『ひまわりと子犬の7日間』堺雅人&中谷美紀 単独インタビュー
残酷な現実に込めた希望と願い
取材・文:那須千里 撮影:氏家岳寛
命懸けでわが子を守ろうとする犬の実話が映画になった。どんなにかわいい犬でも、保健所に捕獲されてから期限内に引き取り手が見つからなければ、殺処分にされてしまう……。『ひまわりと子犬の7日間』で、妻を亡くし保健所で働きながら2人の子どもを育てる父親・彰司役の堺雅人と、そのよき友人である獣医・美久を演じた中谷美紀は、この痛ましくも避けられない現実に正面から向かい合った。公開前の宣伝活動にあたって、撮影以来再会したというひまわり役のイチ(雌犬)を交えての3ショット撮影から、インタビューはスタートした。
「犬はあくまでも犬」あえて距離感を意識した「共演」
Q:本編のカギを握る犬との信頼関係を、どのように築いていったのでしょうか?
堺雅人(以下、堺):劇中でのひまわりと彰司が、最初は仲がよくない設定だったので、現場でも(イチとは)あまりベタベタせずに距離を取って接しようと心掛けていましたね。「共演」する上では、できるだけ自分のことを考えないようにしました。自分の都合だけでは演じない、ということですね。犬がいてこそ成り立つ作品ですから、犬のコンディションに合わせることを大事にしようと思いました。
中谷美紀(以下、中谷):動物の素晴らしいところは、作為がないことですよね。(人間の場合)演技の経験を重ねるほど、無心でカメラの前に立つことが難しくなっていくと思うんですね。10代の頃はできていたのに、どうして今はできないんだろう? と。もう少し年齢を重ねれば、ひょっとしたら「作為」から解放されるのかもしれないですけど、今のわたしはまだもがいている最中なので、犬のように自由に演じるのが目標ですね。
Q:撮影を通して、犬を家族として迎え入れる難しさは感じましたか?
堺:僕自身はペットも飼っていないし、何とも言えませんが、逆に最初から「家族」を背負わせるのは犬にとっても酷なんじゃないかなあ? 個人的には、犬はあくまでも犬だと思っているんです。だからこそ、理解し合えたと思えるわずかな瞬間に、感動が生まれるんじゃないでしょうか。
中谷:わたしも動物自体は好きなのですが、自分が「所有」したり、いわゆる「愛玩」するというのは、どこか心がひけるというか……。彼らの人生にそこまでの責任を負えないというか、ためらいがあるんですよね。
堺:うん、わかります。二人が同じようにそう思ってこの映画の現場に立っていたというのは面白いね。
二人にとって思わぬ助けになった宮崎弁
Q:舞台となった宮崎は、堺さんにとっては生まれ育った故郷ですね。
堺:18歳で上京してからは、それまでなじんできた言葉を「捨てる」作業が続いたんですよね。つまり、よそゆきの、演劇用の言語として、標準語を身に付けたんです。そのうち、常によそゆきの言葉で芝居をしている気がしてきて。地元の言葉で芝居をするのは、それで役者としてまた一皮むけるんじゃないかという期待もあって、長年の夢だったんです。
Q:実現してみていかがでしたか?
堺:思いも寄らなかった感情が現場で次々とあふれ出てきたので、すごく豊かな気持ちになりましたね。(オードリーの)若林正恭さんが演じた後輩を彰司が怒るシーンでは、台本を読んだ段階では彰司の気持ちを「怒り」の感情にラベリングしていたんですけど、実際に撮影してみたら、懇願、悲しさ、情けなさ、同情といろいろなものが出てきたんです。同時に「同じ作業を標準語でもやらなければならないんだよな」と、改めてスタートラインに立たされる経験でもありました。
中谷:わたしは「宮崎弁」というお題を与えられたことで、「役をつくり込む」ことを意識せずに臨めた気がします。美久という役は、全てを受けとめて定点観測のように彰司の家族を見守る女性だったので、「何もしないこと」を表現する、引き算の美学というか。そこで、宮崎弁が助けにもなったんです。何もしなくていいんだ、ということにも気付かせてくれました。
最も厳しい方言指導の先生は、堺だった!?
堺:とはいえ中谷さんは宮崎弁の猛特訓をなさって……!
中谷:いえいえ(笑)。
堺:方言指導の先生に累計10時間もの(!)個人指導を受けた上で現場入りされたので、ほぼ完璧だったんですよ。
中谷:実は、方言指導の先生よりも厳しい方がいらしたんです。それは今隣にいらっしゃる……。
堺:ハハハ……(笑)。
中谷:監督が「OK」とおっしゃっても、堺さんからNGが出るということもありましたね(笑)。
堺:僕にとっては方言指導が、ある意味で道楽みたいになっていたんです。自分の生まれ育った土地の言葉を使って、一流の役者さんが演技をしてくださるという非常にぜいたくな体験で。いわば、自分の家族を演じてもらっているような感覚でした。
中谷:家族の一員にしていただけたなんてとても光栄です!(笑)
堺:スタッフ、キャストの皆さんが僕の実家にやって来て、うちの家族の手料理を食べているという夢を何回も見たぐらいです。本当に、家宝のような作品になりましたね。
犬の殺処分という深刻な問題への思い
Q:引き取り手が見つからない犬は処分されてしまう、というテーマについてはどんなことを伝えたいですか?
堺:結論を出したり行動を起こすのは人それぞれの判断によると思いますが、知らなかったことを知る、知っていたはずなのに知らないふりをしていたことに気付くという点で、この映画は非常に素晴らしい機会になると思うんです。なのでまず、知っていただくというところから始めるべきではないかと。
中谷:堺さんもおっしゃったように、デリケートな問題だけに解決策というのはやすやすと口にできるものではありませんよね。物事は全て良き面と悪しき面が表裏一体となっていて、動物を愛したり彼らから恩恵を受ける一方には、きっと悲しい事実も付いて回ると思うので、慈しみの気持ちを忘れずに彼らと接することが大切なのではないかと思います。
堺:この作品には「愛情の連鎖」というキーワードがあると思うんですよ。憎しみの連鎖はよく声高に叫ばれるのに、どうして愛情の連鎖については誰も何も言わないんだろう? と。そこからこの物語が始まったと監督はおっしゃっていたんです。物事のつじつまの合わない面から目をそらすことなく、常に心に希望と愛を持って社会を見るというのはきれいごとかもしれないけれど、今回の登場人物は全員そういう人たちだと思うので、彼らの姿を見ていろんなことを感じ、考えていただければいいなと思いますね。
映画や役柄について真摯(しんし)な言葉を重ねながらも、時折ウイットに富んだユーモラスな掛け合いをごく自然なノリで展開する堺雅人と中谷美紀。くしくもお互いが「犬」という存在を一個の生き物として尊重するスタンスで撮影に臨んでいたことが判明するなど、呼吸の合ったコンビネーションは本編でも健在だ。母親を失った家族に、母犬であるひまわりが新しく加わる物語は、他人である「女性」が別の家庭になじんでいく過程に、まるで犬の「嫁入り」を見守るような心持ちでもあった。動物と共に生きる豊かさや難しさだけでなく、愛情や家族とは何なのかを考えさせられる奥深い一本である。
ヘアメイク
保田かずみ(SHIMA)(堺雅人)
高城裕子(中谷美紀)
スタイリスト
高橋毅(N・E・W)(堺雅人)
菊池志真(中谷美紀)
映画『ひまわりと子犬の7日間』は、3月16日より全国公開