちらで行われたのですか?
茨城県で撮影しました。地元の方々がとても好意的にご協力してくださいました。皆さん、朝の4時とか5時から、カツラを着け、着物を着て、寒い中ブルブル震えながら待っていてくださったんです。そんな風に作られた江戸のにぎわいだとか、狭い長屋にいると、DNAのどこかにあるものが呼び起こされる気がして……決して簡単ではなかったんですけれど、とても充実した日々でした。
Q:着物を着ての撮影は大変でしたか?
着物を着ること自体はすごく好きなので、さほど苦にはならないんですが、真冬に真夏のシーンを撮影していたんです。わたしが演じたのは江戸時代の町人なので、足袋もないんですよね、素足に下駄(げた)で、薄着で、真冬のセットの中ででも夏の表情をするために、口に氷を含んで吐息が白くならないようにするんです。みんなブルブル震えながら、演じました(笑)。
結婚をした経験も、母としての経験がない自分には、とても苦しかった役柄
Q:おふみという人物の魅力はどこだと思いますか? また少女時代のおふみはどのように演じましたか?
自分があこがれるのは、おふみがストレートに自分の感情を表したり、相手の感情をなんの疑念もなく受け取ったりするところですね。だからこそ、ケンカになったりすることもあるんですけれど、とても素直なゆえのことなので、彼女の素直さを強調して若いおふみを演じていました。
Q:結婚、そして3人の子どもの母となったおふみには、また違う一面がありましたね。
わたしは結婚をした経験もないですし、子どもを産んだ経験もないですから、自分としてはとても苦しかったです。おふみの妻としての顔と母親としての顔と、豆腐屋のおかみさんとしての顔。妻の顔になれば、夫に対してつらくあたってしまう。母の顔になれば、息子の放蕩(ほうとう)行為をどのようにしつけたらいいか迷ってしまうというか。世間体を考えれば、そういうゴタゴタなことは見せたくないし……っていう本当に複雑な感情が入り混じっているんですよね。
Q:おふみの性格と、ご自身が重なるところってありましたか?
おふみは、自分自身で描く理想の姿とか、こうでなくちゃいけない、「こうしたい」っていう気持ちがすごく強いんです。自分が努めることは構わないですけど、それを他人にも強要してしまう、ちょっとだめなことがありまして(笑)。その気持ちも分からないではないというか。ある一定の目標にたどり着こうとすると、相当な無理も生じると思うんですけど、それでも頑張ってしまう……そういうところでしょうか。
みんなで足並みをそろえて生きる、長屋での生活
Q:映画に出てくる“江戸っ子気質”で、一番気に入っているところはどこですか?
わたし、結婚式のシーンが好きなんですよね。原作を読んだときもそうでしたし、舞台の「あかね空」を観に行ったときも、本当に良くて……。長屋のみんなが晴れの日なのでと言って、そんなにいい服はもってないけど、でも一張羅でなんとか格好つけて、おふみにしても、白無垢を着るでもなく少し普段よりもいいものを着て、木遣り(きやり)の声を聞きながら、雨の中を歩いていくシーンがほんとに好きでしたね。
Q:長屋での生活をどう思いますか?
正直今の感覚でいってしまうと、うっとうしいかもしれないなと思うんですね。本当に人間の関係が密接で、もし誰かが怒鳴ったら、隣の家にも聞こえるんだろうなっていう(笑)。あるいは泣いたり、笑ったり、すべてが聞こえてしまうんだろうなって思うんですけれども……、でもだからこそ、悪いことはできないというか。誰か能力のある人間が、人をけ落としてでも這い上がっていくっていうよりは、みんなで足並みをそろえて生きていくところが、「いいな」と思いました。
たかだか一人の人間が演じるものなので、見返すと反省点もたくさんある
Q:どんな困難も、乗り越えていく主人公でしたが、中谷さんは壁にぶつかったとき、どうやって乗り越えていますか?
そうですね、普段からいいことがあっても、あまり浮かれすぎず、悪いことがあっても落ち込みすぎず、という風に心の中でバランスをとるようにしているので、そういう意味では、よくないとき、自分にとってはあまり芳しくないことが起こったとしても、そこで学ぶ時期なのかなっていうとらえ方をしています。だからいいことも悪いことも含めて、自分の成長に必要なのかなっていう風に普段は考えるようにしています。
Q:精力的に女優としての活動をされている中谷さんですが、現場にはどのような気持ちでのぞまれていますか?
たかだか一人の人間が演じるものなので、見返すと反省点もたくさんあるんですけど、でもせっかく映画というお仕事にたずさわっているからには、スタッフのみなさんと1か月、あるいは3か月、4か月という時間を、みなさんの貴重な時間を頂いて一緒にお仕事するので、極力その役柄を最大限に引き出せたらいいなと思って演じいます。
Q:今回初共演された内野聖陽さんの、役者としての印象を聞かせてください。
とても誠実な方のように、お見受けするんですけど、今回1人2役を演じられて、若い自分も演じられていますから、なかば1人3役くらいの感じですごく大変だったと思うんです。でも一つ一つの役柄に、段階をもって少しずつ大事にされる方で、ある意味職人気質のような、表に出すからにはきちんといいものを作るという気持ちを持った方だと思います。
清々しく、ありがたい“あかね空”のラストシーン
Q:ラストシーンを観て感じたことは?
原作ではこのあとも、物語がずっと続いていくんですけど、ラストシーンのあかね空っていうのは、本当におふみにとってすがすがしく、澄んだ空気とあの空の色ほどありがたいと思えたものはないんじゃないかなと思います。
中谷美紀が語る言葉には、ぐんぐんと人を吸い寄せる強烈な魅力がある。その魅力は、彼女が選ぶ“言葉”の美しさにあるのかもしれない。日本語にある、美しい「言の葉」を自由自在に操る中谷からは、日本人にしか出せない“気品”が漂ってきた。日本の魅力を十分に熟知した中谷だからこそ、江戸に生きるまっすぐな女性を清々しく演じられた……そんな気持ちになれたインタビューだった。
『あかね空』は3月31日より新宿ガーデンシネマほかにて公開