『アキレスと亀』北野武&樋口可南子単独インタビュー
一番大切なことはやめないってことかもね
やっぱりね、継続ってすごいことなのよ
取材・文:シネマトゥデイ 写真:秋山泰彦
幼いころから絵を描くことだけが大好きで、芸術に人生のすべてを打ち込んでいく才能のない画家・真知寿(まちす)と、彼を支える妻の幸子。二人の夫婦の姿を時に残酷に、時に優しく描き、夫婦のあり方や本当の幸福の意味を問いかける映画『アキレスと亀』が、9月20日より公開される。本作が監督作品14本目となり、監督、編集、主演に加えて挿入画も自身で描いた北野武と、北野が演じる真知寿の妻を演じた樋口可南子に作品や撮影の裏側について語ってもらった。
主人公の真知寿は、芸術という悪魔にとりつかれた怪物
Q:主人公の真知寿という人物は、今までどんな映画にも登場したことのない強烈なキャラクターでしたね。
北野:真知寿は、勘違いをしちゃってるんだよね。もう、子どものころからずっと勘違いしてるの。子どものころに、芸術というものに目覚めたんだけどね、芸術って麻薬でね、真知寿は芸術という悪魔にとりつかれた怪物なの。芸術のことだけを一生懸命思っているんだけど、才能ないしね、周りの人を全部不幸にしてしまう。最後の砦がカミさんで、カミさんに守ってもらってんだよ……。真知寿にとってのカミさんっていうのは、つまりやっと悪魔が見つけた安住の地みたいなもんなんだよね。
Q:夫婦を演じられてみて、お互いの印象について教えてください。
樋口:わたしは、二十代のころ武さんと夫婦役をやらせていただいたことがあって、そのときはすごくシャイな方だと思っていたんです。今回、改めて監督としてお目にかかる最初の日が顔合わせ兼衣装合わせの日だったんですけど、ほとんど目が合わなくて、監督だともっとシャイになられるんだな……どうしようと思いました(笑)。監督がシャイだとこっちもシャイになってしまって、お互い恥ずかしがっていて大丈夫かと(笑)。わたしも初々しい気持ちになってしまいましたね。
北野:才能のない真知寿のような画家に、現実にはこういうきれいな人が嫁さんになるわけないんだけど、映画的には何かさあ、真知寿のカミさんに赤木春恵とかが出てもつまんないじゃん(笑)? わけのわからない芸術に向かって真知寿が暴走しているところに、嫁さんが何だかわからずについていって手伝ってくれるっていう感じなの。撮るシーンもあんまり詳しく教えないで、何だかよくわからない状態で撮っちゃった感じがあるから、うまくいったんだよね。設定は夫婦なんだけど、ほとんどコントの相方みたいな感じだったね。
樋口:顔がだんだん似てくるのが不思議でした(笑)。夫婦って顔が似てくるっていうんですけど、映画の中の二人も振り向いた顔とか似てるんですよね(笑)。
Q:夫婦ではなく両親としての視点では、一人娘に対して芸術に暴走していく、かなりひどい両親として描かれていましたね。
樋口:親としてはひどい親ですよね。何も面倒見ないし、お金もない貧乏暮らしですし。夫婦としてはすごくいい夫婦なんですけどね。娘からの視点だったり、社会的に見たりするとちょっと問題ですよね……(笑)。
Q:自分の娘に対して、真知寿が絵の具代をせがむシーンはとても衝撃的でした。
北野:どう考えたって普通は絶対そんなことしないでしょ? 芸術というものに頭を、むしばまれちゃった頭のおかしいオヤジになっちゃってて、それしか頭にないから芸術のためだったら娘にもたかるっていう……。(桂)春団冶だったら、「芸のためなら女房も泣かす」だけど、この映画のあのシーンでは娘まで泣かしてしまう。すごく残酷なんだよね。
武さんは本当にお湯の中に顔を入れて、本当に我慢してた
Q:残酷なシーンもある一方、お2人の芸術活動を描いたシーンはとてもかわいかったです。自転車でアートに挑戦するシーンとか……
樋口:なぜわたしは、こんなことをしているんだって納得せずにやってますので(笑)。武さんが言うことは、真知寿と幸子みたいにわかっていなくても全部やろうと。そして何でも受け入れようと思ってやっていたんです。自転車アートのところも、わたしはウサギの格好していて、意味もよくわからないんですけど、スクリーンで観てみると、何か説得力があるような気がしてくるんですよね(笑)。
Q:監督は、どうしてウサギの格好を樋口さんにさせようと思われたんですか?
北野:何だかね。ほんとはほかのシーンに使うやつだったんだけど、そのシーンがなくなっちゃってウサギの衣装だけ残っちゃって……それでこれ使っちゃおうって(笑)。
樋口:現場で急に言うんですよ~(笑)。監督が「あのウサギまだある?」って、ふと言いだして……。あのとき衣装さんがないって言えば着なくて済んだんですけど、長年連れ添った衣装さんなので、何でも用意してあるんですよね(笑)。
Q:お風呂場で、真知寿を頭から浴槽に突っ込むシーンはとてもリアルでした。
樋口:武さんは本当にお湯の中に顔を入れて、本当に我慢してたんですよ。しかもね、意外と長く持つんですよ! あれは台本を読んだときから本当におかしいと思っていたので、あそこは絶対頑張ろうと思って。それまでいろんなアートのシーンでひどい目に遭わされてきたので、あのお風呂のシーンで武さんに復讐(ふくしゅう)できる! という気持ちもありましたしね。
北野:ほんとはね、すっごい苦しいんだけど、お湯の中でこれは面白いシーンだろうな……って思いながらやってたね。案の定、試写ではかなり笑ってもらえたよ。
樋口:ヴェネチア国際映画祭でも、あのシーンですごく拍手をしてくださいましたよ。
北野:向こうの人たちもさ、それなりに夫婦愛だと思ったんじゃないの(笑)?
Q:樋口さんにとってつらかったシーンはどこでしたか?
樋口:ボビー・オロゴンさんに殴られるシーンかな(笑)。あのシーンはマスクかぶってるんですけど、中身は本当にわたしですからね(笑)! プロの殺陣師じゃなくてプロのボクサーだから、殺陣師の人だったらギリギリで止められるんだけど、ボビーは当たるんですよ。だから、最初はお腹もカバーしていなかったんですけど、当たって痛いからカバーをつけたんですよ。でもつけても痛くて、「当たってるよ! ボビー」って何度も抗議したんですけど、結局当たってましたね(笑)。
夫婦というのは、同じ空気を吸って一番違和感がない人たち
Q:夫婦とは、どういう関係なんだと思いますか?
北野:同じ空気吸って一番違和感がない人たちなんじゃないの? うちの父ちゃんと母ちゃんなんか、顔見るのも嫌ってほどケンカしてたくせに、父ちゃん死んだら母ちゃん泣いてるんだからね。で、体ふいてやってたら「サチコ命」って違う女の名前が出てきたんだから(笑)。死ぬまでだましやがったってね(笑)。芸人の間じゃ有名な話だよ(笑)。うちの母ちゃんは父ちゃんに尽くしたんじゃなくて、子どもに尽くしたんだよね。この父親と別れたら生活費も大変だから、父親も離しちゃいけないし、自分は内職やって子どもを育てなきゃいけないし、みーんな子どものためにできた人だから、すごいよね。
Q:夫婦にとって一番大切なのってどんなことだと思いますか?
樋口:どんなことがあっても、長年一緒に居られることが大切だと思います。
北野:あらゆることに対して、一番大切なことはやめないってことかもね。この映画で、真知寿は芸術をいつまでもやめない。夫婦は別れないとか、仕事も同じことをやり続けるとかね。やっぱりね、継続ってすごいことなのよ。
しっかりとインタビューに答える樋口に、横からニコニコと冗談を飛ばす北野。二人のあうんの呼吸は、まるでスクリーンの中の二人そのものだった。映画の中でも、どうしようもない真知寿と、夫の芸術活動に半ばあきれながらも、「はいはい」と言いながら、彼を支え続けている妻の幸子。夢に向かってひたむきに、一緒に歩き続ける夫婦の姿は、とにかく純粋だ。熟年離婚も増えてきている日本で、「一緒に居続ける」というのはシンプルでありながらも、とても大切なことなのかもしれない。
『アキレスと亀』は9月20日よりテアトル新宿ほかにて全国公開