『スイートリトルライズ』中谷美紀 単独インタビュー
ウソをつくことは嫌いではない
取材・文:斉藤由紀子 写真:尾藤能暢
人気作家・江國香織の同名小説を、映画『ストロベリーショートケイクス』で知られる矢崎仁司監督が映画化した『スイートリトルライズ』。中谷美紀と大森南朋という、共に多くの映画監督から愛される二人が初共演を果たし、小さな優しいウソを重ね合う夫婦の関係を繊細に描き出す。夫を大切にしながらも、別の男性と恋に落ちてしまうテディベア作家の瑠璃子を演じた中谷が、作品に対する思いからプライベートまで、正直な気持ちを語ってくれた。
既婚者のほうがヒロインの気持ちを理解できる!?
Q:美しいラブストーリーでありながら、孤独や死のイメージが鮮明に残る作品でした。矢崎監督ならではの感性を、中谷さんはどのように感じましたか?
矢崎監督は、ご自分の主張や世界観を映画に投影させることができる、近年まれに見る才能の持ち主なのではないでしょうか。わたしの生理的感覚とはまったく異なるのですが、非常に湿度の高い映像作りをされる方だと思います。
Q:今回演じた瑠璃子は、ウソを重ねても結婚生活を守ろうとする、複雑な思いを抱えた女性でしたね。
正直なところ、最初は演じるのが難しかったんです。わたしは結婚をしたことがないので、瑠璃子のような思いにまで至らないというか、なかなか理解することができなくて……。もしかしたら、既婚者の方のほうが彼女の気持ちを理解できるのかもしれませんね(笑)。
Q:夫の聡と積極的に話そうとする瑠璃子と、自分の部屋に鍵を掛けて一人の時間を守ろうとする聡。客観的に見て、どちらに共感しますか?
もちろん、家庭を守ろうとして夫に尽くす瑠璃子もステキだとは思います。でも、わたしは仕事中に一人の空間が必要なタイプでして、演じる役柄にもよりますが、休憩時間を他の方々と雑談して過ごすというのが苦手なんです。集中力が途切れてしまうような気がして、なんだか疲れてしまうので、一人でいたいなと思ってしまう。そういう意味では、聡の気持ちもよくわかります。ただ、夫婦の間なのに鍵が必要というのは、悲しい気もしますよね。
今回の共演で、大森南朋の悪い印象が激変!
Q:瑠璃子と聡との、微妙にかみ合わない会話のテンポが絶妙でした。聡を演じた大森さんとは、役について個人的に打ち合わせをされたのですか?
それが、特に何もしていないんです。いつも演じていて思うんですけど、相手役の方と何も話さなくても呼吸がピタッと合ってしまうときが、一番心地よく感じるんです。ディスカッションせずに同じ空間にいて、目と目を見つめ合ってセリフを交わす。それだけで成立してしまうのがとても楽なんですね。ですから、大森さんとは、とても気持ちよくお芝居することができました。
Q:大森さんとは今回が初共演ですが、お会いするまでは印象があまり良くなかったとうかがいました。その印象は本作で変わりましたか?
『ハゲタカ』という作品のDVDでメイキングを拝見したとき、大森さんがとても不機嫌そうにインタビューに答えていらしたんです。もしかしたら、撮影の合間のインタビューで、役柄のまま答えていらしたのかもしれませんね(笑)。実際はそんなことはなく、常にニュートラルなご様子でした。大森さんは、初対面の人に対してはシャイな方だと思うんですけど、作品に対してはとても真摯(しんし)で、役柄を深く掘り下げていらっしゃるように思いました。
Q:役に入り込んでしまうと、撮影が終わっても役柄を引きずってしまうことってあるのかもしれませんよね。
人によるとは思いますが、わたしの場合は家に帰ると役のことはすっかり忘れてしまいます(笑)。仕事を始めたばかりのころは、役柄を引きずってしまうこともありましたけど、スッパリ切り捨ててしまった方が、演技を昇華させることができるような気がするんです。まずは自分の人生を大事にすることが、他人を演じるときの引き出しを増やすことになると思うので、お仕事が終わったら一切考えないです。その役だけ一生演じていればいいのなら、違うのかもしれませんけど(笑)。
俳優はウソをつくことが仕事
Q:「人は守りたいもののためにウソをつく」というセリフが印象的ですが、中谷さんも何かを守るためのウソは必要だと思いますか?
そもそも、わたしの仕事がすでにウソなんですよね(笑)。例えば、冷えたお料理をおいしそうに食べてみせたり、好きではない方とキスをすることや、人を殺したことなんてないのに殺人犯を演じることもありますから(笑)。そう考えると、日々がウソの繰り返しのようにも思えますし、わたし自身もウソをつくことが嫌いではないんでしょうね。でも、わたしのように演じることを職業としていなくても、誰もが与えられた立場や役割の中で、何かを演じることってあると思うんです。ですから、よほど原始的な生活をしていない限り、ウソは現代人にとって切っても切り離せないもののような気がします。
Q:瑠璃子は、年下の恋人から「キミは貪欲(どんよく)だ」と言われますが、中谷さんが貪欲(どんよく)になってしまうものといえば、やはりお芝居ですか?
お芝居よりも、食べることに貪欲(どんよく)になってしまいます! 仕事中も冷たいお弁当を食べるのがイヤで、人目を盗んで外に食べに行くこともあるんです(笑)。おいしいものを食べるためなら、人を伴わずに一人で出掛けることもあるくらい食べることが好きです。
Q:なるほど! ということは、食べ歩きをされることも多いとか?
新しいお店がオープンしたから行くというのは、あまり得意ではないんです。本当に信頼できるお店で旬なものをいただくのが好きですね。
Q:最近でいうと、何が一番おいしかったですか?
金沢に行ったとき、天然の寒ブリを一本丸ごと用意してくださった方がいらして、ご自宅でさばいてくださったんです。それをしゃぶしゃぶにしていただいたんですけど、本当に新鮮で臭みがなくて、感動するくらいおいしかったです!
本作で感じた江國作品の魅力とは?
Q:今回、ウソを重ね合う夫婦を演じて、夫婦というものに対する考え方に変化はありましたか?
どうなんでしょうね、正直わかりません(笑)。お互いが自分勝手なことをするのではなく、思いやりを持ち続けることが大切なんでしょうね。でも、順風満帆な人生よりも、少しくらい紆余(うよ)曲折があったほうがいいのかな? と思う気持ちもどこかにありますね(笑)。
Q:本作は、女性を中心に絶大な支持を集める江國香織さんの小説が原作ですが、中谷さんは江國作品のどんなところに魅力を感じますか?
この作品には、人を愛することの痛みや切なさ、そして、甘酸っぱさや楽しさなど、人が生きていく上での厳しさと喜びが両方描かれていると思うんです。その一方で、人間の白黒ハッキリできないグレーな部分を巧みに描いているんですよね。わたし自身も、「物事をカテゴライズすることなんてできない」という気持ちと、「白黒ハッキリさせたい」という気持ち、二つの矛盾する気持ちを抱えている。そんな、人間の一貫性のなさや矛盾がリアルに表現されているところが、江國さんの作品の魅力なのだと思います。
容姿はもちろん、物腰も言葉遣いも非常に優雅で上品な中谷と向き合っていると、こちらまで背筋がピンと伸びるような気持ちになる。自分の考えを語るときの凛(りん)とした表情と、「食べることが大好き!」と打ち明けてくれたときの朗らかな笑顔が印象的だった。そんな彼女のたたずまいは、透明感あふれる江國作品の世界観と絶妙にマッチする。まるで小説から抜け出てきたような中谷の美しさを、矢崎監督ならではの映像美と共に堪能してほしい。
衣装協力:タラ ジャーモン
映画『スイートリトルライズ』は、3月13日よりシネマライズほかにて全国公開