映画『ザ・ライト -エクソシストの真実-』アンソニー・ホプキンス 単独インタビュー
成功することに中毒になる人生は空虚なもの
取材・文:吉川優子
カトリック教会が正式に認めている悪魔ばらいの儀式を、圧倒的なリアリティーで描き出した映画『ザ・ライト -エクソシストの真実-』。神父になるべきか迷っているアメリカ人の若者がローマに行き、異端ながら一流のエクソシストである神父に師事。悪魔ばらいを学ぶうちに、信仰を取り戻していく姿を描く作品だ。アンソニー・ホプキンスが、いつもながらの名演で見せるエクソシズムのシーンは圧巻。希代の名優に今作に出演した理由や悪魔つきに対する考えを聞いた。
素晴らしい脚本を読んで一気に心変わり
Q:悪魔ばらいというと、一般的にはオカルトじみた印象が強いと思うのですが、出演依頼があったときは、本作についてどう感じられました?
最初は、まったくやりたいとは思わなかったんだ。どうせ気味が悪いだけの映画なんだろうってね。でも、僕のエージェントに「良い脚本だから、1度読んでみては?」と言われて読んでみたら、本当に良い脚本だったんだ。早速次の日にミカエル(・ハフストローム)監督に会ってみたら、気さくで、とても知的な素晴らしい人物だった。彼はこの作品を、大げさに飾り立てたものではない、リアリティーにあふれた映画にしたいと話してくれてね。それも気に入って、やることにしたんだよ。
Q:あなたが演じたルーカス神父とはどのような人物なのでしょう? このキャラクターの存在も、出演の決め手となったのですか?
そうだね。彼は一流のエクソシストとたたえられる人物で、ある日ローマにやって来て、エクソシズムを学ぼうとしている学生のマイケル(コリン・オドナヒュー)と出会うことになる。マイケルは信仰を見失っていて、悪魔の存在を信じてはいないが、ルーカスは、マイケルと信仰について議論をしたり、信仰心を持つように説得したりはしないんだ。それは、彼自身も何を信じていいのか時々わからなくなるからなんだよ。けど、何を信じていいのかわからなくなっても、彼は悪魔ばらいをやり通す。なぜなら、彼は己の善良さを信じることが最良の道だと考えているからなんだ。邪悪で、惨めで不親切な人間でいるよりもね。このキャラクターの、そういう部分に引かれたんだ。なぜなら、僕もそう信じている人間の一人だからね。僕たちは皆、最終的に自らの死を目の前にしたり、誰か大切な人を亡くすことで、悲しみに暮れることになる。人生は苦しいものだよ。人間は死ぬことについて考える唯一の動物なんだ。だからこそ、知的で理性的な心を持っている。それが人間の贖罪(しょくざい)であり、人間の条件なんだ。住む家がないわけでもなく、不治の病に侵されているわけでもないのに、いつも惨めな気持ちで生活している人々がいることを僕は知っている。彼らは自ら惨めになることを選んでいるんだ。そうすることが、ファッショナブルで、スマートな生き方だと思っているからだよ。誰もそういう人たちと一緒にいたいなんて思わないよね。
本物の悪とは渇望する心 何事もほどほどに……
Q:悪魔の存在は信じますか?
いいや、さっきも言ったとおり、正直僕は自分が何を信じていいのか、わからないんだよ。多分、僕が信じていることといえば、人間はいくらでも善良で、優しくなれる一方で、とても残虐にもなれる可能性を持っているということくらいかな。
Q:映画をやる前とやった後では、悪魔つきに対する見方が変わりましたか?
いや、それが何か僕にはわからないね。それは多分、狂気の一つの形なのかもしれない。だいぶ昔のことだけど、そのころの僕はアルコール中毒になってしまい、なかなか抜け出すことができなかったんだ。そしてある日、酒ときっぱりと縁を切るような経験をして、人生が変わった。でも、それまでの5年か6年くらいはずっとそういう状態にあった。あらがえない渇望に取りつかれていたんだ。そういった狂気に取りつかれて、何かの中毒にかかっている人が、ショービジネスの世界にはたくさんいる。麻薬や酒だけじゃない、成功することに中毒になっている人々は、もっと成功したくなる。特に若いころはそうだね。レッドカーペットを歩いて、パパラッチに囲まれたくてしょうがない。それもいいだろう、楽しい人生なのかもしれないな。でも、そんな生き方はとても空虚なもので、巨大なナルシシズムを自分の中ではぐくむことになるんだ。それは悪の、無知の一つの形だよ。自分たちの世界以外を見ないような無知な人間は、外側の者を敵だと見なして、残忍さや悪意、人種偏見を生み出す。だから戦争が起きるんだ。そして今、リビアには神を見たという独裁者がいる。彼は完全に気が狂っているよ。自国民を彼自身の手で破壊しているんだから。ヒットラーもそうだった。それは人間の無知から生まれた悪だ。だから僕は、人生においては、すべて適度であることが大事だと思っているんだ。
悪魔とは人間の残虐さが擬人化したもの 現役エクソシストに意見
Q:この役を演じるにあたって、実際に悪魔ばらいを見るといったリサーチはされたのですか?
いや、見なかった。マイケルを演じたコリンは見たよ。僕はエクソシストのゲイリー・トーマス神父と話をした。彼は、悪魔とは人間の残虐さが擬人化したものだと言っていて、僕は悪魔つきとは精神病の一種だと思うと言ったんだ。そうしたら、ゲイリー神父は「それも正当な考え方だ」と言っていたよ。でも彼はそこに何かしらの力が働いていると確信していたね。
Q:あなた自身、何かが擬人化した存在と出会った経験はありますか?
そうだね……ロサンゼルスである男に会ったんだ。確かレンという名前だったな。彼はある店の前でTシャツを売っていて、目の前を通り過ぎようとすると「あんたはアンソニー・ホプキンスじゃないか」と言った。僕も「そうだよ」と答えて話をしてみると、彼は善良さが体からにじみ出ているような、好人物だったんだ。彼に「いくつなんだい」と聞いたら「83歳だ」と答えてほほ笑んでね。僕が「あなたは人生に対してとてもいい態度で臨んでいるようだね」と言ったら、「どんなふうに生きても、いつか僕たちはみんな死ぬんだからね」と明るい顔で語っていたよ。彼こそ世界と何の不和もない、善良さが擬人化された存在といえるね。
名演の秘訣(ひけつ)はリラックス! 若手と接するときも自然体で
Q:コリンにとっては初めての長編映画で、かなりプレッシャーがあったと思いますが、何かアドバイスをしたりしましたか?
ごく普通のことを話しただけだよ。撮影中はアイルランドについて話をしたり、彼のご両親にも会った。彼はとてもいい若者なんだ。時々は「そのせりふを話すときは、そんなにやり過ぎなくていいと思うよ」くらいは言ったかな。でも、彼は優れた役者だから、ほとんどアドバイスは必要なかった。
Q:俳優として、素晴らしいキャリアを築いてきたあなたですが、役を演じるときに、心掛けてきたことなどはあるのですか?
せりふを覚えて、現場に行って、演技をするだけだよ。脚本を何度も読んでよく理解してさえいれば、リラックスして撮影に臨める。肉体的に、精神的にリラックスさえしていたら、やりたいと思うことを何でもできるものなんだ。シーンによって、アドリブを利かせたりもできるね。ただ、そういうのは(ロバート・)デ・ニーロとかダスティン・ホフマン、アンジェリーナ・ジョリー、ブラッド・ピット、マット・デイモンといった、アメリカの俳優たちがとてもうまいね。彼らは素晴らしいよ。
アルコール中毒に悩んだ過去から立ち直り、自然体で人生に向き合う大切さを知ったことが、人生の転機になったというアンソニー。73歳でありながら、まったく年齢を感じさせない活躍ぶりで、多忙な日々を送っている。そのリラックスした姿勢からは、成功を追い求めることから解放された、名優としての余裕を感じさせた。現在は演技以外にも、作曲をしたり、絵を描いたりと多才ぶりを発揮しており、人生を大いに楽しんでいるようだ。今後も皆の尊敬を集める名優として、いろいろなジャンルの作品に挑戦する彼をスクリーンで目にしたい。
(C)Kaori Suzuki
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映画『ザ・ライト -エクソシストの真実-』は4月9日より全国公開