『上京ものがたり』北乃きい&池松壮亮 単独インタビュー
全てに意味があるから、成長できる
取材・文:小島弥央 撮影:吉岡希鼓斗
映画『いけちゃんとぼく』『毎日かあさん』などの作品で人気の漫画家・西原理恵子が、漫画家としてデビューするまでの自身の経験を基に描いた自伝的コミックを映画化した映画『上京ものがたり』。大好きな絵を描くために田舎から上京してきた一人の少女の成長を繊細に描いた本作で、美大生の菜都美を演じた北乃きいと、優しいだけが取りえのヒモ彼氏・良介を演じた池松壮亮が、作品の魅力から心に抱える不安感までを語り合った。
西原作品の魅力は心に響く言葉の数々!
Q:『上京ものがたり』に出演して、西原作品の魅力をどう感じましたか?
北乃きい(以下、北乃):魅力はやっぱりセリフですね。台本を読んでいても、自分でそのセリフを発していてもそう感じるんですけど、全部のセリフに一つ一つ意味があるんです。それは、深い意味もあれば、何でもない浅いものもあるんですけど、どのセリフも胸に刺さるというか、響くんですよね。その言葉一つ一つが本当に大好きなので、選ぶのはとても難しいんですけど、どれか一つを選ばなきゃいけないとしたら、わたしは最後に出てくる「大嫌いだった東京に『ありがとう』」というセリフがすごく好きです。
池松壮亮(以下、池松):木村文乃さんのセリフで「生きてりゃなんとかなるんじゃない」は、いい言葉ですよね。
北乃:うん、いいですよね。「どんなことも生きていれば、生きているうちに解決できる」っていうシーンなんですけど、あそこのセリフ、全部好きです。あと、わたしは『女の子ものがたり』が大好きで、何度も観ているんですが、『女の子ものがたり』から『上京ものがたり』に、黄色のテーマカラーが受け継がれている感じもすごく好きですね。
Q:北乃さんは、西原さんとの共演シーンもありましたね。
北乃:時間がなかったので、あいさつぐらいしかできなかったんですけど、すごく気さくな方で、監督と関西弁でお話していました。想像していた通りの方でしたね(笑)。
池松:僕は、撮影中はお会いしていないんですけど、何本か過去の作品を観て、面白いなと思いました。西原さんの作品は「何も隠さなくていいんだよ」という、「隠さない魅力」が胸に刺さるんだと思います。『上京ものがたり』って、上京した人以外を敵に回すようなものだけど、すごくパーソナルなところに届くんじゃないかなと思っています。
撮影の裏側で起きた爆笑事件とは?
Q:菜都美と良介の関係がリアルでとても自然に感じましたが、お二人で何か話し合ったりされましたか?
北乃:いえいえ、特には話し合っていないです(笑)。
Q:では、撮影の合間にコミュニケーションを取ったりは?
池松:どうですかね……。僕は割と話したつもりだったんですけどね。
北乃:え、本当ですか!?
池松:火に当たりながら、いろいろと。
北乃:あ、そうでしたね(笑)。わたしは、共演者の方がトイレに入っているときに、池松さんが開けてしまったことが、衝撃的でよく覚えています(笑)。
池松:そうでしたっけ(笑)。
北乃:一軒家を借りて撮影をしていたんですけど、あるとき「うわーっ!」ってすごい声が聞こえて。共演者の方がトイレのカギを締めずに入っていたらしくて、池松さんが「開けちゃった」って、取り乱すこともなく控室に戻ってきたんですよ。
池松:内心、ドッキドキだったと思いますよ、平然を装っていただけで(笑)。格好つけていたんだと思います。
北乃:本当にいつもペースを乱さないというか、冷静沈着だなと思いました(笑)。普通は、ああいうシチュエーションになったら驚いちゃうと思うんですよね。だから「この人はすごいな!」って(笑)。でも「良介だったら……」と思うと、同じリアクションを取っていたと思います。もしかしたらあのとき、すでに良介だったのかもしれないですね。
Q:衝撃的ですね(笑)。ということは、逆に言うと、あの雰囲気はお芝居の中で出来上がっていったということなんですね。
池松:あれだけのセットを用意してもらったら、あとはもう解き放たれるだけですから。
北乃:すごかったですよね、あの家。
池松:どこを見ても、引き出しを開けても、隙がない。
北乃:すごく生活感があったんです。いろんなものが汚れていたり、「これ、拾ってきたんじゃないかな?」と思うものがあったり(笑)。
池松:僕はそこでゴロゴロしていただけですけど(笑)。
北乃:でも菜都美と良介は、いい距離感でしたよね。特に「付き合おう」と言って付き合い始めたわけではないんですけど、自然で。セリフも自然ですから、そういう部分でも助けられました。
誰もが不安を感じている
Q:映画では、さまざまな不安に押しつぶされそうになりながらも前に進もうともがく菜都美の姿が描かれていますが、お二人も将来への不安を抱いたことはありますか?
池松:僕はもう不安だらけですよ。「明日起きられるかな?」という目の前の小さいことから、大きなことまであります。
北乃:不安があるかと言われたら「イエス」ですよね。「ない」ってことはないんじゃないかな。多少のストレスは人間必要ですから、不安があってもいいんじゃないかと思っています。
Q:池松さんご自身も福岡から上京されていますが、不安に思いましたか?
池松:もちろん思いました。今もいつも思っていますよ。東京に「ありがとう」なんて、絶対に言いたくないですし(笑)。
北乃:「ありがとう」と言う菜都美ってすごいなと思います。言えないですよね。東京を好きになる、東京に感謝って……。わたしはまだ思えないかな。
Q:そういう意味では、菜都美が最後に「東京に『ありがとう』」と言えるようになったのは、いろいろな人との出会いや、出来事によって成長したからだと思うのですが、お二人にも「あの時あんなことがあったから、今の自分がある」と思えるような出来事はありますか?
北乃:わたしはイヤな出会いも良い出会いも、全て通過点だと思っていろんなことをやるタイプの人間なんです。だから、いろいろなことが起きますけど、結果的に全ていい出会いになっていますし、誰かに言ってもらった言葉一つでも、そう思うことはたくさんあります。やっぱり原動力ってすごいなと思いますよね。
池松:全部に意味があるんでしょうからね。この映画でも、菜都美は良介に出会わなければ良かったとか、(ネコの)しょうちゃんは別に要らなかったんじゃないかとか思うかもしれないけど、そうじゃなくて、全て菜都美が成長するために出会わなければならなかった人たちなんですよ。そうやって、何にでも大なり小なり意味があると思うんです。
しっかりと自分の言葉で語る北乃と、不思議な落ち着きを見せる池松。撮影が行われたのは、今から2年前ということもあるが、インタビュー現場に現れた二人は、スクリーンに映る菜都美と良介よりも断然大人で、しっかりと地に足が着くいているように見えた。だが、そんな二人にも不安はあるという。その正直さ、繊細さが、菜都美と良介の一部となって表れていたのかもしれない。そうやって役柄と本人を重ねてみたくなるほどに、スクリーンの中の二人は、自分自身の言葉で話しているかのように自然だった。彼らがもがきながら一歩を踏み出す姿から、ぜひ前向きな力をもらってほしい。
(C) 2012西原理恵子・小学館 / 「上京ものがたり」製作委員会
映画『上京ものがたり』は、8月24日より全国公開