『The Lady アウンサンスーチー ひき裂かれた愛』リュック・ベッソン&ミシェル・ヨー 単独インタビュー
愛を武器に戦ったヒロインに心酔
取材・文:平井伊都子
先ごろ、ノーベル平和賞受賞から21年後に受賞スピーチを行ったアウンサンスーチー。激動のビルマ(現ミャンマー)の民主化運動を支えた彼女の実像に迫った『The Lady アウンサンスーチー ひき裂かれた愛』が日本で公開される。強靭(きょうじん)な意志を持つスーチー女史は「鉄の蘭」と呼ばれていたが、本作にはニュース映像では知ることのできないスーチーと家族のきずなが描かれている。主演のミシェル・ヨーが脚本を読み即座に出演を決意し、友人であったリュック・ベッソンに助けを求めたことから企画が始まったという。そんな二人に長年培った友情、そして実在の人物を描くことにおける試練、こだわりについて聞いた。
ベッソンとミシェルはバレエ学校の先輩・後輩
Q:長きにわたって友情を育んできたそうですが、お二人はどういった経緯で出会ったのですか?
リュック・ベッソン監督(以下、監督):僕が3歳年上の先輩で、同じ学校に通っていたんだ。
ミシェル・ヨー(以下ミシェル):バレエ学校なの。
監督:僕はブラック・スワン役だったんだ。アヒルって呼ばれていたけどね(笑)。
ミシェル:あら、わたしもアヒルだったわ(笑)!
監督:空飛ぶカバって呼ばれたこともあったな(笑)。
ミシェル:冗談はここまで(笑)。わたしがずっとリュックのファンで、幸運なことに夫のジャン・トッド(元F1のフェラーリの監督で国際自動車連盟会長)がリュックと親友で、引き合わせてくれたの。
報道では語られない「鉄の蘭」の母、妻としての顔
Q:脚本のどんなところに惹(ひ)かれたのでしょうか?
ミシェル:描かれていること全てよ。世界中の人々に知られているアウンサンスーチーの意外な一面が描かれているの。彼女は妻であり母でもあったわけだけど、彼女の強さは夫や家族の大きな愛によって生まれたもので、その事実が心に深く響いたの。この混沌とした現代において、とても大事なことだと思うのよ。
監督:まったく同じだよ。僕らが知っている政治家としてのスーチーではなく、彼女が複数の顔を持つ人物だということに惹(ひ)かれた。一人の女性であり、母であり、妻であり、同時にビルマという国にとって最後の頼みの綱だった。そして彼女が持つ唯一の武器が「愛」であること。「ロミオとジュリエット」のような愛の物語だと思ったし、こんなに魅力的な題材はないだろう。僕らは彼女についてほんの5%程度しか知らなかったけど、この映画を撮ることによって彼女の全てを知ることができた気がするよ。
Q:実際の事件や実在の人物を描くにあたり、どこにオリジナルの着眼点を置いたのでしょうか。
ミシェル:ビルマの歴史とスーチーについて、数年間かけてリサーチしたわ。
監督:初め、スーチーの印象は「鉄の蘭」と呼ばれるほど強い意志を持った女性で、まるでロボットのようだと感じていた。正直言って、人間味に欠けていてあまり共感できる存在ではなかったんだ。でも、数か月のリサーチの過程で知ったのは、そういったステレオタイプとは真逆の存在だったということ。繊細で優しく、愛すべき存在だった。ちょっとジャンヌ・ダルクを彷彿(ほうふつ)させたよ。
スーチーと家族が物語る普遍的テーマに共感
ミシェル:スーチーと夫マイケル・アリス氏のきずなは、どの夫婦や家族とも同じで、簡単に壊れてしまうような柔なものじゃなかった。だからこそ彼女は強くなれたのよ。この映画は政治的な映画ではないし、そのつもりで作ったわけでもない。家族の大きくて強い愛を描いたものなの。
監督:政治的な側面はジャーナリストに任せるべき。もっと感情的な部分、違う角度から彼女について伝えるのが僕らの使命だ。
ミシェル:ビルマの状況や革命についてはドキュメンタリー映画で詳しく知ることができる。だけど、アリス氏については触れられていないわよね。それは彼女が政治と家族をきっちり分けて、家族を危険から守っていたからなのよね。そういった一面を知って、スーチーに共感できるようになったわ。
監督:彼女が人間味にあふれた女性だったからこそ、共感できるんだ。僕ら全て、フランス人もドイツ人も日本人もアメリカ人も、歴史上のどこかで戦争を経験してきた。多くの夫が妻や子どもたちに「すまない。国のために戦わなくてはいけない」と別れを告げて戦場へ向かい、妻や子どもたちも夫の苦渋の決意を理解し、支えてきたということだ。そういう意味では、決してスーチーは遠い存在ではないんだ。
モットーは、決して同じような映画は作らないこと
Q:現代的な問題を扱った映画はベッソン監督の作品の中では珍しいですが、製作において最も困難だったことは……?
監督:僕は常に、決して同じような映画を作らないことを自分に課している。『グラン・ブルー』『ジャンヌ・ダルク』『フィフス・エレメント』『レオン』しかり。同じような映画を作って何になるんだ? この映画で最もチャレンジングだったことは、僕はビルマ人でもなくアジア人ですらないけど、決してステレオタイプのアジアを描かないということ。例えば、ビルマの女性が変わった日焼け止めを顔に塗っているのが気になって、実物を買って匂いを嗅ぎ、塗ってみたんだ。それから塗り方を知っているビルマ人の女性に、映画のメイク担当に正しい使い方を教えるように頼んだ。映画の中でビルマ人が使っている日焼け止めは、フランス製ではなく、正真正銘ラングーン(現ヤンゴン)で売られているビルマ製のものなんだよ。
Q:そういったディテールの積み重ねが生きていますよね。
ミシェル:リュックの素晴らしいところは、何事に対してもオープンなところ。ベテランでありながらとてもつつましく、常に真実を求めて人々の意見に耳を傾け、ビルマやアジアの耳慣れない習慣を学びながら作品に取り入れていく。そんな彼の姿勢に、わたしも助けられたわ。
Q:実際に訪れることができない場所については、インターネットを使ってリサーチされたとのことですが……。
監督:スーチーが軟禁されていた家の写真が200枚ほどあったので、それをもとに完璧なセットを作り上げた。写真ではわからなかった家の大きさや、湖畔に建つ家と湖の距離は、GoogleEarthを使って測った。実は、湖はCGなんだよ。湖の大きさ、家からパゴダまでの距離、太陽が照らす方角などは全てインターネットの技術を使って得た情報だ。でも、テクノロジーが進化したからといって僕の製作スタイルが大きく変わることはない。観客は新しい技術を観るために映画館へ足を運ぶのではなく、物語を観にくるのだから。だから僕にとって技術の進歩はそんなに大切なことではないんだ。
『The Lady アウンサンスーチー ひき裂かれた愛』でミシェル・ヨーは完全にアウンサンスーチーに成り切り、まさにハマリ役。報道から知る強い女性の姿ではなく、家族を愛するのと同様に母国を愛し救おうとした一人の女性の姿が描かれている。こういった一面は、女性の描き方に定評のあるリュック・ベッソン監督と、言葉やしぐさなどを完璧に身に付けて臨んだミシェル・ヨーのコンビだからこそ描き出せたものだ。波乱の歴史の裏にあった不変なる愛が、世界を動かしたといえるだろう。
Photo Vincent Perez (C) 2011 EuropaCorp - Left Bank Pictures - France 2 Cinema Photo Magali Bragard (C) 2010 EuropaCorp - Left Bank Pictures - France 2 Cinema
映画『The Lady アウンサンスーチー ひき裂かれた愛』は7月21日より全国公開中