『ゼロ・ダーク・サーティ』 キャスリン・ビグロー&ジェシカ・チャステイン単独インタビュー
観客をビンラディン追跡現場に導く
取材・文:細木信宏 / Nobuhiro Hosoki 写真:アマナイメージズ
2001年に起きた911同時多発テロの首謀者ウサマ・ビンラディンの世紀の追跡を描いた、本年度アカデミー賞最有力の話題作『ゼロ・ダーク・サーティ』。映画『ハート・ロッカー』で女性として初めてアカデミー賞監督賞を受賞し、その手腕が期待されるキャスリン・ビグロー監督と、『ヘルプ ~心がつなぐストーリー~』でアカデミー賞助演女優賞にノミネートされ、先日ゴールデン・グローブ賞を獲得した注目の若手女優ジェシカ・チャステインが、本作について語った。
ジェシカ起用のきっかけはレイフ・ファインズ!
Q:当初からジェシカ・チャステインを主演に決めていたのですか?
キャスリン・ビグロー監督(以下、ビグロー監督):『ストレンジ・デイズ/1999年12月31日』でタッグを組んだレイフ・ファインズが、監督デビュー作『英雄の証明』のラフカットを見せてくれたとき、出演していたジェシカの演技が素晴らしいと思ったの。だからマーク・ボールが脚本を仕上げたとき、真っ先にマヤ役を依頼したのがジェシカだった。彼女はすでに注目されていたけれど、何とかキャスティングできたわ。
Q:この映画のリサーチ期間についてお聞かせください。
ジェシカ・チャステイン(以下、ジェシカ):撮影開始まで約3か月リサーチができた。幸運なことに、脚本のマークが諜報(ちょうほう)機関や政治機関などを調査するジャーナリストでもあったから、彼がわたしの先生としていろいろ教えてくれたの。マヤの行動心理や彼女自身の性格について、何度も彼に確認することができた。それに作家ローレンス・ライトが執筆した「倒壊する巨塔 アルカイダと「9・11」への道」や、実際にCIAでウサマの追跡を行っていたマイケル・ショワーの本を数冊読んだことも、ウサマの人物像を知るのに役立ったわ。
Q:ウサマ暗殺計画に携わった現職のCIA職員からは話を聞き出せなかったのですか?
ビグロー監督:この映画は10年間のウサマの追跡を、わずか2時間強にまとめている。そのため特定の人物の観点で話を展開させた。だから、それはクリエイティブ上の選択よ。それにわたしたち(ビグロー監督とマーク)のリサーチは擁護できるものだと思っているわ。あくまで当時の状況を明確に映し、素晴らしいストーリーとして伝えたいの。おそらく今後も追跡に関していろいろな本が出版されるけれど、今作が何年たっても評価される映画であってほしいわ。
困難を極めた拷問シーンの撮影
Q:ジェシカさんは、映画『ペイド・バック』でも諜報(ちょうほう)機関職員を演じましたが、マヤとの違いはどこにあると思いますか?
ジェシカ:『ペイド・バック』のレイチェルは、(彼女だけが)生き残ったことに罪を感じ、人生全てを愛することができなくなった役で、多くの傷を抱えていた。一方でマヤは、まるでコンピューター。おそらく彼女は、子どものころから頭が良くて才能があったけれど、外出はほとんどせず、友達もそれほど居なかった。本が読むことが好きで、若いころCIAにリクルートされ、仕事を通して成長してきたと思っている。でも、このような緊張感のある仕事に従事したことで自分を見失っていくの。だから、マヤが(CIAの仕事中以外で)どんな性格なのか、最初はつかみづらかった。
Q:拷問シーンの撮影はいかがでしたか?
ビグロー監督:ジェイソン・クラーク演じるダニエルがアルカイダの捕虜を拷問するシーンは、後ろで見ていたジェシカにとってつらかったと思う。撮影した刑務所(ヨルダンで撮影)もまだ使用されていて、撮影しやすい環境とはいえなかった。でもジェシカは、居心地の悪い中でも文句を言わず、このシーンに集中していたわ。
ジェシカ:このシーンが最も困難だった。何か突発的な出来事で、この場所に閉じ込められたくないと思ったわ。現場の誰もがそんな違和感を味わっていた。でも、的確に状況を分析して無感情になるトレーニングをしてきたマヤにとっては、こんな状況は当たり前なの。一方、わたしは(女優)人生を通して感情的になる訓練をしてきた。だから拷問のようなシーンで感情を抑えるのは、本能に反するものだった。もし演じるのがマヤではなく別の人物だったら、このシーンでは顔を下に向けた状態で泣いていたと思う。
世紀の追跡劇、映像化の裏側!
Q:世紀の追跡を映像化する上で意識したことはありますか?
ビグロー監督:ウサマの追跡を(情報交錯だけでなく)人間味のある視点で描き、観客を追跡現場に居るような感覚に導くようにしたの。それと同様に大変だったのは、ウサマの隠れ家に奇襲をかける映像の撮影で、事前にかなりの準備が必要だった。実際にはウサマの隠れ家のモデルを作って撮影したの。
Q:本作の撮影手法と撮影監督グリーグ・フレイザーとのお仕事についてお聞かせ願えますか?
ビグロー監督:『ハート・ロッカー』と同じ手法で、カメラ3~4台で撮影していたの。全てのカメラの場所がわからない俳優は、常にキャラクターで居続けることができて、むしろ演じやすかったみたい。フレイザーは真のアーティスト。彼が撮影した『ブライト・スター~いちばん美しい恋の詩(うた)~』の、ほぼ照明なしの暗がりを利用した撮影を気に入って雇ったの。彼は、夜間用レンズや照明の少ない中も恐れずに撮影をしてくれた。
Q:『ハート・ロッカー』の脚本家マーク・ボールとの再タッグについては?
ビグロー監督:『ハート・ロッカー』を製作したときは、まだイラク戦争が進行していて、アメリカの政治とイラクの文化や現状を知る貴重な体験になった。そして当然のようにウサマの追跡も重要になり、ごく自然にマークと再び仕事をしたの。
Q:男尊女卑が残ると聞くCIAで、なぜマヤは自分の意思を通すことができたのでしょう?
ジェシカ:イラクで大量破壊兵器が見つからず、CIA内でウサマがどこかに存在すると主張することに神経質なっていた時期があったの。もし何かを主張してその場所にウサマが居なかったら、クビを切られたり、職場に悪影響をもたらすと考える人たちが居た。そんな中、彼女(マヤのモデルとなった人物)だけが唯一、ウサマの居場所を主張した。それは彼女自身、CIAの内部問題や昇進を気にせず、CIA内の誰とも似ていなかったからだと思うわ。
Q:ウサマ殺害が報じられた瞬間は覚えていますか?
ビグロー監督:あのときはマークとウサマ追跡を描く作品の脚本を書いていた。ウサマ殺害の情報が流れた瞬間は、ものすごく感情的になっていたのを覚えているわ。彼が殺害されたことで、多少脚本を改稿しなければならなかった。
女性初のオスカー監督賞受賞者として
Q:男性優位のハリウッドで活躍するビグロー監督の仕事はいかがでしたか?
ジェシカ:実際のCIAとは違うかもしれないけれど、この映画ではCIA内における女性を抑圧した会話や、マヤが性差別主義的な主張をすることはないの。それはマヤが自分を女性として(男性から)切り離さず、良い仕事をしようと集中しているから。キャスリン監督も同様で、彼女は女性で初めて監督賞を受賞したことをおくびにも出さず、常に良い仕事をしていたわ。
Q:ビグロー監督は、女性監督がなかなかアカデミー賞にノミネートされない現状をどう思われます?
ビグロー監督:より多くの女性がアカデミー賞にノミネートされることを望んでいるわ。わたしの監督賞受賞が、ほかの女流監督に道を切り開いたのであれば良いけれど、今はまだ多くの女性監督がオスカーにノミネートされる日が来ることに期待している段階ね。
取材の最後、マヤ役のためアラブ系の名前の正しい発音や、CIAの技術なども学んでいたことを語ったジェシカ。今回ビグロー監督は、惜しくもアカデミー賞監督賞のノミネートを逃したものの、2時間38分という長さを感じさせない演出が施された本作からは、ウサマ追跡に10年間をささげた女性の人生が重くのし掛かってくる。
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映画『ゼロ・ダーク・サーティ』は2月15日より全国公開