『カルテット!人生のオペラハウス』ダスティン・ホフマン監督 単独インタビュー
俳優では気付かなかったことを、知ることができた
取材・文:小林真里 写真:金井堯子
アカデミー賞主演男優賞を2度受賞、俳優として50年以上のキャリアを誇る名優ダスティン・ホフマン。彼が初めてメガホンを取った『カルテット!人生のオペラハウス』は、引退した音楽家たちが暮らすイギリスのホーム「ビーチャム・ハウス」が舞台。オスカー女優マギー・スミスやマイケル・ガンボンら英国を代表するベテラン俳優とプロの音楽家たちが共演した、ハートウオーミングな人間ドラマにして音楽賛歌だ。この初監督作品を引っ提げ21年ぶりに来日を果たしたホフマンが本作を語った。
カメラの後ろから見えたもの
おっ君、いいTシャツを着ているね!
Q:ありがとうございます。今回、監督業を初経験してみていかがでしたか? カメラの後ろから何が見えました?
これまで俳優として、見てきたのと同じ光景だね。今まで出演した映画の監督にがっかりしたことは一度もなかった。カメラの後ろで監督たちは、僕が見たいものではなく、監督自身が本当に見たいものを見ていることが多かったからね。例えば『カルテット!』の撮影中、ある俳優が座ったままちょっとした動作で演技をしていたんだ。僕は彼のところに行って「動かないで。そのままじっとしていてくれ」と伝え、カメラの後ろに戻り撮影を始めた。監督はやりすぎてもいけないし、俳優がいかにも演技をしているふうに演じさせてはいけないと思う。だから自然な、リアルな動きをカメラに収めるよう心掛けた。
Q:監督にトライしようと思った動機は何だったのでしょう?
実は、監督することが決まるまで、かなり長い道程があった。ほかの監督が降板して、この企画が空くまでに時間がかかったからね。それで、遂に企画が自分に回ってきて、監督をするかどうかの決断を迫られた。「多分やるよ」「いや、やらないかもしれない」って答えを先延ばしにしたくなかったから、「イエス」(やる)って即答した。この映画を撮るためにはいろいろなことを理解する必要があったけど、僕は年を取るのがどういうことなのかわかっていたし、歌手になるのがどういうことかも理解していた。それにアスリートの場合、専門にしているスポーツにもよるけど、35歳で「もう年だ」と言われるが、音楽家たちはいくら年を取っても、そんなふうに言われることはないんだ。その事実に感動したね。
監督になってわかったこと
Q:監督をしてみて一番難しかった点はどこでしたか?
俳優だと気付かないようなことをたくさん知ることができたね。もちろんそういったことを知らないおかげで、毎日現場に出掛けて、自分の撮影するシーンに集中し、どんな演技にトライしようかを考えることができるから、俳優にとってはいいことなんだけど(笑)。実は全て悪い方向に進んでいるって事実を知らなくて済むし。でも監督の場合、撮影の最後の24時間で俳優が急病になって演技ができないとか、必要な小道具が届かず結局使えなくなったというようなこと、それ以外にカメラの問題にも対処しなければいけない。メインカメラだけじゃなく、第2カメラや第3カメラはどこにいるのか把握しなければいけない。そこに一番驚かされたね。撮影中、常に何かが悪い方向に進んでしまうから、おかしな変化が起こらないように注意していなくてはいけなかった。
Q:今作では監督に専念していますが、「自分も出演したい」とは思いませんでしたか?
ああ、心の片隅では演じたいと思っていたね。演じるときは、自伝映画に出ているような気分じゃないといけないと思うんだけど、僕は今作でマギー・スミスが演じたジーンの気持ちを理解できた。ずっとトップの地位に居続けることはできないという彼女の思いがね。あとウィルフもだ。70代になって性欲が減退していく苦しみを理解することができた。登場人物たちはみんな年を取って、それぞれの問題を抱えている。だからそうだね、キャラクターの誰かを自分でも演じてみたかった。
Q:ところで、お気に入りの監督は誰でしょう?
おっ(笑)。そうだねえ。たくさんいて一人には絞りきれないけど、まずフェデリコ・フェリーニだね。最初に好きになった監督の一人なんだ。あと、小津安二郎も大好きだよ。
ダスティン・ホフマンの音楽愛
Q:ホフマンさんは大学で音楽を学び、今回ミュージシャンが題材の映画を監督されました。『カルテット!』ではその音楽愛を感じることができたのですが、あなたにとって音楽はどれぐらい重要なのものですか?
僕にとっての全てだね。誰にとってもそうじゃないかな。今では脳についての研究がかなり進んでいるけど、人が生まれて最初に感じるのは音楽で、死ぬ間際、たとえ体がマヒしていても聞こえてくるのが音楽だといわれている。さらに、母親の胎内にいるときも母の声を聞き、母体を通じて音を聞いているともいわれている。たとえ赤ちゃんが話せなくて、歩けなくても、音楽に合わせてリズムを取る光景を目にすると、本当に奇跡的なことだと思ってしまう。音楽は人間の基本的な感情に結び付く重要なものなんだ。人間に不可欠な要素だね。
Q:今後俳優、監督としてやり遂げたいことはありますか?
うーん(ため息)。わからないな。送られてきた脚本に答えを出すのは、本当に難しいから。俳優として仕事をしてみたいものもあれば、監督をしてみたいと思う作品もある。仕事が必要だから仕事を引き受けるのがあるべき姿なのかもしれないけれど、例えばパーティーで誰かに出会って「あの人が本当に気に入った」と周りの仲間に言い、「なんで?」と訊かれても「わからない。でも、何か絆を感じる」ってことがある。そんな、まるでパーティーで出会ってつながりを感じた誰かみたいな脚本、もっとその本のことを知りたいと思えるような作品に出会いたいと常に思っているんだ。
Q:俳優として50年以上のキャリアの中でさまざまな印象的な役柄を演じてきましたが、最もお気に入りの役はなんですか?
わからないなあ。うーん……(5秒ほど考え込む)。いくつかあるけど、一つを選ぶのは難しいね。
余生を一緒に過ごすお相手は?
Q:今作では引退した音楽家たちが住むホームが舞台ですが、もしベテランないしは引退した俳優、監督たちが住むホームに入らなければいけないとしたら、誰と一緒に過ごしたいですか?
自分一人で住みたい(笑)。
Q:一人きりですか? 友人の監督や俳優など誰か一緒に過ごしたい人はいませんか?
妻だね。人生の最後は、やっぱり妻と一緒に過ごしたいよ(笑)。ほかの誰とも住みたくないね。プライバシーが欲しいから。でも、僕の主演作『トッツィー』を撮影する1年前、僕のルームメート役を探すことになって、監督のシドニー・ポラックに「(ダスティンが演じたマイケルは)39歳という年のいった男だから、一緒に住むのは恋人や友人ではなく、ただのルームメートがいいと思う。でも、『実際に友達にならなければ』っていう義務感を持たずに話せる俳優がいい」って提言したんだ。ちょうどその頃、ディナーの席でビル・マーレイに出会い、帰宅してから妻に「ビル・マーレイのルームメートにだったらなれそうだ」って言った。その後ビルは映画に出演することになったんだけど、彼の中には自分との共通点を見いだすことができた。ビルがクレイジーなとき、僕もクレイジーになることができたからね(笑)。
70代にして初の監督業に進出した『卒業』『レインマン』の名優ダスティン・ホフマン。アメリカ出身ながら、イギリスを舞台にしたウイットに富んだ良質な人間ドラマを完成させた彼の来日は、なんと21年ぶり。インタビュー中、終始笑みを絶やさず、気さくでチャーミングな姿を見せてくれた。大物にもかかわらずその地に足が着いた人格者ぶりに感動。サービス精神旺盛な彼はフォト・セッションでも「子どもの頃、写真家になるのが夢だったんだ。バフィーっていう愛犬の写真を撮りまくって写真集を作ったこともあるんだよ」というエピソードを笑顔で披露してくれた。器の大きさが最後まで印象的だった。
映画『カルテット!人生のオペラハウス』は4月19日より全国公開