『ゲノムハザード ある天才科学者の5日間』西島秀俊 単独インタビュー
危ないことに挑戦し続けたい
取材・文:柴田メグミ 撮影:本房哲治
第15回サントリーミステリー大賞読者賞に輝く司城志朗の小説を、韓国のキム・ソンス監督が映画化した『ゲノムハザード ある天才科学者の5日間』。平凡な会社員・石神武人の記憶を「上書き」された韓国人科学者、オ・ジヌが命懸けの逃走劇を繰り広げていく日韓合作のアクションサスペンスだ。主演は、監督から熱烈なラブコールを受けた西島秀俊。数々のアクションを自らこなし監督の期待に応えた西島が、過酷ながらも思い出深い撮影現場を振り返った。
海外の監督と組んで得られる醍醐味
Q:キム・ソンス監督からのアツいお手紙に胸を打たれたことが出演のきっかけだったそうですが、撮影現場でも監督のアツさを感じられましたか?
どのシーンでも情熱と愛情を込めて演出をされる方でした。とにかくOKが出ない(苦笑)。作品を観ていただければわかると思いますけど、1カット1カットの密度が濃いです。演技だけじゃなく、美術など全パートに対する要求がとても高くて、何度もテイクを重ねました。
Q:テイク数が増えるたびに気持ちが落ちていく役者さんもいるようですが、西島さんは気になりませんか?
僕は全く問題ないです。カットを撮り終えるたびにキャラクターの心情などディテールを丁寧に説明してくださる監督なので、そこにはストレスを感じませんでした。
Q:『CUT』ではイラン出身のアミール・ナデリ監督と組まれましたが、海外の監督と仕事をする魅力や醍醐味(だいごみ)は何でしょう?
撮影の進め方も演出もやっぱり全然違いますよね。それだけに自分が想像していなかったようなアプローチでの演技を要求されることがあるので、すごく刺激になります。
Q:キム監督から受けた、最大の刺激は何でしたか?
監督は前作の『美しき野獣』という暴力刑事が主人公の作品でも、主人公と母親の関係を色濃く描いています。家族への想いがすごく強いんです。だから例えば石神が妻の死体を見たときのリアクションも、悲しみや胸の痛みといった感情は同じでも、伝える言葉が違うという発見がありましたね。とにかく今回は「妻のことを強く想いながら演技をしてくれ」とずっと言われていました。
厳しいダメ出しの末に生まれたあのアクションシーン
Q:妻への愛と同時に、石神とオ・ジヌの記憶のバランスを常に意識して演じられていたわけですね。
今回の役柄は「二つの人格に切り替わる」わけではなく、「二つの記憶が混ざっている」状態なので、かなり複雑でした。原作にほれ込んだ監督が何年もかけて進めた企画だけに、脚本もものすごく緻密に練られているんですよね。
Q:二人の記憶のバランスについては、現場で監督とよく話し合われましたか?
撮影に入る前に2日間くらいかけて、1シーン1シーンを細かく全部、主人公の感情から右利き左利きなどの動きまで、監督と確認作業を行いました。クランクイン前の打ち合わせというよりも、全シーンをチェックする作業ですね。撮影期間があまり長くなかったので、現場ではひたすら撮影に集中していました。
Q:撮影は、神戸と韓国で行われたそうですね?
神戸だからこそできた撮影というのが、今回はたくさんあります。例えばカークラッシュのシーン。1回目のテイクもすごかったのに、監督とアクション監督がダメ出しをしてようやくOKになったのは、車が実際にカメラにぶつかっていったテイク。一晩中追い掛けられたり、とにかく昼も夜もずっと撮影していました。空き時間にはアクション練習と、韓国語のセリフの勉強もしなくちゃいけない。終始、緊張が続いた現場でしたけど、それがまた良かったですね(笑)。台本を読んだときに正直、「どうやって撮るんだろう」「どんな演技をしたらいいんだろう」とわからないシーンもありました。でもスタッフ、キャスト全員がそのシーンのために準備をして、それが結実するのが、映画作りの一番の醍醐味(だいごみ)ですね。
苦労していないと感じたら、それはダメなカット
Q:代役を立てずにほとんどのアクションを自ら演じられたそうですが、最もキツかった、あるいは印象に残っているのはどのシーンですか?
ガラスの屋根の上を滑り落ちたりよじ登ったりするシーンは、すごく印象深いですね。「本気で踏むとガラスが割れるかもしれないから、鉄の部分に乗ってくれ」と言われたんです。でも真夏だったので、足の裏をヤケドするほど鉄がものすごく熱くなっていて、結局ガラスの上をよじ登りました(笑)。かなり過酷なシーンでしたけど、楽しかったですね。
Q:ヤケドをしても楽しいと言える西島さんは、役者として自分の肉体をイジメるのが好きなのでしょうか。
もちろん、痛いのは嫌ですよ(笑)。ただやっぱり、全力を尽くして自分をギリギリまで追い詰めて、ようやく1カットいい画を撮れるか撮れないかの状況になると考えていて。自分が苦労していないと感じたとしたらそのカットは良いものではないはず、と今は思いながらやっています。肉体的にかなりハードなことも、結果的にやっただけの価値があるカットになっているので、今後も危ないことに挑戦していきたいです。
Q:アクション演技に対する意欲が高まっているようですが、これから特に挑戦してみたいタイプのアクション映画はありますか?
僕はジャッキー・チェンを観て育ってきましたから、カンフーには憧れますね。ただ今回の映画でも撮影中の連続テレビドラマ「MOZU」でもそうですが、自分が要求されるのは人間くさいアクション。自分がもし今後やっていくとしたら、特殊技能を持った人間が華麗に戦うのではなく、普通の人間がリアルに戦う重みのあるアクション。演技の延長線上としてのアクションなんだと思います。
ハッピー? バッド? 見方の分かれるラスト
Q:怒濤(どとう)の5日間の果てに描かれるラストについては、どのように受け止めていますか?
ある意味ハッピーエンドに見えるけれど、記憶や思い出をめぐる切なさや悲しさみたいなものがある、すごくいいラストだと思います。そう簡単に先が見えないストーリーなので、一度観てくださった方もきっと「あれは一体、何だったのか?」と、何度でも観たくなるはずです(笑)。
Q:西島さんご自身には、特に忘れたくない、あるいは忘れられない記憶はありますか?
家族の記憶は、大切な記憶として残っていますね。忘れたくないと意識しているわけではありませんが、亡くなった親族と最後に交わした会話みたいなものは、すごく覚えています。
Q:今作がワールドプレミア上映された釜山国際映画祭へは、野外舞台あいさつのためだけに日帰りで駆け付けていましたね。「多忙のため欠席」という選択肢が西島さんになかったのは、主演俳優としての責任感によるものでしょうか?
映画はやっぱり、観客の皆さんに観てもらって完成するものだと思います。ラストの解釈についてもハッピーなのか悲しいのか、皆さんがどう感じるかということには僕も興味がありますし、作品と一緒に皆さんのところへ行きたい。撮影が終わったら仕事はもう終わり、ということではないと思います。
ダーク系のスーツをさっそうと着こなして現れた西島秀俊。その言葉の一つ一つから、キム・ソンス監督に勝るとも劣らない、映画への揺るぎない情熱や愛情がにじみ出ている。愚痴や不満をこぼしても不思議ではない緊迫したシチュエーションを楽しみ、苦労を価値へと転化させていく彼だからこそ、今の成功があるのだと実感させられる取材となった。国内外の熱血映画人たちをとりこにし続ける彼の新たな魅力を、思い切り堪能できる野心作だ。
映画『ゲノムハザード ある天才科学者の5日間』は1月24日全国公開