映画『その夜の侍』堺雅人&山田孝之 単独インタビュー
一言では言い表せない、心を揺さぶられる映画
取材・文:須永貴子 写真:奥山智明
とにかく多忙で出演作が続く堺雅人と山田孝之だが、意外にも『その夜の侍』が初共演作となる。堺が演じるのは、妻をひき逃げで殺された男、中村。一方の山田が演じるのは、刑期を終えたひき逃げ犯の木島。劇団THE SHAMPOO HATの赤堀雅秋が初メガホンを取り、自身の戯曲を映画化した本作の現場について、堺と山田が愛情たっぷりに語り合った。
これは「妻を弔う準備ができるまで」の物語
Q:オファーを受けたときの心境はいかがでしたか?
堺雅人(以下、堺):僕は(赤堀監督の劇団)THE SHAMPOO HATの舞台を一度観たことがあったんですよ。『南極料理人』で一緒だった黒田大輔くんが「うちの劇団を一回観てください」と言ってくれたので「砂町の王」を下北沢のザ・スズナリに観に行って、赤堀さんともお酒を飲みました。それがすごく面白かった。人間をきれいごとではなく描いて、それでいて美しいというのは素晴らしいなと思ったんです。今回、このお話をいただいて台本を読むと、「砂町の王」と二重写しになっている印象を受けたので、赤堀さんの世界に参加できるのはうれしいなと思い、お引き受けしました。
山田孝之(以下、山田):僕も台本を読んだときに空気感が伝わってきました。あと、木島という役を思い切って僕に振ってくれることが、賭けだなと思ったんです。「俺にできるのかな」というプレッシャーはもちろんありましたけど、こんなすごい役を演じるチャンスはなかなかない。ビビって逃すくらいなら、へたくそでもいいからとにかく頑張ろうと思いました。ストーリーも、登場人物の考え方も、違和感ばっかり感じる会話も、木島のわけのわからない行動も、なかなか理解できなかったからこそ、ぜひそれを味わいたかったんです。
Q:堺さんはどう中村という役にアプローチしましたか?
堺:僕の中でこの物語は、妻の死を受け入れられず、弔い方もわからなかった人間が、弔う準備を完了したところで終わる話なんです。きれいごとを言えば、失われた命は尊いから弔意を示しましょうとなるんだけれど、中村の精神状態はそんなことはとてもできないくらいとっちらかっている。そこがいいなと思ったんです。それはフィクションじゃないと描けない。だから「弔い」と「きれいごとではない人間の姿」というキーワードをボーッと考えながら、台本を読んだり、赤堀さんの話を聞いたりしていました。
役者を困惑させた赤堀監督の独特の演出
Q:赤堀監督はどんな演出をされたのでしょうか?
堺:中村は舞台で赤堀さん自身が演じた役なので、とても思い入れやイメージがあったと思うんです。赤堀さんがそれらと格闘しながら一生懸命言語化して、それを僕は受け止めました。
山田:赤堀さんが求めるものにちょっとずつ寄せていく感じでした。僕の場合は赤堀さんが「こういう感じで」と芝居をして見せてくれるんで、変な言い方ですけど、物まねをしている感覚もありました。
堺:僕には言葉だけだったな。印象的なのは、トマトが転がるシーンで言われた「一回、虚無感に飲み込まれそうになるんだけれど、ギリギリのところで踏みとどまって、かなしみと共に立ち上がってください」という言葉。「そんなんできるかー!」と思いました(笑)。
山田:フフフ(笑)。
堺:現場では、僕なりの虚無でやりましたけど(笑)。
山田:ですよね。監督の求めるものがすごすぎて、最終的に良かったのか悪かったのかもわからないけれど、僕なりにやるしかなかったです。木島が星(田口トモロヲ)を暴行して灯油をかけるシーンで、どんなにマックスで大声を出しても「違うんだよなあ~」と言われたんです。最終的に「木島はキレているんです。キレてください」と言われて、ものすごく困惑しましたね。「キレている人」というのは、他の人から見て、行動や思考が理解の範疇(はんちゅう)を超えていて、「こいつは頭がおかしい」「理解がまったくできない」と切り離された人だと思ったんです。
堺:うんうん。
山田:つまり、他者が判断することだから、人によって基準が違うと思うんですよ。だからものすごく悩みました。「キレるってなんだ……?」と。すごい演出だなと思いました。
堺:そこで「切り離す」という動詞にまで分解して考える山田孝之も相当なものですよ。結局どうしたの?
山田:とにかくテンションを上げて、酸素をいっぱい吸って脳に酸素をたくさん送って、これまでに出したことのないくらいの大声を出しました。新しい感覚はありましたね。後から振り返ると、カットがかかってもしばらく動けなかったですし。でも、いくらなんでも言葉のチョイスが乱暴ですよね(笑)。
堺:役者は赤堀さんが必死に言葉を絞り出してくるエネルギーがわかるから、なんとかして応えたくなるよね。「もっと悲哀を! 虚無感を!」ってね。
この作品とこの役で共演できて良かった
Q:中村と木島が直接対峙(たいじ)する本作のクライマックスには、どういう気持ちで挑みましたか?
山田:もちろん楽しみではありましたけど、あのシーンに必要なテンションに、木島をちゃんと持っていけるのかという怖さがありました。
堺:やってみないことには、正しかったかどうかがわからないのは中村もそうでしたね。10月の寒い夜に大雨を降らせて、2日間で撮ったんですけど、終わったときはどうだったかなあ?
山田:僕は喜びや達成感は一切なかったです。疲労感と、燃え尽きて灰になった感じしかなかった。極限まで絞られた雑巾みたいに、もう何も出ない。
堺:比喩が豊かで面白いね! ああでも、確かにそうだった。
Q:お二人は、お互いにどういう印象を持っていましたか? それが共演によって変わった部分があったら教えてください。
堺:『電車男』で初めて拝見して以来、役者として野太い線も細い線も描ける、相当なうまさを持った人だなあと思っていました。どんな人なんだろうとインタビュー記事を読むと、わりと変わり者っぽい発言をしていて……。
山田:インタビュー記事、見ているんですか?
堺:自分が載った雑誌の他のページを時々めくったりするじゃない。今日、こうして対談をして思ったのは、「なんでだ?」という自分の問いをないがしろにできない人だから、「ま、こんなんでいいか」というところで線引きをしない人なんだなということ。現場が終わったときに、「向こう3年は共演しなくていいくらいおなかいっぱいだよね」って話をしましたけど、ぜひまた一緒にやりたいなと思います。
山田:いつかお願いします。いやでも、堺さんの顔を見ると、あのつらい現場を思い出すんですよ。
堺:アハハハハ!
山田:一度は共演したい人ってたくさんいますけど、必ずしも「この作品と役で良かった!」と思えるとは限らないじゃないですか。そういう意味では、堺さんと『その夜の侍』の中村と木島として共演できて、本当に良かったなと思います。
堺:それは本当にそうですね。ガサツだけど繊細な木島は、太い線も細い線も演じられる山田君のためにあるような役だったと思います。
Q:最後に、本作をご覧になっていかがでしたか?
山田:出てくる人たちのパワーがすごすぎて、観て疲れました。赤堀さんから感想を聞かれたんですけど、とてもすぐには言葉に整理しきれませんでした。頭も気持ちもぐちゃぐちゃになったし、考えさせられる、わけのわからない、すごい映画だと思いますって言いました。「なんだそれ」って返されましたけど。
堺:赤堀さんは、もっとわかりやすーく褒めてほしかったんだと思うよ。そういう僕も、なんかモゴモゴしていたけど。口ごもる映画ですよね。言葉にならないからこそ、わざわざこんな手の込んだ映画を作るわけで。それぞれのキャラクターの旅路が入り組んでいて、力強くて、混乱していて、矛盾している。それを描写しているだけの映画といえばそれまでだけど、間違いなくとても心を揺さぶられる映画だと思います。
赤堀雅秋の演出を振り返りながら、楽しそうに不満を口にする本音モードの二人。それができるのは、完成した作品を観て、これまでの日本映画にはない作品が生まれたという手応えがあるからだろう。ある一線を超えたことで、堺も山田も、今までに見せたことのない顔をスクリーンで見せている。「向こう3年は共演しなくていい」と笑い合うのも、それだけ全てを出し切ってぶつかり合った証拠だ。とはいえ、映画ファンとしてはなるべく早い再共演を願いたい!
映画『その夜の侍』は11月17日より全国公開