『人類資金』佐藤浩市&森山未來&阪本順治監督 単独インタビュー
それが泥舟とわかっていても覚悟を決めた!
取材・文:編集部 森田真帆 撮影:高野広美
映画『亡国のイージス』『北のカナリアたち』などの阪本順治監督が、原作の福井晴敏と共に脚本を担当し、旧日本軍の秘密基金といわれているM資金を題材に、アメリカ、ロシア、タイ、日本と4か国でロケを敢行した骨太エンターテインメント作品『人類資金』。阪本監督の絶対的な信頼のもと、M資金をめぐる闇組織の陰謀と戦いに巻き込まれていく詐欺師の男を演じた佐藤浩市と、6か国語を自在に操る、戦闘能力の高い謎の男・石優樹という難役に挑戦した森山未來が、阪本監督と共に本作への思いを語った。
阪本監督の執念に懸けた、俳優陣の覚悟!
Q:最初にこのプロジェクトの内容を聞いたときの印象を聞かせてください。
佐藤浩市(以下、佐藤):最初は、役のイメージがまったく何も出来上がっていないときに「M資金」という言葉だけが、阪本さんから入ってきたんです。国連をはじめ、いろいろなところにロケに行かなければいけないことも含めて「できるの?」って思っていましたね。
阪本順治監督(以下、監督):その頃は、俺と打ち合わせしていても、なんか上の空だったもんね(笑)。
佐藤:現実問題、この作品は一度流れかけたこともあった。そんな中でも、「やっぱりやろう」という執念のような思いを阪本順治監督からも、プロデューサーからも感じたんです。だからこそ、それが泥舟だとわかっていても、俺は乗るしかない。何としてでも向こう岸までたどり着いてやろうと覚悟を決めました。そういう作り手それぞれの思いが結実した結果の映画だと思っています。
森山未來(以下、森山):僕は最初に脚本を読んだときに、そもそもM資金が何なのかも知らなかったですし、資本主義がなんなのかとか、経済的な用語が多く出てきて、正直わからないことがたくさんありました。でも、脚本に貫かれている執念や熱意が見えたんです。これほどまでに、「俺たちはこう思っている」という主張を表している脚本は初めてで、セリフの全てが生々しさに満ちていた。自分もこの舟に乗らないと、役者として後悔すると思いましたね。
監督:もう船底に穴が開いていたからね(笑)。極寒の地と灼熱の地を行ったり来たりしながら、雑巾で穴に栓をして、役者やスタッフに「乗ってきて!」と必死に叫んでいる感じ。サカモトのツラも気質も、全てわかってくれる人じゃないと、ちょっとやそっとじゃ乗ってくれないよと思いましたね。
佐藤:俺にしてみれば、良く知っている泥舟なんでね(笑)。それでも、これだけのスタッフやキャストが集まるというのは、やっぱり阪本順治という監督の演出と、彼の持っている空気感がそのまま「阪本映画」なんですよ。そこに懐かしさと親しみと新鮮味を覚えてくれる方々が集まってくれているんだと思うんです。まあヴィンセント・ギャロは、そんなことわかっていなかっただろうけど(笑)。それでもギャロまで泥舟に乗せちゃうんだから、大したもんだよ!
キャスティングに託された、阪本監督の思いとは?
Q:阪本監督がお二人の演技に期待したのはどんなところでしたか? またお二人は役柄に対してどう臨んだのでしょうか?
監督:浩市さんは僕に対しても厳しいことをおっしゃるので、こういうむちゃな企画に手を出すときには、横にいてもらわなくちゃいけない人なんです。当然役者の技量としては、心から信用していますし、何の心配もなかったんですが、ただ脚本の額面通りやったってつまらないですから、この限られた条件の中で、どんな遊びができるか挑戦したかった。
佐藤:数日の撮影を経ると、自分が最初に用意していった真舟の人物像が、だいぶくだけたキャラクターになったんです。M資金詐欺に抵抗しながらも巻き込まれていく様子を、うまく成立させるためには、少し抜けたところのある気のいいおっさんの方がいいんじゃないかと思いました。寅さんではないけど、詐欺の腕は超一流でも、人としては一直線過ぎて抜けていることで、まったく別の闇社会で生きている人間たちとの温度差を作れるかと思ったんですね。
監督:森山さんが演じた、石優樹という役は、僕も原作者も特異な存在として、観客をびっくりさせたい部分もありながら、ある種の初々しさも欲しかった。『北のカナリアたち』の冬編だけ撮り終えた後、森山未來という俳優なら、課題をいくつ渡しても全てクリアして、なおかつ自分を追い込みながら石優樹という複雑な役柄を演じられるだろうと思ったんです。
森山:僕にとっては、いろんな無理難題があったほうが面白い。この石優樹という役どころは何者でもない人として、ちゃんといられたらいいなと思っていました。なので、立ち居振る舞いや、話し方をいつも意識していましたね。
映画のために原作を作る、阪本監督の真意とは?
Q:タイトルを聞いたときは、重厚な人間ドラマを想像していましたが、実際はアクション満載の骨太なエンターテインメントに仕上がりましたね。
森山:僕は、撮影の後に原作を読んだのですが、最初のアクションシーンがすごいことになっていて、「こんなことを求められていたのか」と血の気が引きました。
監督:俺なんて、原作を読んでドヒャーですよ(笑)。結局、福井さんに原作をお願いしたのは、自分一人がオリジナルで脚本を書いても、良く言えば「重厚感」、悪く言えば「重苦しい」独り善がりなメッセージだらけの作品になってしまうと思ったからなんです。今回は、それは避けなければならない。そんな重苦しい映画に、今はお金が集まるわけがないですからね。でも福井さんにお願いしたことで、『亡国のイージス』のように 国防問題を扱いながらもエンターテインメントにすることができる。その力に頼ったんです。
佐藤:なるほどね。今回阪本臭がしないのはそういうことなんだよね。初めは、もっと生臭くてドロッとしたイメージを想像していたんですが、最終的にはまったく違うスタイルになっていた。だから正直びっくりしたんだけど、今の阪本監督の話を聞いて、なぜそんな当たり前のことに合点がいかなかったんだろうって思った。
監督:俺も一瞬「なんで俺、このテーマでカーアクションを撮っているんだ」ってクエスチョンにはなったけどね(笑)。ただ今回は、お客さんが飽きた頃にただやみくもにアクションを見せるというわけではなくて、登場人物の思いに添ったアクションを入れたかった。森山に関していえば、通常の殺陣にプラスしてイスラエルで考案されたクラブマガという特殊な戦闘術を3か月間トレーニングしてもらったりしました。
『人類資金』が持つ、映画のチカラ!
Q:これほどまでに、作り手の思いを主張した映画はとても珍しいと思いますが、本作の持つ「力」はどんなところにあると思いますか?
監督:東日本大震災の直後は、撮影していると瓶を投げられたり、ライトを蹴飛ばされたりしたという映画の撮影現場の話を聞きました。今、映画を撮っている場合なのか、いろんな映画人が自問自答していたと思うんです。この映画は、その問いに対して、「もっと意見を言う映画があっていい」という僕なりの答えです。
佐藤:結局人間というのは、生きていくうちにお金で何でも解決できるとどこかで錯覚したりしてしまう。でも、もともとわれわれはそうではなく生まれているはずなんです。東日本大震災のあのとき、お金の無力さも僕たちは知った。あのとき、自分たちがどう生きていくのか、生かされるのかということを考えたように、この映画からも何かを感じてもらえればうれしいですね。
森山:この作品は、確かに娯楽も含まれた骨太のエンターテインメントではあります。でもやっぱり、監督が訴えたいメッセージというものが真ん中にドンと置かれている。だから、この映画に関わったことで、お金のことでわかったことや、見えたことはたくさんありました。泥舟とわかっていても乗ったということは、最初から無意識にその舟に手を掛けていたということだと思うんです。
佐藤の口から思わず飛び出した「泥舟」という言葉には、親友でもある阪本順治監督への最大限の愛情が感じられた。監督と俳優の間に完璧な信頼関係が成り立っているからこそ、監督が示すメッセージを伝えようと、役者は最高の演技を見せてくれる。日本映画界をけん引する実力派俳優たちが集結した作品は、お金に支配される、という世の中で、何を大切にすべきか、いま一度考え直させてくれる大きな力を持っているはずだ。
映画『人類資金』は10月19日より全国公開