『四十九日のレシピ』永作博美&石橋蓮司 単独インタビュー
若い人から年配の人まで、全ての人に効く処方箋
取材・文:須永貴子 写真:高野広美
亡くなった母の遺志である「四十九日の大宴会」を開催することで、遺(のこ)された家族と友人たちが次の一歩を踏み出す感動作『四十九日のレシピ』。怜悧(れいり)なまなざしでキャラクターを演出するのは、タナダユキ。亡き妻・乙美の夫・熱田良平を演じたのは、ベテラン俳優の石橋蓮司。そしてその娘の百合子を演じたのは、映画『八日目の蝉』の実力派女優の永作博美。撮影初日から父と娘としていられたという永作と石橋が、父と娘の関係や思い出のレシピについてじっくりと語り合った。
ファーストシーンから親子になれた
Q:お二人が父と娘を演じるという配役を聞いたとき、どう思われましたか?
永作博美(以下、永作):蓮司さんの出演作はたくさん観てきたので、初めてご一緒できるのが楽しみでした。
石橋蓮司(以下、石橋):永作さんの最近の出演作といえば、『八日目の蝉』ですよね。映画館で観たけれども、共演するということで、DVDで再見しました。「これはややこしいヤツを相手に芝居しなきゃなんないな」と思いましたね(笑)。
永作:えー、そんな(笑)!
石橋:脚本を読んで想像してみると永作さんがぴったりだったからか、何の抵抗感もなくスッとお芝居ができましたね。
永作:わたしも初めて現場でセリフを交わしたときから違和感もなければ距離もなくて。いきなり蓮司さんが演じる良平さんを叱らなきゃいけないシーンで、遠慮せずに「もー! お父さん!」って怒れました(笑)。
石橋:百合子という娘はとても繊細でかわいいけれど、父親に心を開かないままなんですね。「ややこしい娘が出戻ってきたな」ということを、永作さんが演じる百合子のたたずまいで実感できました。
永作:良平さんは、とっても頑固で人との距離を縮められない、堅物のにおいがプンプンした人。そういう人物としてブレずにいてくださったので、こちらもしっかりと向かっていけた。とても助かりました。
Q:良平さんはつい大声を出してしまったあとに「アワワ」と戸惑う感じがあって、とてもかわいかったです。通り一遍の頑固さではなく、隙がありますね。
永作:そうですよね。ズルいんです(笑)。百合子に気を使ってしまう感じを表現されていて、「うまいな~!」と思いました。
石橋:彼には常に選択肢が二つしかないんです。正しいか否か。やるかやらないか。右か左か。頭の中ではいろいろ考えるけれど、言語化できるのはそれぐらい。一方の百合子は非常に繊細で、「食べるのか? 食べないのか?」とお父さんに聞かれて「食べたいけど、食べたくない。食べなくたっていいでしょう?」という複数の感情を動かす。そこで彼は「どっちかはっきりしやがれ!」と腹が立って大声を出してしまうんです。
永作:百合子は百合子で、そういう良平さんの雑さに腹を立てている。対照的な親子でしたね。親子、特に父と娘はこういう関係が多いのかもしれませんね。
世代の違う共演者から学ぶこと
Q:そんな熱田家に、異分子が3人入ってきます。二階堂ふみさんが演じるイモ、岡田将生さんが演じる日系ブラジル人のハル、そして淡路恵子さんが演じる良平のお姉さん。3人とも思ったことを全て口にする、強烈なキャラクターです。
石橋:淡路さんの役は良平のお姉さんなので、あの地方の価値観もあって、良平と同じ軸にいると思います。ただ、イモとハルが入ってきたときは、ただただぼうぜんですよね。良平は人とコラボレーションをしたことがないし、それを迫られたら逃げてきた。でも今回は押し掛けられて、ただぼうぜんとしながら過ごしていました。
永作:でも、結局良平さんは二人とすごく仲良くなっていましたよね(笑)。
石橋:食わず嫌いなだけだったというね(笑)。若いうちからもっといろいろなものや人を受け入れていれば、妻である乙美に対して、こんなにも心残りはなかったんだろうね。
永作:百合子は、良平さんのなかなか人を受け入れない性格だけ受け継いでしまっているんです。イモとハルが来たときも心を閉ざしていた。気のちっちゃい父娘なんですよね~(笑)。他者に対してもっと柔軟にできていれば、“おっか”ももっと幸せに死ねたのになあって。
石橋:百合子も浮気した旦那(原田泰造)と、もうちょっとうまく渡り合えていただろうね。
永作:淡路さんの発声にびっくりしました。淡路さんのセリフは、ほぼ小言なんです。ああいうセリフってズラズラッと言われてスーッと抜けていくイメージなんですけど、声が通るので、セリフの一字一句が全部入ってくる。役者としてのスキルの違いをまざまざと感じて、とても勉強になりましたし、これからはちょっと発声を気にしようと思います。そこを気にするかしないかで、役の印象を変えられる。新しいヒントをいただけたと思います。
石橋:俺の感覚的には、岡田くんは俺たち世代と同じような好奇心と情熱を持っている。素晴らしい俳優になると思いますね。そしてふみちゃんは、ものすごい勉強家だね。
永作:本当にそうですね。
石橋:非常にたくさんの映画を観ている。単館系とか、俺が昔に出演した映画も観ていて、「あのときはどうだったんでしょうか?」なんて質問をしてくる。好奇心が旺盛で、それがよく役に生きているなと思いました。
永作:エネルギッシュだし、前に向かっている気がします。すごく積極的で、先輩方に質問できることが素晴らしいし、現場でまんべんなくいろいろな方とお話をされているところもすてきだなと思いました。岡田くんはとにかく素直なお芝居をされる方。日系ブラジル人という一番プレッシャーのかかる役をスルリとやっていてびっくりしました。お話をしても、特に不安そうでも心配そうでもなく、素直に真っすぐにやれているのがすごいなって。本当に天使に見えました。
石橋:百合子を買い物に連れ出すシーンも、彼には意図も悪意もないから全然失礼じゃない。むしろ、「なぜ百合子は渋るんだ?」と思わせる。
永作:百合子はいろいろ考えちゃう性格なんです(笑)。
あれこれやり過ぎないことが、料理の秘訣
Q:この映画には、乙美さんの残した熱田家独自のレシピが出てきます。塩ラーメンにバターを入れたり、揚げたてのコロッケをソースでビシャビシャにしたり。どれがおいしかったですか?
石橋:どれもおいしかったけれど、やっぱりコロッケパンだね。あと、豚まんもとてもおいしかったねえ。
Q:豚まんは、良平さんと乙美さんの出会いのきっかけになる食べ物ですね。
永作:わたしは料理を作るシーンはあったんですけど、タイミング的にあまり食べられなかったんです。どうしても何か食べたくて、食べちゃダメだと言われていたカボチャの煮物をつまんでしまいました(笑)。そのあまりのおいしさに感動して、(フードコーディネーターの)なかしましほさんに作り方を聞いてみると、「火はちょっとしか入れず、味を決めたら、ふたをして置いておく」と教えてくれました。その方法でやってみたら、これがものすごくおいしくできたんです!
石橋:ああ、できたんだね。
永作:そうなんです! 味をしみ込ませるためについ火を通し過ぎてしまうけれど、あれこれやり過ぎちゃいけないことを知りました。
Q:ちなみに、お二人の人生における思い出のレシピは?
石橋:たくさんありますけど、おふくろの味といったらちくわ煮ですね。それでその女性の腕がわかる。味付けはしょうゆとお砂糖だけ。ご飯のおかずにもなるし、一杯飲めたりもする。簡単そうで結構難しいんですよ。
永作:シンプルなものほど難しいですよね。わたしは、母が働いていたので、大量に作ってあったおかずを何日も食べ続けたのをよく覚えています。特にけんちん汁は、何日かたってからのものが大好きで、学校から帰って夕食を待てないときは、ご飯にけんちん汁を掛けてかきこんでいました。
何といってもすごいのは乙美お母さん!
Q:この作品が観客にどんなふうに届いたらいいなと思いますか?
石橋:大きな事件もなく、淡々としたよくある話なのに、丁寧に撮っているから深い話になっているんじゃないかな。特に30代後半から40代の女性は百合子のたどる心理状態に乗りやすいと思いますので、ぜひ観てほしいですね。
永作:でもこの映画は、その年代の女性だけじゃなく、年配の方や若い方にも処方箋になるんじゃないかなあ。きっと何かしら重なる部分があると思うので、試しに観てもらえたらうれしいです(笑)。
石橋:それにしても乙美お母さんはすごいですよね。亡くなる前に遺書や財産分与については書けてもね、なかなか自分の四十九日のことまでは書けないですよ。この剛胆(ごうたん)さは素晴らしい。
永作:しかも、急に亡くなったんですよね。ということは、いつか来る日のことを想像して用意していたわけで。そこがすごいと思うんです。
石橋:まあ、俺(良平)のことが心配だったんだろうね。つまりは俺のおかげだ。
永作:「おかげ」になっちゃった(笑)。
ツーショットのインタビューはこれが初。良平と百合子の親子関係についてあれこれ話していると、永作がふと「蓮司さんと会話すると、見え方や理解が膨らみますね」と発言するなど、お互いにとっても新鮮な意見交換の場になった様子。撮影中は、石橋の「かっこいい風がいいかな。それともお父さん風?」という問い掛けに、永作が即座に「かっこいい風で!」とリクエストするなど、仲良し親子のような関係性が垣間見えたが、劇中ではなんとも不器用な親子を演じている。二人が四十九日の大宴会を経てどう変わるのか、注目してほしい。
(C) 2013 映画「四十九日のレシピ」製作委員会
映画『四十九日のレシピ』は11月9日より新宿バルト9、有楽町スバル座ほか全国公開