『カラスの親指』阿部寛&石原さとみ 単独インタビュー
人はつらい過去があっても笑い合える
取材・文:斉藤由紀子 撮影:金井堯子
直木賞作家・道尾秀介の代表的ミステリー小説を阿部寛主演で映画化した『カラスの親指』。どん底人生を送る詐欺師コンビが、ひょんなことから家に転がり込んできた3人の男女と詐欺チームを組み、一世一代の大勝負に挑む様子を描く痛快ストーリーだ。悲しい過去を背負いながらも、リーダーとして奮闘するタケを熱演した阿部と、チームに参加するワケあり美人姉妹の姉やひろをキュートに演じた石原さとみが、撮影時のエピソードから自身の勝負運についてまで、和気あいあいと語り合った。
撮影現場のキャストは本当の家族のよう
Q:お二人とも詐欺師の役は初めてとのことですが、撮影はいかがでしたか?
阿部寛(以下、阿部):僕の役はプロの詐欺師として誰かをだますというよりも、むしろアマチュア感覚の人がいいキャラクターでした。何シーンか相棒のテツさん(村上ショージ)と一緒に小銭を稼ぐところがあって、詐欺の場面の中で別の人物を演じることができたのも楽しかったですね。ネタバレになっちゃうから具体的には言えないけど(笑)。
石原さとみ(以下、石原):わたしの場合、撮影中はずっとキャンキャン言いながら、彼氏のカンちゃん(小柳友)とイチャイチャしていたような記憶があります。役柄についてはあまり考え過ぎずに、その場で楽しいことをしていたような感じでした。
Q:詐欺チームの5人が一つ屋根の下で暮らすシーンも、とても和やかで楽しそうでしたね。
阿部:あの一軒家のセットの雰囲気も良かったんだよね。休憩中もみんながセットに集まって、勝手にしゃべっている人もいれば、黙って台本を読んでいる人もいたりして、それぞれが本当の家族のように気を使うことなく過ごしていたような気がします。
石原:そうですね! わたしの妹役の能年(玲奈)ちゃんは、ずーっと猫を抱きかかえてスリスリしていましたし(笑)。
阿部:ショージさんはずっとテンパっていたしね(笑)。セリフがどうしても覚えられなくて、よく「できんわ!」って逆ギレしていました。芝居で大阪弁を封印されていたのも大変だったみたいで、それはそれは、かわいそうになるくらいでしたね。はたから見ている分には楽しかったけど(笑)。
石原:撮影中に記者会見があったんですけど、セリフを一生懸命覚えているときと、会見のカメラの前でギャグを言ってはじけているときのショージさんのギャップが面白かったです。やっぱり芸人さんなんだなーって改めて思いました。
石原と小柳の相性の良さがアドリブに結実
Q:監督・脚本を手掛けた伊藤匡史さんは、山田洋次監督の助監督をされていた方ですが、現場で山田イズムを感じましたか?
阿部:完成した作品を観て、山田監督と同じく「人間を撮る」ことへのこだわりを感じました。とにかく、作品に対する愛情と信念がものすごく強い。役者の芝居にも技術的な面に関しても、最後までとことん粘る方でした。決して妥協することはなかったよね?
石原:そう、「まだやるか!」というくらい。あんなにこだわる監督さんは初めてでした。
阿部:監督の粘り勝ちですよ。僕は、監督がOK ならば全部大丈夫だという信頼感が常にありました。
Q:石原さん演じるやひろがカンちゃんにマッサージをさせるなど、アドリブなのかな? と思うシーンがありましたが……?
石原:ありましたね。リハーサルで何度かいろんなことをやってみて、その中で監督がチョイスしてくださることが多かったです。小柳くんがすっごくいい人だったんですよ! わたしがどんなことを仕掛けても、全部受け止めてくれました。
阿部:さとみちゃんと小柳くんは、同じシーンを撮り直すたびにアドリブも含めて違う演技になっていくんです。だからこそ、やり取りがナチュラルになったんでしょうね。二人は最初のホン読みのときから息がピッタリだったんですよ。さとみちゃんがツッコンで、小柳くんが返したりして、僕とショージさんもびっくりするくらい雰囲気が良かった。
石原:実は、小柳くんのご家族に「彼はどんな方ですか? どうすればテンションが上がりますか?」といったふうに、事前にリサーチさせてもらったんです。それがすごく参考になりました!
実際はだまされやすくて勝負事に弱い?
Q:もしもタケたちのような詐欺チームが実際に現れたら、だまされてしまうと思いますか?
阿部:だまされちゃうでしょうねえ。まさか! と思いますからね。この間出演したテレビ番組では、僕は人をだましそう、結婚詐欺師をやりそうなタイプだって言われちゃいました(笑)。
石原:わたしもすぐに(ウソを)信じちゃいそう! 情報を持っている人に弱いんです。例えば、電化製品なども「これがいいんですよ!」ってお店の人に言われると素直に買っちゃう(笑)。昨日も家電に詳しい友達から、「新製品よりも去年の型の方が値段も安いし、機能も変わらないから絶対いいよ」って言われて、「あ、そうなの? じゃあ、それを買いに行こう。買う前に教えてもらえてよかった~」みたいな会話をしました(笑)。
Q:ちなみに、勝負事には強いほうですか?
阿部:勝負事かあ……最近は弱いんですよ。ジャンケンとかもほとんど負けちゃいますから(苦笑)。
石原:わたしもこの間負けました~。
阿部:あれって何なんだろうね? 「絶対に勝つ!」という意地がないとダメなのかもしれない。「負けてもいいや」と思った瞬間に、10人とジャンケンしても最下位になっちゃうんですよ。
石原:じゃあ、勝負事って気持ち次第なんですか!?
阿部:それはあると思う。気持ちとか気合とか。最近、(勝負事には)気合が全然入らないんです(笑)。
要チェックのあのシーン!
Q:どん底から再生していくタケたちの生きざまから、何か感じたことはありますか?
阿部:5人それぞれが心に傷を持っていて、それを一つ屋根の下で暮らしながら癒やしていく物語なんだけど、過去につらいことがあっても笑い合いながら生きているという部分が、とても人間らしいんです。そこには共感しますね。
石原:やひろも映画の中ではノーテンキにしていることが多いけど、本当はその場から消えたくなるほど苦しい思いがあるんです。ただ、どんな状況でも笑えるときってあるんですよね。その瞬間の楽しい気持ちが大切なんじゃないでしょうか。人から見たら今はどん底かもしれないけど、後から振り返ったときに「小さな点だったな、乗り越えたんだな」と思えればいい。誰の人生もそうであってほしいです。
阿部:そうだね。人ってつらいことを抱えていても、日常的には明るく振舞えたりするんですよね。この物語は、本当に人間をリアルに描いていると思います。
Q:一度観たらリピートしたくなる作品だと思うのですが、ここは見逃さないでほしいと思うポイントを教えてください。
石原:ラーメン屋さんのシーン!
阿部:あ~、確かに。
石原:お店の中の小道具や、阿部さんとショージさんのお芝居にも注目してください。
阿部:人間ドラマとしても面白いですが、その中にいろんな仕掛けがあって衝撃のラストが待っているので、最後まで気を抜かないで観てほしいですね。見終わった後は、すがすがしい爽快感を味わえると思います。
石原:ポスターや予告を見ただけだと、どんな映画なんだろう? と思うかもしれませんね。ポスターのやひろの衣装(セクシーな黒のドレス)なんて、なんのこっちゃ! って感じだし(笑)。でも、よくわからないままでいいんです。できるだけ内容を知らずに観てもらって、なるほどー! と思ってもらいたいです。
律儀で生真面目な詐欺師を完璧に演じた阿部と、奔放で小悪魔的なキャラクターを振り切った演技で体現した石原。笑顔の絶えない二人のやり取りから、今回の役を心から楽しんでいた様子がうかがえた。インタビュー中、「これを言うとネタバレになっちゃう……」と阿部が何度もつぶやいていたが、深い人間描写の中にトリッキーな仕掛けが施された本作は、具体的な内容に触れることが難しい映画だ。これ以上の情報は入れずに、全編にちりばめられた伏線が見事に集結するラストを体感するべし!
(C) 道尾秀介・講談社 / 2012「カラスの親指」フィルムパートナーズ
映画『カラスの親指』は全国公開中