映画『麒麟の翼 ~劇場版・新参者~』阿部寛&新垣結衣 単独インタビュー
一番近いけど、実は遠いのが親子
取材・文:斉藤由紀子 写真:吉岡希鼓斗
東野圭吾のベストセラー小説が原作で、“泣けるミステリー”として人気を博したテレビドラマ「新参者」の最新作が、映画『麒麟の翼 ~劇場版・新参者~』となってスクリーンに登場。東京・日本橋の翼のある麒麟(きりん)像の下で、腹部をナイフで刺された男性の遺体が発見され、日本橋署の敏腕刑事・加賀恭一郎が事件解決のために奔走する。主人公の加賀刑事がハマリ役となった阿部寛と、事件によって運命の歯車が狂ってしまう容疑者の恋人・中原香織を演じた新垣結衣が、作品に込めた思いや、家族にまつわるエピソードを熱く語った。
加賀恭一郎は、心で捜査をする刑事
Q:今回の映画版は、テレビドラマよりも加賀の人間性が深く描かれているように感じました。
阿部寛(以下、阿部):監督が、「今回は、加賀の人間としての感情を表すことに挑んでみたい」とおっしゃっていたんです。それは僕も賛成でしたし、そういう演出をしてくださったこともうれしかった。加賀が抱えている父親との確執も浮き彫りになって、彼の新しい一面を描くことができました。それに、刑事としての魅力も、より深くなった。加賀は、心で捜査をしていく刑事。事件だけじゃなくて、事件によってゆがんでしまった加害者や被害者の心をも解決していく。多くは語らないけれど、人の心に常に何かを語り掛けているんです。
新垣結衣(以下、新垣):加賀はクールで無愛想なように見えるけど、視点がとても鋭くて、発する言葉が熱いんです。阿部さんご自身も、お話の仕方は静かな感じがしますけど、時々おちゃめなことや、熱いことをおっしゃったりするので、加賀と似ているような気がします。
Q:原作者の東野圭吾さんとお会いする機会もあったのでしょうか?
阿部:撮影現場に東野さんがいらっしゃって、今回の加賀のイメージについてアドバイスをしてくださったので、すごく参考になりました。ただ、東野さんの前で加賀を演じるのは、ややプレッシャーでもありました(笑)。
新垣:わたしは、この映画の試写で初めて東野さんとお会いしました。そのときに東野さんが、「今回の役は大変だったでしょ? よくがんばりましたね」とおっしゃったんです。その意味については、深く考えないようにしようと思いました(笑)。
新垣結衣は、オーラを消すことができる女優?
Q:お二人は、ドラマ「ドラゴン桜」で教師と先生役で共演されましたが、今回、久々の共演で月日の流れを感じたのではないですか?
阿部:あのドラマからもう6年がたつんですよね。あのときの結衣ちゃんは、まだデビューしたてだったんだよね?
新垣:はい。全国放送のドラマに出演するのは、あれが初めてでした。ただ、あのときは阿部さんときちんと向き合うシーンがほとんどなかったんですよね。今回は、捜査する側とされる側のお芝居で、しっかり戦わせてもらえたことがうれしかったです。
阿部:撮影も、がっつりと目と目を合わせるシーンから始まったしね。そのおかげで、そのあとのシーンがすごくやりやすくなった。
Q:阿部さんの目力は、かなり強烈だったのでは?
新垣:そう、気迫がすごいんです! でも、わたしも最初のシーンで目と目で戦わせていただいたおかげで、阿部さんの気迫に負けることなく、役に没頭することができました。
阿部:今回、結衣ちゃんは、香織を見事に演じていましたよ。恋人役の三浦(貴大)くんと、若くて貧しいカップルの弱さや、がんばっているひたむきさを、しっかりと作り上げていた。いつもは華やかなオーラがあるのに、そのオーラをすっかり消して。
新垣:わたし、普段からオーラなんてないんですよ。メイクをしないと全然ない(笑)。
阿部:いやいや(笑)。演じる役で顔つきまで変わってくるところがすごくいい。6年の月日がたって、本当に素晴らしい女優さんになったと思った。
新垣:ありがとうございます!
日本橋の麒麟の像に込められた思い
Q:本作には、人形町の名店や観光スポットが多く登場しますが、個人的に気に入った場所があったら教えてください。
阿部:ドラマシリーズからずっと人形町でロケをさせてもらっていますが、どのお店も昔ながらのいい部分や下町の風情を残していて、すごく居心地がいい。町の方々も人情豊かで、どこで撮影をしていても快く協力してくださる。今回は、人形町の七福神にまつわるスポットが登場するんですけど、そこがまた味わいがある。まさに、人形町の魅力がフルに出ている作品です。
新垣:わたしは、この作品に出演して、日本橋にある麒麟の像が、日本のスタート地点で、「ここから羽ばたいていく」という意味があることを知りました。それで、以前は何も考えずに通り過ぎていた場所が、すごく神聖な場所に思えた。今回、この映画を観てくださった方にも、今まで何とも思っていなかった景色が輝いて見えるかもしれない。そんなきっかけになったらうれしいです。
親にやっと言えた「ありがとう」
Q:「父が息子に伝えたい思い」というテーマが胸を打つ本作。お二人も、ご両親から教えてもらったことは大きいですか?
阿部:うちの親父はエンジニアで、おれが子どものころは、とても寡黙な人だった。母親に子どもの教育を任せて、自分はひたすら働いて。だから、昔は親父との会話も少なくて。でも、年を重ねるごとに、親父の偉大さがわかってきて。母親が病気で何年も入院していたときも、言葉ではなく、背中で見せてくれた。体力の限界まで看病を続けた。その姿が忘れられないんです。僕は、この年になって、どんどん親父のことが好きになっているような気がしています。
新垣:わたしは、思春期の悩みが多いときに一人で東京に出てきて、親に反発していた時期もありました。仕事や環境の変化でもやもやしてしまうことがあっても、親は近くで見ていないから、何にもやもやしているのか理解してくれなくて……。自分の欲しい言葉が返ってこないと、わかってもらえないと思ってしまっていた。でも、本当はそうじゃなかったんですよね。やっぱり親ってすごい。23歳の今になって、やっと「ありがとう」と言えるようになりました。
阿部:素晴らしい! 23歳で「ありがとう」って言えるなんて、なかなかできないよ。僕なんか、母親が亡くなるときに初めて言えたからね。
新垣:この映画に参加させていただいて、「もっと親と話をしたい」という気持ちが強くなりました。親からは、まだまだ子どもだと思われているかもしれませんが、今度はこちらが親に何かを返していけるようになりたいです。
阿部:一番近いけど、実は遠いのが親子。行き違いがあったり、意地を張ってしまったり……。家族の形は人それぞれだと思いますが、今回のような映画で、何かを持って帰ってもらうことができたら、それは、その人にとっての成長になると思うんです。僕も、家族のありがたさをいろんな映画や小説で教わった。この作品も、観てくださる方の力になってほしい。そう、心から願っています。
父親の話をした瞬間、瞳が潤んでいるように見えた阿部。両親への思いを、ゆっくりとかみ締めるように語った新垣。二人にとって、『麒麟の翼 ~劇場版・新参者~』は、いろいろな意味で忘れ難い作品になったようだ。この物語には、2組の父と息子が登場する。中井貴一ふんする父親と、松坂桃李ふんする高校生の息子。そして、山崎努ふんする父親と、阿部ふんする息子の加賀刑事。父たちがこの世を去る瞬間に息子へ託した思いとは? 息子たちは父の思いをどう受け止めたのか? 事件の謎と共に解き明かされる人間の心の機微が、観る人の胸を強く揺さぶる。
(C) 2012映画「麒麟の翼」製作委員会
映画『麒麟の翼 ~劇場版・新参者~』は1月28日より全国公開