『クライマーズ・ハイ』元ちとせ単独インタビュー
歌はわたしを伸ばしてくれるものの一つ、光や温かいもののイメージ
取材・文:鴇田崇 写真:田中紀子
1985年に群馬県御巣鷹山で起きた日航機墜落事故をモチーフにした横山秀夫の同名小説を映画化した『クライマーズ・ハイ』のイメージソングを、人気シンガーの元ちとせが担当した。「蛍星」と名付けられたその楽曲は、力強くも優しい歌声が心に響き渡り、まるで映画全体をも包み込んでくれるような繊細(せんさい)で愛に満ちた作品に仕上がっている。映画と楽曲、それぞれに深く心動かされたという彼女にさまざまな話を聞いた。
真実を伝えたいという人たちがいる
Q:映画をご覧になってどのような感想を持ちましたか?
最初に思ったのは、観て良かったっていうことでした。自分がかかわらなかったら自分から観るきっかけがなかったような映画ですし、男の人たちが戦う姿というか女性にはなかなかできない部分に、わたしはすごく感動しました。どんな場所でも真実を伝えたいと思っている人たちがいるんだっていうことに勇気づけられましたね。
Q:あの事故から約23年も経ちますが、当時のことは覚えていますか?
当時は6歳のころで、奄美のびっくりするような田舎にいたときの出来事なので、覚えているのはとにかく毎日自然と遊んでいたことぐらいですね。テレビもなく電話も1か所にあって放送で呼び出されるような場所だったので、ニュースも全然覚えていなかったんです。
Q:心に残ったシーンや感動的なシーンはどこですか?
少女を抱いて救出するシーンですね。実際にすごくショッキングな情景だったんだろうと思いますし、事故に遭った方々のことも想像すると悲しいですし、恐ろしいと思いました。
観ている人のパワーを感じるステージは最高のご褒美
Q:映画は新聞社の記者たちがスクープを追う物語です。女性の視点としてはいかがですか?
男の人ならではだと思ったのは、一度壊れてしまった信頼関係でも、元がしっかりあると簡単には崩れないんだと。女性にはなかなかできないと思いました。現場も現場ですしね。
Q:堤真一さんが熱演した全権デスク・悠木のような、仕事に命を賭けるリーダータイプの男性はどうですか?
もし自分が堤さんの演じていた役の部下だったら、ついていけるのかっていう(笑)。信じてついていくことはできると思うんですけど、きびきびと次に移す行動のどれが正しい行動かなんて、判断できなかっただろうと思います。リーダーの権限を渡されたときも、すごくプレッシャーだったんじゃないかって思いました。
Q:タイトルの“クライマーズ・ハイ”のように“シンガーズ・ハイ”みたいなモノってあるんですか?
2時間ぐらいのライブが終わった後なのに、もっとやりたくなっていますね(笑)。もう一回同じステージでもいいぐらい、やりたいと思ってしまいます。聞いてくれる人たちの拍手なりパワーなりというのは、リハーサルのときにまず感じることができないので、そこに出て行った瞬間にそういう風なものが一気に集まってくる、その中で歌えている感覚ほど幸せなことってないと思います。それはわたしにとって、ずっと頑張ってきたご褒美なんだって思っています。
映画と曲を足して初めて見えたもの
Q:最初にオファーが来たときは、どのように思いましたか?
もちろん常田(真太郎)君あっての曲なんですが、2人で映画のストーリーを聞いて曲作りでいう最初のデモの段階に入ったのですが、その事故について常田君が詳しく説明してくれたんです。事故も含めて、そのときの新聞社の人たちがどんな風に報道していこうと思ったのかを想像しながらレコーディングに臨みました。わたしたちは取材に行った人たちの気持ちにはなれないんですが、その家族だったらっていうことを考えようと思ったんです。いつでも戻ってきたときにほっとできる場所、そしてリセットしてまたきちんとしたことを伝えにいけるとか、自分を失くさないで戦いにいける曲になればいいねって話してレコーディングに臨みました。
Q:イメージソング「蛍星」を最初に聴いたときの印象は?
常田君ならではの音色だなって思いましたし、ご本人も温かい人なので、そのまんまだって思いました。常田君に曲を書いてもらったのは正しかったって思いますね。
Q:印象に残った、またはお気に入りのフレーズは?
Bメロの“誇れること何もないけど”です。「蛍星」っていう曲のタイトルにもあるように、大きい光や大きくて美しいものはすぐ目につきますけど、小さい光も、目に見えるような空気であったり、澄んでいく風景だったりが広がっていくように感じられる言葉なんだと思いました。
Q:「蛍星」をどのような思いで歌われましたか?
映画を観させていただいて、帰る場所があるということはすごく大切なことに思えました。家族のバランスが崩れていくシーンもありましたけど、仲間との争いも、信じている場所がある、帰る場所があるからこそ頑張れることなんだって。映画と曲を足して初めて強いメッセージが見えたような気もしました。
自分自身を改めて感じてもらいたい
Q:また、「歌鬼(GA-KI)~阿久悠トリビュート~」では「熱き心に」を担当されていますが、歌った感想は?
すごくよく聞いている曲です。小林旭さんが歌っているイメージが強いのもありますが、バックトラックもアレンジする必要がないほどスキがない、無駄のないアレンジなんですね。だからそのまんま歌いましたけど、すごく難しかったですね。“アキラ節”のイメージを“元節”に変えるのがすごく難しかったです(笑)。
Q:「福耳」としても2年ぶりのニューシングルリリースですね。2年ぶりの活動はいかがですか?
今回の曲は「福耳」全員が素晴らしい! と言っていて(笑)、これまでの曲を否定するわけではないですが、やっていてすごく楽しいし、PV撮影のときもみんなノリノリで(笑)。夏にぴったりですし、いろんな場所でみんな楽しく歌ってくれたらと思えるようなナンバーになりました。
Q:いろんな活動を含め、元さんとって歌うこととは何でしょうか?
陰と陽って人の中にあると思うんですけど、歌はわたしにとっては陽の一部分なので、自分自身が伸びるというか、光をもらうというか、温かいものをもらえるというか、わたしを伸ばしてくれるものの一つで、一番なものですね。歌わせてもらえるっていうことは、最高に幸せなことだと思っています。わたしは曲を人にどういう風に聞いてほしいとは思っていないので、曲に触れた人たちが自分自身を感じてもらえたらいいと感じていますし、自分自身を改めて感じ取れる曲になっていればいいと思っています。
Q:最後に元さんからメッセージをお願いいたします。
『クライマーズ・ハイ』という映画に出会えたおかげで、わたしも「蛍星」という曲をリリースできることになりました。本当に1人では何もできないんだってことを教えてくれる映画だと思います。引っ張ってくれる人がいて、それを信じて支える人もいて無駄な人っていないんだなってことを教えてくれる映画に出会えました。ぜひ皆さんも自分の存在に置き換えて、『クライマーズ・ハイ』と「蛍星」を楽しんでいただければと思います。
「そんなに長い映画だとは思えず、あっという間に観終わってしまいました」とも語ってくれた元。言葉を大切に歌い上げる歌手らしい、詩的な美しいフレーズを選んで答えを返してくれたのが印象的だった。熱い男たちのドラマを中和するような心癒される優しい歌声で歌い、心を見失わずに生きていくことをそっと教えてくれる彼女の「蛍星」。珠玉の楽曲を聞きながら、『クライマーズ・ハイ』に流れるメッセージを受け止めたい。
『クライマーズ・ハイ』は7月5日より丸の内TOEI1ほかにて全国公開