『俺はまだ本気出してないだけ』堤真一 単独インタビュー
未来のことはわからないので、ニュートラルでいたい
取材・文:斉藤由紀子 写真:奥山智明
青野春秋の同名人気コミックを、ドラマ「勇者ヨシヒコと悪霊の鍵」や映画『HK/変態仮面』の福田雄一監督が映画化した『俺はまだ本気出してないだけ』。タイトルからして絶妙なセンスを感じさせる本作で、実力派俳優・堤真一が脱サラして漫画家を目指し始めた41歳のダメ親父・シズオを熱演している。いい年こいてゲームに明け暮れ、本気が出るのをのんびり待つ究極の“ゆるキャラ”を、いかにして演じたのか? 堤が興味津々のウラ話を語った。
まさかのキャスティングに本人もビックリ!
Q:原作ではポッチャリ体形のダメ男として描かれているシズオを、堤さんが演じたことで話題の本作ですが、オファーを受けたときはご自身も驚かれたそうですね?
まさかプレゼンに通るわけがないと思っていたら、原作者の青野さんがOKを出しちゃったんです(笑)。青野さんは、これまで何度も映画化のお話があったのに、キャスティングされていたのが漫画の主人公と似たお笑い芸人さんなどだったので、全部断っていたらしいんですよね。でも、僕でやるということになって、「それなら面白い。漫画は漫画で成立しているから、これを基に映画ならではの違う世界を作ってほしい」と言われたそうです。僕自身、原作のキャラのマネをするのは役者の仕事ではないと思っているので、僕なりのシズオを演じさせてもらいました。
Q:見た目も中身もゆるいシズオを演じるために、事前に準備したことはありましたか?
体重を増やそうかと思っていたんですが、スケジュール的に難しかったので、そのまま撮影に入っちゃいました。パンツ一丁の姿が多かったので、ハラは膨らんで見えるようにしていましたけど(笑)、役づくりのためにしたことは何もないです。ほとんど福田監督に言われるがままですね。こういう作品の場合、監督の手のひらでコロコロ転がされていればいいのかなと思って、とことん委ねるようにしていました。
奇才・福田雄一監督の素顔はダメ男!?
Q:独特のコメディーセンスを持つ福田監督の世界に、堤さんもしっかりなじんでいましたね。
確かに福田監督らしい作品ですけど、自分ではいかにもコメディーという芝居の仕方はしないようにしていました。シズオも「カッコつけたがる男」だったし、監督からも「もっとカッコよくやってください」といったリクエストが多かったし……。いや、「カッコつける」という意識すらなかったかな。『クライマーズ・ハイ』でやったあの顔をしてくださいとか、寝そべってゲームしてくださいとか、とにかく監督のおっしゃる通りにやりました。
Q:個人的に、佐藤二朗さん扮する占い師とシズオとのやり取りに爆笑してしまいました。
ああ、あれは現場でも面白かったですねえ。監督が佐藤さんに「何か面白いことやって!」とお願いしたシーンなんですよ。リハーサルでは水晶玉を手のひらで普通にかざしていた佐藤さんが、本番では急に手のひらを外側に向けて、まったく違うアクションを始めたんです。笑わないようにしていたんだけど、我慢しきれなくて思わず吹いちゃいました(笑)。
Q:撮影現場も福田監督ならではの雰囲気があったのでしょうか?
ありました。監督はシズオにそっくりなんですよ(笑)。もう、たたずまいがそのまんま! 例えば、ケータリングで並んでいるときの、お代わりをずっと待っている姿とか、いい大人が短パン姿でうれしそうに立っているわけですよ。監督らしい威厳などは全然なくて、かなりダメな人(笑)。ダメな監督だと周りがしっかりするんだってご本人もおっしゃっていましたけど、スタッフがすごく生き生きとしていましたね。「自分はこんなふうになっちゃいけない!」「こんなだと撮影が終わんないぞ!」とみんなに思わせて一致団結させるという、まさにシズオなんです(笑)。
「ギリギリまで何もやらない」のが堤流
Q:41歳で自分探しを続けるシズオの中に、堤さん自身が重なる部分はありましたか?
彼のすぐサボりたがるところは共感できますね。人間って何もしなくても食べていけるとしたら、あんな感じになるんじゃないかな。食べていけないから仕事をせざるを得ないだけで、そうじゃなかったらシズオみたいにダラダラ何もしないかも。僕もそうなるような気がします。
Q:それはちょっと意外です(笑)。
僕も100パーセント全力でぶつかっていくタイプじゃないんです。台本を読むのをギリギリまで延ばしちゃうとか、やらなきゃいけないってわかっていても後回しにすることが多い。「あー、今やろうと思ってたのにぃ~」みたいな(笑)。子どもの頃も、夏休みの宿題の日記を8月31日にまとめて書いていましたから。マジメに書いていた姉の天気を丸写ししたりしてね(笑)。で、結果的に苦労して「もっと早くやっとけばよかった」と思うタイプ(苦笑)。
Q:そんな堤さんから見たシズオの良さとは?
友達や家族への愛情かな。彼は周囲の人間と本気で関わっていますよね。娘の鈴子(橋本愛)のシズオに対する視線が優しいのは、彼の愛情がちゃんと伝わっていて「ダメな父親だけど自分のことは大事にしてくれている」とわかっているからなんでしょう。もしも僕の父親がシズオのような男だったら、問答無用でブッ飛ばしていますけど(笑)。
堤が「まだ本気出してない」と思っていることとは?
Q:シズオの心の神、ヤンキーだった学生時代、フォークシンガー風の若かりし頃など、堤さんが一人で何役も演じられているのも見どころですね。
ギターの弾き語りは、まさか本当に歌うことになるとは思っていなかったし、プライベートでもあまり歌ったりしないので、自分でもびっくりでしたねえ。でも、あの歌いいよね! すごく気に入りました。神は、椅子に座ったら勝手にヘンテコな髪型にされて……まあ、監督にやらされた感が強いかな(笑)。
Q:『SP』シリーズなどとは百八十度違う今回の役ですが、役柄によって日常生活が変化することもあるのでしょうか?
それはないと思います。はたから見たら何かしらかの影響はあるのかもしれませんけど、自分では仕事とプライベートは切り替えるようにしています。自宅でシリアスな役のセリフを覚えているときなどは、その役が抜けなくなって気も張ったまま眠れなかったりすることもありますが、家に帰ったらなるべく役のことは考えずに素のままでいるように心掛けています。
Q:最後に、堤さんが「まだ本気出してない」と思っていることがあったら教えてください。
僕は今、役者の仕事が好きでやっているのかと聞かれたら、「本気で好き」とは言えないかもしれないんです。もちろん一生懸命やっているけど、ふと「なんで人前でこんなことやっているんだろう……」と思うときがあって、本当に自分が役者に向いているのかまだわからないんですよね。でも、自分が何に向いているのか、ちゃんと答えられる人っているのかな? 僕もこの先、もっと違うことで向いていると思うことがあったら、そっちをやっちゃうかもしれない。もしかしたら役者を辞めてプロ野球選手になっているかもしれませんよ(笑)。未来のことはわからないので、ニュートラルでいようと思っています。
福田監督への深い信頼感を、「ダメな人」という最高の褒め言葉(?)とちゃめっ気タップリな笑顔で表現していた堤。自らのダメな部分も正直に明かす彼の話を聞いていると、「誰だってそうなんだ……」と安心してしまう。そんな堤の自然体な様子は、観る者を和ませてくれる愛すべきダメ親父・シズオの姿ともリンクする。抱腹絶倒のギャグをちりばめたハートウオーミングな福田ワールドを、あっと驚く堤の七変化とともに楽しんでほしい。
(C) 青野春秋・小学館 / 「俺はまだ本気出してないだけ」製作委員会
映画『俺はまだ本気出してないだけ』は6月15日より全国公開