『奇跡のリンゴ』阿部サダヲ&菅野美穂 単独インタビュー
「こんな人もいるんだ!」という驚き
取材・文:編集部 森田真帆 写真:吉岡希鼓斗
絶対に不可能といわれていたリンゴの無農薬栽培に成功した木村秋則さんの実話を、映画『ゴールデンスランバー』の中村義洋監督が描いた映画『奇跡のリンゴ』。食べる物にすら困るほど絶望のふちに立たされても無農薬栽培を諦めなかった木村さんの壮絶な苦労は2006年にNHK「プロフェッショナル 仕事の流儀」で紹介され、多くの人々に勇気と感動を与えた。木村さんと、夫を支え続けた妻を演じた、阿部サダヲと菅野美穂が作品への思いを語った。
知れば知るほどハードな農家ライフ
Q:木村さんのリンゴがなぜ「奇跡のリンゴ」と呼ばれるのか、この映画を観るとよくわかりました。実際にリンゴ農家のご夫婦を演じてみていかがでしたか?
阿部サダヲ(以下、阿部):映画の撮影で少しだけ農家のお仕事というものを体験させていただきましたが、農家の皆さんの苦労を僕も初めて知りました。これだけ大変なことを毎日しなければいけないんですからね。特に木村さんは、生活が困窮して車を売ってしまった後は毎日自分の農園まで2時間かけて歩いていたんです。とても考えられないし、僕には絶対にできないことだなと思いましたね。
菅野美穂(以下、菅野):この映画に出演させていただくまでは、無農薬のリンゴなんて、とてものどかな印象があったんです。が、まさにその真逆でした。今は肉や魚ですら切り身で売られていて、自然なものを目にする機会がどんどん少なくなってきている気がするんです。食べるということに鈍感になっている中、これほど大変な思いをして作ってくださっている方々がいるということに改めて気付かせていただきました。阿部さん、農業ってすっごく忙しいですよね?
阿部:皆さんたくましいですよね。だから、カルチャーショックが大きかったです。「スローライフで農家をしたい」と憧れることがありますけど、簡単にできませんね。
菅野:もうスローじゃないですもんね。ビジーライフです! 朝も早起きだし、日焼けもするし、本当に大変。自分のペースではなく、自然のペースに自分を合わせて生活しなきゃいけないですからね。それこそ雨の日も風の日も……ですからね。知れば知るほどハードでした。
「虫、がんばれっ!」
Q:虫との戦いのシーンを見ていても、その大変さはよく伝わってきました。
菅野:阿部さん、虫怖かったですか?
阿部:いや、全然怖くなかった! 自然発生した虫さんたちではなくて、無菌で育ったって聞いていたので大丈夫でしたね。もし自然にいた虫だったら怖かったかもしれないけど、安全な虫さんだったから(笑)。
菅野:確かに害虫って聞くとトゲトゲしたものを想像しちゃっていたので、今回の課題の中には虫との戦いもあるなって思っていたんです。害虫には肉食と草食の2種類がいるそうなんですけど、リンゴの害虫は草食でかまないから大丈夫でした。あの茶色の虫覚えています? 表面がペトペトくっついてなかなか取れないんですよね!
阿部:カメラのアングルを決めて葉っぱの上に虫を置いて、ちょっとだけ虫が動くっていうシーンがあったんです。そのときに「虫、がんばれっ!」って思わずコブシを握っちゃいましたね。いいタイミングで糸を吐く虫とか、いろいろいるんですよ!
木村さんを取り巻く人々の温かさに感動!
Q:木村さんの長年のご苦労はもちろんですが、木村さんを支え続けた家族の皆さんもすごいですよね?
阿部:僕は山崎努さんが演じた義理のお父さんの懐の深さに感動しました。何か、すごい人ばかりなんですよ、木村さんの周りの方って。リンゴももちろん奇跡ですけど、木村さんの家族や友人たちもみんな奇跡ですよね。
菅野:木村さんの奥さんからは東北の女性ならではの芯の強さを感じました。ただ、ただ、すごすぎて、「もしも自分だったら……」と考えることすらできませんでした。こんなふうになれるかな、というよりは、こんな人もいるんだ! という驚きが大きかったです。
Q:実際に木村さんご夫婦にお会いした印象はいかがでしたか?
阿部:木村さんご夫妻と娘さんにはお会いしました。木村さんは、これまでの苦労を感じさせないくらい明るい方なんです。笑い声もむちゃくちゃ大きいから、「わっはっは~」って声が聞こえると、「あ、木村さんがいらしているんだな」って気付くくらい! たまに声が大きすぎて、本番中にカットになっちゃうこともあったんですよ(笑)。
菅野:奥様はとっても控えめな方でしたね。そんなところに東北の女性らしさを感じました。木村さんがこうしてリンゴ農家として有名になってからは講演で毎日青森にいられなくなってしまったそうで、それを奥様がとても寂しがっていらっしゃるという話を聞いて、とってもすてきなご夫婦だなと思いましたね。
「諦めない」ことのすごさ
Q:劇中で、どんどん追い込まれていく木村さんの姿は本当に鬼気迫っていました。あの演技にはどのように行き着いたんですか?
阿部:木村さんの役って、僕のようにコメディーの作品の印象が強い役者にとってはすごく難しい役だと思うんです。だんだんと追い詰められた木村さんが、リンゴの木に話し掛け始めてしまうシーンで、リンゴに酢を掛けながら「お酢ばっかり掛けていたら、あなたもわたしもおすしになってしまいますね」なんて、いつもの僕が言えば絶対に笑いになってしまいますから。中村監督は、僕をギリギリまで追い込まないと、という気持ちだったんじゃないでしょうか。
菅野:今阿部さんが言ったのを聞くとつい笑っちゃいますけど、映画を観たときはとてもつらくて悲しいシーンにしか見えなかった。木村さんがりんご栽培でどんどん追い込まれていくように、わたしは阿部さんが中村監督からどんどん追い込まれていくのを目撃していた感じでしたが、そういう理由があったと思うと納得できますね。
Q:本作の撮影を通してお二人が改めて気付かされたことはありましたか?
阿部:やっぱり、「諦めない」ことのすごさですね。今、簡単に諦めちゃう人が多いと思うんです。たぶんそれって、いろんなところから情報が入ってくるからなんですよね。情報なんていくらでも出てくるけれど、そういう情報を一度全部捨てて、木村さんのように諦めないで一つのことを突き詰めていくことがとても大事だと思いました。
菅野:道を極めている方の考え方ってどのジャンルにも当てはまると思うんです。この映画はリンゴ作りのお話ですが、きっとサラリーマンの方も、専門職の方もいろんな人が共感できるはずです。うまくいかなくなったときや、人生が行き詰まったときに、自分で考えて工夫をすることが大切だということを教えてもらったと思っています。
阿部がポツリと話した言葉に、大笑いをする菅野は底抜けに明るい。撮影中は、だんだんと追い詰められ、精神的にもつらかったという阿部だが、木村さんが妻の優しさに支えられたように、阿部自身も妻役である菅野の明るさにずいぶんと助けられたようだ。たくさんの困難を乗り越えていった木村さん夫婦の姿を見れば、職場や学校での嫌なことがきっとちっぽけに思えてしまうはず。どんなときでも支え合って生きていく人々の温かさに、明日への勇気と希望を感じてもらいたい。
(C) 2013「奇跡のリンゴ」製作委員会
映画『奇跡のリンゴ』は6月8日より全国東宝系にて公開