『凶悪』山田孝之、ピエール瀧、リリー・フランキー 単独インタビュー
風邪のように、うつしたくなる映画
取材・文:須永貴子 写真:奥山智明
死刑囚の須藤にピエール瀧。須藤から事件の真相を記事にしてほしいと託されるジャーナリスト藤井に山田孝之。そして、全ての悪事を裏で操る“先生”と呼ばれる木村にリリー・フランキー。その名前だけで「観たい!」と思わせる強力なパワーを持つ役者がキャスティングされた映画『凶悪』について、三人が語り合う。
リリー&瀧の関係が生かされた配役
Q:『凶悪』のキャスティングが発表されたとき、興奮しました。お三方はこのキャスティングや配役を聞いてどう思いましたか?
山田孝之(以下、山田):台本をもらったときに、「リリーさんと瀧さんは今オファー中ですが、おそらく受けてもらえると思います」と言われたんです。
リリー・フランキー(以下、リリー):何の根拠があって(笑)。
山田:「ほぼ決」という感じでした。共演したことがなかったので、「ぜひ!」と思いました。
リリー:僕もこのキャストを聞いて、台本を読んだら、「あ、これは面白くなるな」という予感がしました。
ピエール瀧(以下、瀧):すごく重たい話だし、まずシンプルに、自分に須藤の役ができるのかな? と思いました。そこで「先生役は?」と聞いたらリリーさんだと言われて、ギャグなのかなって(笑)。藤井役が山田君……ということは、これはギャグの線もありだなって(笑)。
Q:先生と須藤のコンビを演じる際に、これまでの交流や関係がプラスになりましたか? やりづらかったことは?
リリー:関係があったからやりやすくなったタイプのキャスティングだと思いますよ。俺と瀧が飲み屋に行って、テーブルにあるろうそくを隣にいる人に「うぃ~」って垂らすような日常的な感覚で、先生と純ちゃん(須藤)は人を殺している気がしましたね。
瀧:そのシチュエーションは身に覚えがありますね。共通の後輩に、「おまえ、トカゲ酒があるから飲んでみろよ」って飲ませて、「うえー!」とか嫌がっているのを見て「キシシシシ!」と喜んだり。
山田:出来上がった作品で木村と須藤のシーンを観ると、リリーさんと瀧さんは普段からこういう関係なのかなっていうのが伝わってきました。
瀧が山田に無理やりゲームを買わせる
Q:山田さんは、このお二人とお芝居をしてみていかがでしたか?
山田:一対一で対峙(たいじ)するとき、今まで感じたことのないようなすごく変な違和感があって、すごく面白かったです。
瀧:山田君はやっぱりちゃんとした役者さんなので、現場に入る段階でもう準備ができているんですよね。でも僕とリリーさんはご覧の通り、観光客みたいなものですから。
リリー:映画撮影ツアーに参加しているようなね。
瀧:待ち時間とか、僕らはキャッキャしているんで、だいぶ山田君には迷惑掛けたんじゃないかなと思いますけど(笑)。
山田:そんなことはないですけど、瀧さんに買わされたWii Uはほとんど使っていません。
リリー:瀧が山田君と一緒にやりたくなっちゃって、「買いなよ!」って(笑)。二人のシーンのときはどんな感じだったの?
瀧:静か~にしていたよね?
山田:僕の印象では、リリーさんも瀧さんも、ずっと「どうぶつの森」をやっていました。
リリー:ああ、その時期ね(笑)。
山田:リリーさんと瀧さんから「どうぶつの森」に誘われるという状況がすごく面白くて、やろうかな、と思ったんですけど、興味が持てなくてやめました。
瀧:人数がいたほうが面白いんだもん(笑)。
犯罪シーンよりも重い藤井家のシーン
Q:今回の作品に出演して「消耗した」というリリーさんの発言を目にしましたが、それはなぜですか?
リリー:肉体疲労が大きいかもしれないです。
瀧:寒いし、長いし、撮る量が多いし。
リリー:気分が沈んだりはしなかったですよ。映画を観ても、僕らが人を殺しているシーンよりも、藤井家のシーンのほうが格段に重くて息苦しい。普通、主人公の家庭の話が広がると蛇足になる場合が多いんだけど、そこがすごく効いているよね。
山田:僕はやっぱり消耗しましたね。3週間で撮るって聞いたときは「短いな」と思いましたけど、これを2か月やっていたら、現場に来られない日があったと思います。
リリー:ストレスのかからないシーンが全くない主役ですよね。
山田:笑うシーンは1箇所だけですし。瀧さんとの会話。
瀧:ああ、あの1箇所ね。
リリー:しかも、この二人はどこで共鳴しているんだっていう、不謹慎な会話で笑うっていうね(笑)。
何が善で何が悪かわからなくなる
Q:悪役を演じるのはどういう感覚ですか?
リリー:善悪が明快に描かれている作品ではないので、圧倒的な悪役をやっている感覚ではなかったです。
瀧:先生も須藤も、家は安泰じゃないですか。稼ぎ方はともかく、家にお金を入れて、娘さんを私立に入れて、大きい家も建てている。それに比べたら、藤井家は家庭が崩壊していますからね。
リリー:認知症の母の面倒を嫁に押し付けて、現実逃避して仕事に没頭するっていうね。純ちゃんの「ぶっこんじゃおうぜ」よりも、池脇(千鶴)さんのセリフの方がよっぽどドスーンときました。
瀧:僕らの演じた役柄はファンタジー。治外法権的なものを演じるという意味では、ヒーローものに近い気がします。
山田:誰を主人公にするかで善悪はひっくり返りますもんね。ヒーローがばっかばっか人を殺したり暴力を振るうのとか、どうなんだって思いますし。そのへんの曖昧な部分を曖昧に描いているからもやもやしますよね。
Q:そうなんです。爽快感もないし、「楽しかった!」とも思わないし、もやもやする。だけど人に「すごい映画だから観て!」と言いたくなる映画です。
リリー:どろんとしたまんま帰っていって、人に「やばいから観たほうがいいよ」って言いたくなる。
瀧:風邪って人にうつすと治るっていうじゃないですか。そういう映画。人に話して、自分が楽になるっていう(笑)。
山田:どんどん広めてほしいです。
役柄に共通する三人のキャラクター
Q:木村のカリスマ性は、リリーさんに重なる部分はありますか?
瀧:ありますね。面倒見がいい人なので、相談したら何とかなるかも、困ったらリリーさんに聞いてみようっていう。
リリー:情婦が須藤のことを「憎めない人なのよ」と言うセリフに説得力があるのは、瀧の人柄の力だと思います。登場人物の中で人から一番慕われているのは須藤じゃないですか。須藤はたまたま得意なことが暴力だっただけで、心根は一番きれいな人ですよね。
Q:山田さんのことはどう思われました?
瀧:ハードコアだなーって思いました。役に対して真摯(しんし)に取り組む感じや全力感が目に見えてわかる。でも普段は非常に物静かで礼儀正しい人。そうか、こういう人をプロって言うんだなって思いました。空き時間に「どうぶつの森」でキャッキャ言わないよな、そりゃって(笑)。
リリー:物腰の柔らかい好青年なのに、現場で会うと藤井としての迫力がすごかった。眼力がものすごくて、押し負けてしまう。俺、目が乾いて目薬もらいに行きましたもん。
瀧:普段は腰が低くて礼儀正しいのに、ステージに出るとギャーン! とダイブできちゃうハードコアパンクのバンドマンみたいな。
リリー:ハードコアパンクの人って真面目だから。
瀧:そう。実は一番真面目。
山田:ハードコアパンクという言葉をもらえただけで、今回、この映画に出た意味があると思っています。ハードコアパンク俳優としてこれから頑張ります。
3人横並びのインタビュー。「どこに座ればいいですか?」と尋ねる山田に、「真ん中にどうぞ」と言うと「はじっこでいいですか?」と笑いながら着席。すると瀧も「おっきいのが真ん中に座っちゃダメでしょ」と端に座り、おのずと真ん中にリリーが座る。写真撮影では、立ち位置の注文を受けるたびに、ピエール&リリーが「これ、新生アリスって感じだね」「クラフトワークっぽい」「シュープリームスだ」とつぶやき、山田がニヤニヤ。面白くてすてきなおじさん2人と一緒にいる山田がとても心地よさそうに見えるひとときだった。
映画『凶悪』は9月21日より新宿ピカデリーほか全国公開