『その日のまえに』南原清隆 単独インタビュー
手を握っただけで永作さんの体調の良しあしがわかるようになった
取材・文:内田涼 写真:高野広美
重松清の同名小説を映画化した『その日のまえに』で主演を務めたのは、近年俳優としても高い注目を集めている南原清隆だ。余命を宣告された妻とともに来るべき“その日”に備える夫を好演した彼に、作品のテーマから演じることの魅力までたっぷり語ってもらった。夫婦を演じた永作との共演エピソードや、大林宣彦監督のユニークな演出法。さらに実生活でも父親になったからこそ実感した気持ちなど、俳優・南原の今を感じてほしい。
直感による大林監督の不思議な演出
Q:完成した作品をご覧になった感想を教えてください。
少し驚きましたね。「あっ、こういう風に映像がつながるんだ」って感じで、脚本を読んだ印象や撮影中の様子からは想像できない部分も多かったです。いい意味で裏切られました。
Q:それは大林監督の独特な演出ということなんでしょうか?
そうですね。大林監督は撮影中も急にシーンを追加するんですよ。前日くらいに「はい、これ」って新しい台本を手渡されたこともあります。しかも大林監督自身、その時点ではあまり明確なことは決めていなくて「いやぁ、どこで使うかわからないけど、とにかく撮っておきたいんだ」っておっしゃっていて。完成した作品を観ると、そういった部分が意外な形で現れるんです。
Q:今回、南原さんが主演として起用されたのはどのような経緯があったのですか?
いやそれもね、大林監督の直感らしいんですよ。「上の方から言われるんだ」って。目には見えない、映画の神様的なものが大林監督の上にいるみたいで(笑)。
Q:永作さん演じる妻と一緒に歩くシーンでも、お二人がなぜかカメラ目線という……。
そうなんですよ! 普通は不自然だと思うんですけど、実際に映画を観てみると不思議な感覚でハマっていて。スタッフの方にも「大林監督っていつもこうなんですか?」って尋ねたんですが、「いや毎回、やり方はコロコロ変わるんですよ」って答えが返ってきました。やはり直感なのかもしれないですね。
心臓をわしづかみにされた原作
Q:重松清さんの原作「その日のまえに」をお読みになった感想はいかがでしたか?
主人公の世代が40代ということで、僕とまったく同じだし、愛する人を突然失うストーリーには心臓をわしづかみにされちゃいましたね。
Q:その主人公・日野原健大という男は、南原さんの目から見てどんな人物ですか?
売れっ子イラストレーターでデザイン事務所を経営している。もうホントに家庭を顧みない仕事人間ですよね。でもまだ40代ですからね。それで当然なんじゃないかと思います。
Q:だからこそ愛する妻が突然余命の宣告をされたことで、とても動揺してしまうんですね。
そうですね。宣告を受けた本人以上に戸惑ったり、落ち込んだり……。今までの人生を振り返りながら、ひょっとして妻の病気は自分のせいなんじゃないかという後悔の念も強いですね。すごく自分を責めているんですよ。
Q:そんな健大が「女性は強い」というセリフを口にするのが印象的でした。
それは僕自身、実感しますよ。自分が死んだときのために連絡先をリストにするじゃないですか。ああいうことって男には無理じゃないですかねぇ。まぁ、原作を書かれた重松さんは男性なんで、どこからそういう発想が生まれたのか興味ありますけど。
永作のことは手を握っただけでわかる?
Q:愛する妻・とし子を演じた永作さんとの共演はいかがでしたか?
女優魂を見せてもらったというか、永作さんは今回、役作りで4キロくらい体重を落としたそうなんです。食事を抜いていたみたいで、フラフラされているのを見てちょっと心配になりました。そういう感情は、僕が健大を演じる上でも役に立ったと思います。
Q:ズバリ夫婦役としての相性はいかがだったんでしょうか?
相性ですか(照れ笑い)。でも夫婦で思い出の町を歩くシーンは、手をつなぐことも多かったんで、撮影が進むにつれて、手を握っただけで永作さんの体調の良しあしがわかるようになりましたよ。そういう意味での相性は、良かったかもしれないですね。
Q:健大が父親として二人の子どもに対し、とし子の本当の病状を伝えるシーンは胸が張り裂けそうでした。南原さんご自身、3年前にお子さんがお生まれになっただけに、感情移入したのではないでしょうか?
ええ、あのシーンは撮影が本当に大変でしたね。本番中は全然気付かなかったんですけど、僕ずっと貧乏ゆすりをしていたんですよ。緊張というよりは、感情の高ぶりですね。しかも、あのシーンを撮影しているころ、永作さんはすでに別の作品の撮影現場に移っていて、つまりどこか遠くいるんですね。ストーリーと一緒で(笑)。あの切なさといったら! まぁ子どもたちも頑張ってくれて、いいシーンになったと思います。
演じるとはその人の人生を生きること
Q:最近では『L change the WorLd』など映画への出演も増え、すっかり俳優という肩書が板についた印象ですが。
演じることは楽しいんで、やっぱりうれしいですよね。まぁ映画に限らず、コントや落語なんかも演じるという点では変わりはありません。
Q:南原さんにとって演じることの魅力はどんなものですか?
演じる役柄を通して、その人物の人生を知る、そして生きることができる点ですね。
Q:例えば、テレビと映画では何か違いを意識しますか?
うーん、演じる上での意識はあまり違わないですけど、映画はテレビに比べると予算少ないですからねぇ……(笑)。そのあたりはスタッフの方々も苦労していますよ。でも映画は形として残りますからね。そういう意味で、映画は魅力的だと思います。
Q:それでは最後に、公開を楽しみにしているファンの皆さんにメッセージをお願いします。
人間、どうしても幸せなときは、本当に大切なもののありがたみを忘れてしまうものですよね。それがある日突然奪われてしまうとしたら……。ぜひこの映画を通して、そんなことを考えながら、自分の周りにある幸せをかみしめてもらえればと思います。
屋外で行った写真撮影では、映画のモチーフでもある青空をバックに「どう? カッコ良く撮れています?」とカメラマンに語りかけるなどサービス精神満点で、自然と現場の雰囲気も和やかなものになった。本作では夫として、父親として作品全体を支えたが、撮影現場でもムードメーカーだったことは間違いないだろう。ジャンルの垣根を越えて、演技そのものを思う存分に楽しんでいる南原の誠実さがにじみ出る『その日のまえに』は観る者に、何気ない日々の幸せをもう一度思い出させる作品だ。
『その日のまえに』は11月1日より角川シネマ新宿ほかにて全国公開