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映画『MY HOUSE』堤幸彦監督&木村多江 単独インタビュー

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映画『MY HOUSE』堤幸彦監督&木村多江 単独インタビュー

温かい空気が流れている生活のほうがいい

取材・文:大小田真 写真:奥山智明

自らの意志で路上生活を続ける男・鈴本(いとうたかお)の生活を描いた映画『MY HOUSE』は、数々のエンターテインメント大作を手掛けてきた堤幸彦監督の最新作。鈴本、潔癖な主婦・トモコ(木村多江)、学校と学習塾を往復する中学生・ショータ(村田勘)がアルミ缶でつながっているという、都会の生態系を描き出している。堤監督がこの作品を撮った理由、そして、セリフがほぼゼロの役を演じた木村が本作に込めた思いを語った。

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都会の生態系を描くことの意味

堤幸彦監督&木村多江

Q:これまでとは全く違うテイストの作品ですが、撮影に至った経緯をお聞かせください。

堤幸彦監督(以下、堤監督):5年前にある雑誌で、隅田川沿いの路上で生活する鈴木さんのことを坂口恭平さんが書いていたんです。鈴木さんは自らの選択で路上生活をしています。家とはいえない家……でも、何もかもを自分で選択して生きている。彼の暮らしを見るにつけ、わたしの生活は一体何なのかを知りたくなったんです。

Q:タイトルの「家」というモチーフが製作のきっかけだったんですね?

堤監督:でも作品全体は生き方そのものの話なんです。ひたすら清潔に生きることの意味を考えたりね。今は「除菌」「抗菌」と銘打たれた商品が無数にあります。僕も掃除は大好きです。ルンバなどの掃除機もいろいろ持っています。ただ、鈴木さんの生活を見た後、ほこりが落ちていれば吸い取らざるを得ない自分について考えてみたくなった。

Q:この作品にはほかに、成績優秀な中学生も登場しますね。

堤監督:僕自身は学歴社会の競争に負け続けてきました。そのために相当ひどい目に遭ってきたという自覚もあります。学歴偏重のシステムはずっと続いていて、より過激になっている。路上生活者、潔癖な主婦、優等生な中学生が空き缶でつながっている都会の生態系を描くことで、生活していくことの意味を考えたかったというのも、この映画を作った動機の一つです。

演じたのは、幸福感を持っていない女性

堤幸彦監督&木村多江

Q:木村さんはモノクロでBGMもない作品をどのように感じましたか?

木村多江(以下、木村):わたし自身、ここ何年かは余計なものをなるべくそぎ落として、本当に必要なものだけを持って生きていきたいと思っていたんです。そのタイミングでお話をいただいたので、縁を感じました。

Q:トモコは常に掃除をしているか手を洗っているという変わった役どころでした。

木村:現場では監督から裏設定を教えていただきました。医師である夫が浮気をしているとか(笑)。でも演じる上で一番重点を置いたのは、清潔な状態を維持するため、強迫観念と呼べるほどの強い意識を持っている女性ということでしたね。とにかく、幸福感を持っていない女性であるということは説明していただいたので。あと、薬剤師という設定も。

堤監督:そうなんです。だから、せっけんや洗剤の成分に詳しく、除菌や抗菌に対する意識も強いということです。

木村:ゴム手袋をして食器を洗うことはあっても、ゴム手袋をするために手を洗い、消毒までする人はいませんよね。トモコはそれをするんです。より清潔であるために、通常より多いひと手間を掛ける。セリフがほとんどない役でしたが、監督からそのひと手間の演出をいただけたことで、この独特な役に入っていけました。

Q:木村さんご自身も清潔さを求めるタイプですか?

木村:わたしは逆です。清潔さを追い求め過ぎるとピリピリしちゃって。部屋がきれいになる代わりに、家の中の空気は悪くなるというか……もちろん掃除はしますけど、家族もいますし、家の中でやらなきゃいけないことはたくさんあります。なので、掃除を優先しちゃうと結果的に自分に負担がきちゃうかなと思いまして。

堤監督:すごいな~。僕もなるべく掃除を意識したくないんですけど、全然割り切れない。

木村:でも、お掃除が好きならいいじゃないですか。ルンバもありますし(笑)。

路上生活者と主婦がつながる瞬間

堤幸彦監督&木村多江

Q:劇中ではトモコが鈴本さんに空き缶を提供していますが、そのきっかけは描かれていませんよね。

堤監督:映画の中では説明していませんが、ドア越しに何か相通じるものがあったんですよ。人として認め合えるものがあったんです。それが何なのかはわからない。でも、ある種の哲学を持って生きている主婦にとって、相通じるものがあったんです。

Q:トモコと鈴本が同じ画面に映る場面は一回もなく、それぞれの登場シーンはかなりテイストが違うものになっていますよね。

木村:わたしが出演している場面と、鈴本さんの生活を描いた場面では確かにまったく違う世界のようですよね。そういう部分も含め、「何が幸せなのか」「何をもって豊かというのか」という答えを探す作品なんでしょうね。一般的にはトモコの家庭のほうが裕福なはずですが、どこか冷たい感じがするんですよね。この映画では鈴本さんの暮らしのほうが色鮮やかで温かい。わたしは、人と人との関係の中でしか人生は生まれてこないと思っています。だからこそ、人間同士の間に温かい空気が流れている生活のほうがいいなと、そんなことを考えました。

堤監督:トモコが娘のために用意しておいたハムエッグも冷え切っていましたし。

木村:そういう細かい部分にしても、人ごとじゃないのかもしれませんね。わたし自身、20代のころは人とうまくつながれなくて、色を失った孤独感の中で生きていました。だからこそ、今は鈴本さんの生活にいろんな魅力を感じられるんだと思います。

あえてモノクロで撮影した理由

堤幸彦監督&木村多江

Q:監督が映画化を考えられた後、期せずして東日本大震災が発生しました。震災の前後では、観客の作品に対する感想の抱き方も変わってくると想像されますが、いかがですか?

堤監督:そう思います。「自分が所有しているものとは何だろうか?」という、僕が坂口さんの記事と出会って一番先に感じた部分を、より強く考えることになるかもしれません。大震災が起こり、所有していたものが強制的に奪われてしまった方も多い。被災されていなくても、その状況を知って所有することが確実なことではないと感じた人も多いはずです。木村さんがおっしゃった通り、ご覧になる方それぞれの感想があると思います。だからこそ、その幅を限定したくないがために、モノクロにし、音楽をなくし、カットもルーズにして作ったわけです。

Q:観客の年齢層はある程度特定されたのでしょうか?

堤監督:老若男女、どの国籍の方にも観ていただければと思っています。特に海外の方の中には、いまだに日本がものすごく豊かな国だと思っている方が多いようですけど、果たして本当にそうなのか。そんなことも盛り込んだつもりです。

Q:問題提起の多いこの作品を鑑賞する方に、メッセージをお願いします。

木村:現代人は固定観念と秩序の中に生きていると思います。そこに疑問を持つことによって真実が見えてくることもあるはずです。この作品をきっかけに、自分の周りにある当たり前のものに対して、一度だけ疑問を抱いてください。これから先の未来を生きるための希望が見いだせる作品です。

堤監督:映画は娯楽ですが、僕が若いころに観ていた映画、特にヨーロッパの作品にはグッと考えさせられるものがたくさんありました。言葉数の少ない映画であればあるほど自分の生きざまを考えるきっかけになり、それが僕の人生を左右した場面は多々ありました。そんなレベルに達しているかどうかはわかりません。ただ、皆さんが築き上げてきた時間について、少し立ち止まって考えるきっかけになればうれしいですね。


堤幸彦監督&木村多江

堤監督の、潔癖であるという告白、また、ほんわかと柔らかい雰囲気を持つ木村に人とうまくつながれなかった時代があったという事実に驚いた。路上、一戸建て、マンション、アパート……と住む場所は違っても、人はどこかでつながっている。だからこそ、映画監督と路上生活者の出会いがあり、『MY HOUSE』が生み出されたのだ。そのことがひしひしと感じられるインタビューだった。

映画『MY HOUSE』は5月26日より全国公開

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