『アーティスト』ミシェル・アザナヴィシウス監督、ジャン・デュジャルダン単独インタビュー
今回のアカデミー賞受賞は、人生のプレゼント
取材・文:中山治美 写真:吉岡希鼓斗
昨年のカンヌ国際映画祭でジャン・デュジャルダンが最優秀男優賞を受賞したことを皮切りに数々の賞を受賞し、第84回アカデミー賞では作品賞をはじめ5部門を制覇した『アーティスト』。監督のミシェル・アザナヴィシウスとジャン・デュジャルダンの二人は、スパイコメディー『OSS 117』シリーズや短編作品、そして新作でもコンビを組む相思相愛の間柄。互いの才能をリスペクトする二人が作り上げた『アーティスト』の舞台裏を明かした。
『OSS 117』の日本語タイトルに“笑”撃!
Q:カンヌでは、同じくアカデミー賞作品賞にノミネートされていたテレンス・マリック監督『ツリー・オブ・ライフ』がパルムドール(最高賞)で、『アーティスト』は最優秀男優賞を受賞するという結果でした。このころ、アカデミー賞を取るとは想像されていましたか?
ミシェル・アザナヴィシウス監督(以下、監督):いや、全く想像していなかったですよ。ただカンヌでパルムドールを逃したことはわたしたちに有利に働いたと思っています。パルムドールと聞くと、観客は「難解な映画ではないか?」という先入観を抱きがちですからね。
ジャン・デュジャルダン(以下、ジャン):僕は、カンヌもアカデミー賞の主演男優賞も、ベレニス・ベジョと一緒に取った賞だと思っています。
Q:お二人が初コンビを組んだ『OSS 117 私を愛したカフェオーレ』は第19回東京国際映画祭で最高賞の東京サクラグランプリ(映画祭上映時のタイトルは『OSS 117 カイロ、スパイの巣窟』)に輝きました。というわけであなた方は、日本が発掘した才能ともいわれているそうですよ(笑)。
監督:ハハハッ! そうですね。初めて頂いた大きな賞でしたから。でも、カフェオーレ!?
Q:内容とは全く関係ないですが、「カフェオーレ」がフランス映画っぽいということで付けられたのではないかと思います。
ジャン・監督:(爆笑)
監督:まぁフランスでもDVD発売時、原題と全く違うタイトルを付けることはよくありますよ。面白いじゃないですか(笑)。
恐る恐る……ジャンに出演をオファー!?
Q:人気スパイ映画にオマージュをささげた『OSS 117』とサイレント映画時代を描いた『アーティスト』を観ると、監督がいかに昔の映画が好きでリスペクトしているかがわかります。
監督:確かに好きですね。でも『OSS 117』は笑いを重視したけど、『アーティスト』は感情の方に重きを置いたコメディーと、趣を変えました。昔の映画への思いを継続させながらね。
ジャン:僕は、ミシェルが昔から1930年代のハリウッドを描いた白黒映画を作りたがっていたことを知っていました。具体的に依頼を受けたのは『オーエスエス117:ロスト・イン・リオ/OSS 117: Lost in Rio』(原題)の撮影中だったかな。それまで一緒にコメディーを作ってきたのに、まさかのラブストーリーだったからね。ミシェルが申し訳なさそうに脚本を持ってきたのを覚えているよ。
監督:「君にやってもらえたらうれしいけど、ムリはしないで。気に入らなかったら断ってもいいから」ってね(苦笑)。でもジャンは、仕事で南フランス行きの列車に乗っている間に脚本を読んでくれて、到着後すぐに電話をくれたんだ。
ジャン:ただ僕はサイレント映画に関しては初心者同然。トーキーが誕生する前の役者はどんな芝居をしていたのか想像がつかなかった。そこでミシェルにシネマテークに連れて行ってもらったんだ。ドイツのサイレント映画の巨匠F・W・ムルナウ監督の『サンライズ』(1927年)や『都会の女』(1930年)やアメリカのキング・ヴィダー監督『群衆』(1928年)など、本当にたくさんの作品を観せてくれましたね。
監督:ドタバタ喜劇のサイレントは知っていても、ロマンチックなものを観ている人は少ないですからね。
Q:日本のサイレント映画は参考にされましたか?
監督:映画は参考にしなかったけど、そのころ、ちょうど早川雪洲の書籍がフランスで発売されたので、彼の生涯は参考にしました。
白黒のほか「コマ落とし」も駆使
Q:本作はカラーで撮影したものを白黒に変換しただけでなく、通常1秒24コマで撮影するところを22コマという「コマ落とし」も。役者の動きを素早く見せるために用いられる技法ですね。
ジャン:そうなんだ。だから今までと同じような演技の仕方じゃダメなんじゃないかと……。言葉を使わずに、いかにジョージ・ヴァレンティンという人物をリアルなものにつくり上げるのかわからなかったから、実際に撮影に入るまで怖かったよ。
監督:僕としては、1920年代の映画を再現しようとして、役者がギクシャクした動きをしなくて済むようにと取り入れたんだけどね。でもおかげで、本当なら上映時間110分を超える作品になるところが、101分に収めることができたよ。
Q:撮影はロサンゼルスで行われましたが、ジャンにとっては人生初のロスだったとか。
ジャン:食事の時間さえ惜しんで、撮影合間にワーナーやパラマウントのスタジオを歩き回って見学していたよ(笑)。エキストラの帽子、警察の制服、街角……すべてが映画を思い出させるものばかりで楽しかった。またミシェルが滞在中に借りてくれた、1930年代の古い家も忘れられないな。僕が1930年代のハリウッドスターになることを体感させるために、意図的に借りてくれたんだと思うけど。
監督:いや、何か計算があったワケじゃなく、ジャンが喜ぶだろうと思って。わたしが借りた家とも近かったんだ。賃貸料は少し高かったんだけど、制作サイドにお願いし、(本作に出演してくれた)ジャンへのプレゼントの意味も兼ねて……ね。
Q:奥さんのペジョさんがインタビューでおっしゃっていましたが、ジャンと監督は愛し合っているとか(笑)?
監督:妻への愛情の方が大きいですよ!
ジャン:ミシェルは僕に、自分の夢を投影していると思うんだ。でもたまに、僕を女性のように見ていることがあるよね。例えば、欲望の対象のように(笑)。僕はそれに気付いているけど、ミシェルは絶対に認めないんだよ(笑)。
監督:確かに愛情はありますよ。一緒に仕事をする上ですごく気持ちの良い俳優ですからね。
『ヒューゴの不思議な発明』との映画愛バトル
Q:アカデミー賞では、「映像の魔術師」といわれたフランスのジョルジュ・メリエスの生涯をモチーフにしたマーティン・スコセッシ監督『ヒューゴの不思議な発明』と競いました。監督は、以前フランスで制作されたメリエスのドキュメンタリー番組に出演し、メリエス愛を語られていましたよね。
監督:学生時代からメリエスが好きなんですよ。家の近所に、メリエスの『月世界旅行』(1902年)で少女を演じていた方が住んでいて、話を伺ったこともあります。映画って誕生したときから、ファンタジックな世界を描くメリエス派と、固定カメラによるルポルタージュ風のリュミエール兄弟派の二つに大別できると思うんです。もちろん僕は、メリエス派に属していますけどね。
Q:監督が『ヒューゴの不思議な発明』を撮っていたら、面白いものができそうですね!
監督:あのばく大な予算を使うのなら、違う映画を撮るかな(苦笑)。スコセッシ監督とは今回、同じように映画の起源を作品の題材にしていますが、制作体制は対照的。『アーティスト』は低予算で、撮影日数はわずか35日間です。でもわたしのような駆け出しの監督が、スコセッシ監督と比較されるのは名誉です。
Q:しかし今回、スコセッシ監督を抑えてオスカーを受賞してしまった……。
監督:だからと言って、プレッシャーはないですね。オスカーを頂いたからといって、すでに完成した映画自身には何ら影響も及ぼしませんから。さらに言えば今後、傑作を作らなければいけないという義務もないし、次回は全く違う映画を撮るかもしれません。今回のアカデミー賞受賞は、人生のプレゼントですね。
Q:では『OSS 117』をまた撮るとか……?
監督:『カフェオーレ3』(笑)? 今すぐではないかもしれないけど、その可能性もありますよね。もちろんジャンと一緒にね。『OSS 117』シリーズはジャン抜きには語れませんから。
ジャン:ミシェルは実生活でも僕のことを知っているから、僕を(役者として)どう導けばいいのかよくわかっているんだ。ただ二人共、現状に満足するということがない。特にミシェルは、官能的なまでに映画作りに喜びを感じているんですよ。
恐らく、誰も聞けなかった『OSS 117 私を愛したカフェオーレ』の話を振ってみたら、意外にもウケてくれたアザナヴィシウス監督。きっと『OSS 117』シリーズでもヒロインを演じていた妻のベレニス・ベジョに、帰国早々、報告しているだろう。実はベジョは、東京国際映画祭のときも来日しておらず、今回もアカデミー賞後の多忙と疲労、育児もあって来られなかった。次回はぜひ……いや、いっそのこと『カフェオーレ3』を日本で撮影してはいかがだろう? お待ちしています!
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映画『アーティスト』は4月7日よりシネスイッチ銀座ほかにて公開