『ノーボーイズ、ノークライ』妻夫木聡 単独インタビュー
子どもでいることは、意外に大切なことじゃないかって思うんです
取材・文:鴇田崇 写真:田中紀子
日本を代表する実力派俳優の一人、妻夫木聡と、映画『チェイサー』の好演も記憶に新しい韓国の演技派ハ・ジョンウという、日韓スター同士の豪華共演が実現した映画『ノーボーイズ,ノークライ』。本作と出会って無二の友人となったハ・ジョンウとの友情をはじめ、俳優としての自分や映画界全体を含めて、いろんな意味で可能性を感じたという妻夫木が、本作のことや、自身のこと、そして俳優としての指針など、さまざまな話を赤裸々に語ってくれた。
いろいろなアジアを世界に見せるきっかけになればいい
Q:本作の企画のどのあたりに惹(ひ)かれましたか?
以前、行定勲監督の『春の雪』で釜山映画祭に参加したときに、韓国の人たちのパワーをものすごく感じたんです。それ以来、韓国の映画人と仕事をしてみたいという思いがいつもありました。それが今回『ノーボーイズ,ノークライ』という日韓合作の映画でようやく実現したという感じです。とてもうれしかったです。
Q:共演のハ・ジョンウとは、仕事を超えて本当に意気投合されたそうですね。
はい。本当に仲良くさせていただいています! 僕は、基本的には共演者とはすぐに仲良くなるタイプなので、特に珍しいことではないんです。素の自分をさらけ出して、相手のことを知るようにしています。相手のことを知らないより、知っていた方がいい演技ができると思うんですよね。本番中にお互いに余計な気を遣わなくて済みますから。それに、新しいアイデアもどんどん生まれてくると思うんです。
Q:ハ・ジョンウ以外でこの映画に出会ったことで得た最大の収穫は何ですか?
俳優としての……いや、いろいろな意味で可能性を感じました。日本とは違う国の映画人と仕事ができることは、すごく新鮮で刺激的でしたし、今後ももっともっと面白いことができるのではないかという期待感が強くなりましたね。本作1回で終わりじゃなくて、これからの始まりじゃないかって思いたいです。また今回、お互いに歩み寄れるということがわかったので、もっといろいろなアジアを世界に向けて見せていけるのではないかと思いました。
Q:俳優・妻夫木聡にとって、ターニングポイント的な作品になったのでしょうか?
いやいや(笑)。そこまでは大げさに思っていないですけれど、少なくとも、僕にとって、重要な作品になったことは間違いないと思いますし、得がたい貴重な経験になったとは思います。
俳優が直接お客さんの顔を見られるのは幸せなこと
Q:ところで、韓国語のシーンでは、パッチムという発音にご苦労されたとか?
ええ。パッチムは、韓国語の発音自体のことを意味すると思いますが、言葉自体が変わっていくということなんです。例えば、日本語では「食べる」は、過去形が「食べた」ですよね。韓国語だと「食べる」が「モックタ」で、「食べた」が「モゴッソ」なんです。まるっきり全然違うんです。「~ソ」が過去形なのですが、パッチムが入ってくるので、さらに変化しなくてはいけない方程式があって……いくら説明しても、多分記事上の表現は難しいと思います(笑)。
Q:今年の春に行われた韓国弾丸キャンペーンでの人気もすさまじかったですね!
うれしいですよね。韓国の舞台あいさつって時間がすごく短くて(笑)、1回につき5分程度でしたよね? ただひたすら数をこなして映画館を回っていくのが、向こうでは当たり前だそうです。なのでマスコミというより、来てくれているお客さんを意識した舞台あいさつになっていたので、それは素晴らしいことだと思いました。ただ直接、韓国のファンの方とお話しする時間がなかったので、それだけが心残りですけどね……。
Q:日本でも『ウォータボーイズ』のころって、映画館を回っていましたよね?
ええ。日本映画自体があまり当たっていなかった時代だったので、舞台あいさつを一生懸命やっていたのかもしれませんね(笑)。舞台あいさつばっかりだった『ウォータボーイズ』のころが、懐かしく思えましたよ。実は直接お客さんの顔が見られるのって、僕らにとっては楽しいことなんですよ。特に鑑賞後の表情などが見られるので、満足してくれたら反応もいいということですし。
Q:ちなみに、韓国版ポスターをご覧になりましたか? 驚かれませんでした?
アクション映画みたいになっていましたよね(笑)。ハードボイルド系のデザインになっていて、確かにびっくりしました。都会的な背景になっていて、あれ? そんなシーンあったっけ? みたいな(笑)。
作品を知ってくれた、そのこと自体がうれしい出来事
Q:ロケ地の新潟ですが、NHK大河ドラマ「天地人」も新潟でのロケですよね?
『ノーボーイズ,ノークライ』の撮影が先でしたが、実は『感染列島』も新潟で(笑)。続けざまで新潟での撮影だったので、何か縁があるのかと思いました(笑)。『感染列島』で2か月ぐらい滞在した後だったので、いろいろな場所を知っていたから過ごしやすかったですね。ハ・ジョンウさんを居酒屋に案内しました。
Q:そういえば、韓国キャンペーンのころは新型インフルエンザ流行の時期でしたね。
そうでしたね。『感染列島』が公開された後だったので、今後、少しでも何かの役に立ってくれたらいいと思いましたが、まさかすぐにあんなことが本当に起きるとは思っていませんでした。とても驚きましたね。
Q:映画は、そんなリアルなテーマを追求できますが、そこに醍醐味(だいごみ)を感じたりされるのでしょうか?
僕は単純に演技中の気持ち良さであったり、観てくれたお客さんの感想だったりを聞いたときに、やりがいを感じます。お客さんにメッセージが伝わっているのかどうかなんて、気にするのはおこがましいけど、つまらなくても感想を言ってくれて、作品を知ってくれたこと自体が自分にとってはすごくうれしいことなんですよ。
慣れてしまうことが、俳優にとって一番怖いこと
Q:妻夫木さんの次なる夢は何ですか?
課題にしていることはまったくなくて、モチベーションやスタンスとして、今の状態を変えないことがいいと思っています。大人になるために、いろんなことを勉強しなくてはいけないことは当たり前のことだし、自分も大人にならないとダメだということもわかっています。でも、最近は子どもでいることが意外に大切なことじゃないかって思うんです。考えれば考えるほど、演技がつまらなくなってしまうと思うんですよね。
Q:子どものままでいるとは、具体的にどういうことですか?
何も考えずにいることですね。無心。それって難しいことだと思うんです。知識はどんどん増えるし、それはいいことだと思うけど、逆に自分にとってマイナスになることもあると思います。かなりハードルが高い目標ですが、慣れてしまうことが俳優にとって一番怖いことだと思うんです。テクニックがあって、それで勝負できる俳優ならいいけど、僕はそういうタイプじゃないし(苦笑)。そうなってくると自分の感性を研ぎ澄ませないとダメだって思います。自分の中でいろんなバランスを保ちながら、なるべく余計なことを考えずに演技がしたいです。
Q:最後に、公開を楽しみにしているファンへ一言お願いします!
『ノーボーイズ,ノークライ』は、日本だけの仕事ではなかなか得られないような刺激や経験を、たくさんもらえた作品だったと思います。だからこそやりがいがありましたし、とても幸せでした。熱くてストイックなハ・ジョンウさんとの共演も楽しかったですし、映画にその思いが出ていると思うので、ぜひ劇場で観てください。
ハ・ジョンウとの思い出話にほほ笑み、韓国弾丸キャンペーンでの舞台あいさつが懐かしく感じたとつぶやいた際の妻夫木のまなざしに、人としての温かみがにじみ出ていた。謙虚に映画を愛し、妥協しない演技を心掛ける妻夫木が、日本の若手トップ俳優である理由がよくわかるインタビューだった。『ノーボーイズ,ノークライ』は、そんな妻夫木が、自分の、そして映画界の新たなる可能性を感じたという意欲作。ぜひスクリーンで堪能してほしい。
(C) 2008『The Boat』フィルム・コミッティ
『ノーボーイズ,ノークライ』は8月、シネマライズ、新宿武蔵野館、シネ・リーブル池袋ほかにて全国公開