『HACHI 約束の犬』リチャード・ギア 単独インタビュー
死は、夢を見ていることと大して変わらない
取材・文:細木信宏
亡くなった飼い主を渋谷駅で待ち続けたという実在した忠犬ハチの物語を、舞台を日本からアメリカへ移し、映画『サイダーハウス・ルール』『ショコラ』の名匠ラッセ・ハルストレム監督の手でよみがえらせた映画『HACHI 約束の犬』。自ら製作・主演を務め、プライベートでも犬好きという名優リチャード・ギアに、オリジナル作品を生かして作られた本作への情熱などについて語ってもらった。
作品の“静けさ”に心惹(ひ)かれた
Q:まず、この作品を選んだ理由は何でしょうか?
それは“静けさ”が、この物語に含まれていたからなんだ。この作品は、僕が演じるパーカーが子犬を拾い上げるシーンから、ほとんどせりふがなくて、映像によって物語が展開しているんだよ。
Q:ハチの物語を知ったのは、いつごろですか?
実は(本作の)脚本を渡されたとき、初めて知ったんだ。それまで、まったく聞いたことがなくて、渋谷にあるハチの石像も見たことがなかったんだよ。脚本を読んだ後に『ハチ公物語』(1987年)を観たんだ。それで、人と犬との関係が、もっとシンプルに表現できるのではないかと思ったんだよ。
Q:ハルストレム監督との仕事は、いかがでしたか?
ラッセと僕は非常にいい友人関係にあるんだ。実際に、住んでいる家も近くなんだ(笑)。彼はスウェーデン人だが、どこか日本人と似ているかもしれないね。彼は感情的ではなく、何かを内に秘めているところがあるんだ。そういう点が、この映画の監督として適任だったのかもしれない。撮影時、彼はアングルが難しい撮影やテンポの速いカットを使わなかったんだ。単純に見えるけど、それがしっかりとした撮影手法なんだよ。
秋田犬との共演は、まるで子役と仕事をしているよう
Q:共演した秋田犬の印象はどうでしたか?
犬の中でも秋田犬は特別だと思うんだ。動物の中でも、トレーニングをすることが難しくて、強制的に教えることのできないデリケートな犬なんだ。ただ、一度信頼を得ると非常に忠誠心の強い犬で、その点は映画製作上でのスタッフと俳優の関係に似ているかもしれないね。
Q:では撮影中、共演した秋田犬をどのように指導されていましたか?
撮影中は、特にトリックなどは教えずに、できるだけ犬が心地いいようにさせていたんだ。1時間ぐらい犬をあやしながら、彼らの一瞬のリアクションを撮るために長回しで撮影していたこともあったよ。それは、どこか子役と仕事するときと似ていて、予想できないような出来事を、ずっと待っているような感じだったよ。
Q:共演した秋田犬たちについて、撮影中のエピソードをお願いします!
実は、子犬のハチには柴犬を使っていたんだ。実際、生後10週間たったら、秋田犬は相当大きくなってしまうからね。成犬のハチには、3匹の秋田犬を使ったんだ。そのうちの一匹はレイラという名の犬で、遊びが大好きな犬だった。もう一匹のフォレストは、ミステリアスで少し孤立している犬で、犬だけを撮影しているシーンは、フォレストが出演していたんだよ。僕は、フォレストの何か内に秘めているようなところが、好きだったんだ。そして最後のもう一匹は、撮影現場近くで飼われていた秋田犬で、その犬にメークアップを施し、老犬役をやってもらったんだよ。
自分の犬は、シカのふんが大好き!?
Q:秋田犬は意外に飼い難い犬といわれていますが、どう思われますか。
昔から秋田犬は、狩りや番犬のための動物として飼われていた。もともと、ハウスペットとは言い難い犬だったが、飼い方によって随分変わってくると思うよ。日本では結構飼われているが、アメリカでは秋田犬はそんなに知られていない。実際、柴犬の方が人に慣れやすく、飼いやすい犬だしね。
Q:犬と人との関係をどう考えますか?
僕は最近、動物と人との接し方が変わってきていると思うんだ。犬は人に仕える動物ではなく、パートナーであることを、われわれも徐々に気付き始めていると思うんだよ。
Q:リチャードさんも犬を飼っていらっしゃいますが、動物との体験で面白いエピソードは何かありますか?
僕は田舎にも土地を持っているんだけど、そこにはたくさん野生の動物がいて、中には野生のシカまでいるんだよ。日本の犬はどうだか知らないが、僕の犬はなぜかシカのふんが大好きで、首にそのふんをなすり付けたりするんだよ(笑)! そのシカのふんのにおいが、この世のものとは思えないくらい臭くて、そのにおいを取るために犬を4回も洗わなければならないんだ(笑)。僕の犬が、なぜそんなことをするのかわからないんだが、野性的なにおいをなすり付けたことで、狩りでもうまくなれるといいね(笑)!
60歳を目前にした今も、スクリーンにいられるのは幸運なこと
Q:本作では死が描かれていますが、リチャードさんにとって死は、どういうものですか?
死というもの自体には、それほど恐怖を感じないが、苦痛というものには恐怖を感じるね。僕の概念では、死は夢を見ていることと大して変わらないと思っているんだ。なぜなら、夢を見て起きても、もとの自分のままだろ? 同じ人物を継続しているわけだ。生きることも、死ぬことも、その継続の繰り返しだと思っているんだよ。
Q:常にハリウッドの第一線で活躍していらっしゃいますが、何か秘けつはありますか?
なかなか僕は、スクリーンからいなくならない俳優だよね(笑)! 実は、今年の8月で60歳になるんだけど、19歳から俳優業を始めて、今でも生計を立てていられるのは、非常に幸運なことだと思っているんだ。ただ、人々が僕を観るために金を払っていることは、いまだに理解できないけどね(笑)!
「作品の“静けさ”に心惹(ひ)かれた」と語っているように、インタビュー中も落ち着いた口調で話すリチャード。そんな彼自身にも、独特の静けさが感じられた。もしかすると、彼はこの物語を通して日本の持つ“静”を見つけたのかもしれない。今年で60歳を迎えるリチャードだが、まだまだ若々しい彼に今後もスクリーンでどんな活躍を見せてくれるか期待したい。
『HACHI 約束の犬』は8月8日より全国公開