『銀の匙 Silver Spoon』広瀬アリス&市川知宏&吹石一恵&吉田恵輔監督 単独インタビュー
役者と監督が近い距離で作った青春映画
取材・文:須永貴子 撮影:奥山智明
週刊少年サンデーに連載中の大人気漫画を映画化。北海道の農業高校を舞台に、酪農の現場を通して登場人物の成長と友情を爽やかかつユーモラスに、そしてシビアに描く傑作青春群像劇に仕上がった。ヒロインの御影アキを演じる広瀬アリス、その幼なじみで離農を体験する駒場一郎役の市川知宏、豚舎を担当する富士先生役の吹石一恵、そして吉田恵輔監督の4人が撮影現場を振り返り語り合う。
全ての役者が輝きを放つ青春群像劇
Q:素晴らしい青春群像劇でした! お三方の見どころを吉田監督から語っていただけますか?
吉田恵輔監督(以下、吉田監督):アリスはそれまでの努力がクライマックスで咲き出す瞬間でしょう。むちを手に馬を駆る後ろ姿が勇ましくて、男から見ても「先輩、かっこいいッス!」とほれぼれします。
広瀬アリス(以下、広瀬):乗馬とばんえいはトータルで5か月くらい練習して、代役なしで全部のシーンを自分でやらせてもらえました。その成果がちゃんと映像に残ったことがうれしいです。
吉田監督:市川君はオーディションで八軒との別れの芝居をやったときに、ものすごく哀愁が漂っていて説得力がありました。フォトジェニックだから本人はボーッと立っているだけでも、ものすごく考えているように見える。逆に、入学直後のシーンでは必要ないのに思い詰めて見えて「八軒が思い詰めて見えなきゃいけないのにおまえのほうが重いぞ!」みたいなことを言いましたね。
市川:リハーサルで監督から「もうちょっと普通に明るくていいよ」と言われました。原作を読んだら暗いイメージだったので、意識しすぎちゃったんですよね。
Q:吹石さんは豚舎の先生役ですね。
吉田監督:原作マンガのキャラクターが『トゥームレイダー』のアンジェリーナ・ジョリーみたいなんですよ。それを破壊力満点に再現してくれました。
吹石一恵(以下、吹石):現場では衣装を着るたびに「よし! 今日も『トゥームレイダー!』」と自分に言い聞かせて撮影に臨みました。
吉田監督:原作から抜け出たようなキャラクターでは映画のリアリティーを壊してしまいかねないところを、吹石さんは地に足の着いたお芝居をしてくれてさすがでしたね。
芸能人のキラキラオーラを見事に封印!
Q:皆さん見事な道産子になっていましたね。
吉田監督:現地で生活してそこに暮らす人たちと触れ合うことで、その土地の空気感みたいなものを吸収するんですよ。特にアリスはかなりハーフ顔だから、北海道の酪農家の娘になるのはハードル高いなと思っていたんです。でも、かなり北海道っぽい雰囲気になりましたね。
広瀬:ホントですか?
吉田監督:クランクイン前に「アリスの都会のにおい消えるかな……」って懸念していたこと取材を受けるまで忘れてた。
広瀬:良かったですー。
吹石:「Seventeen(セブンティーン)」のモデルさんなのにね!
Q:どうやって御影アキになったんですか?
広瀬:クランクインの1か月前、合宿で北海道に行ったときに、花柄のワンピースなどの服を全部捨ててデニムとスカートとパーカーだけで挑みました。
吉田監督:泊まり込みでいろいろな酪農体験をしたことも大きかったでしょ?
広瀬:人一倍搾乳しました。でもわたし、搾乳シーンがなかったんです!
吉田監督:その苦労が「Seventeen(セブンティーン)」のにおいを消したんだよ。(中島)健人も北海道の合宿後、キラキラが消えたよね。
Q:中島さんは現場ではどんな存在でしたか?
広瀬:ムードーメーカーです。誰にでも声を掛けて、必ず話の中心にいました。
市川:一番スケジュールがタイトで大変なのに、負の要素を持ち込まないんです。
吉田監督:アリスは「うまく馬に乗らなきゃ」と考え込むけど、健人はあんまり考えていない。自分が苦手なことやできないことも、ひっくるめて楽しむタイプだよね。
広瀬&市川:そう!
吉田監督:プレッシャーを感じなきゃいけない場面で失敗しても「くっそー! もう一回がんばるぞー(笑)」みたいな感じで、プラスの視点で取り組める。だから周りも応援したくなるし、自然とみんなを引っ張るキーマンになっていた気がします。全てを楽しむから上達が早いし、伸びるタイプ。リハーサルのときは、すでに役の空気になっていたアリスや市川君に比べると、健人は少し浮いていたんです。そこで普通は焦るところを、「じゃあこうしていこう!」とポジティブに捉えることができる。そういつヤツとは一緒に「いいもん作ろうぜ」って気になりますよね。
吹石:失敗すらエンターテインメントにしてしまうんですね。すごい!
動物たちとの共演に監督もお手上げ!?
市川:吉田監督じゃなかったら、動物のこともあったし、もっとピリピリした現場だったと思います。
吉田監督:初日はやばかったねー。鶏がまったく言うことを聞かなくて、1カットも撮れなかった。結局、鶏絡みの2カットを撮るのに3日かかったからね。
吹石:3日も!?
吉田監督:そうだよ。あのときは「この映画終わらないかも……」っていう嫌な空気が流れたよね。4日目からなんとか進み始めたけど。
吹石:子ブタたちがおっぱいを吸うシーンも大変でしたね。一度飲み始めるとおなかがいっぱいになるまで離れないから待つしかなくて。
吉田監督:ストレスの嵐でしたよ!
広瀬:でも、この映画ののんびりとした空気感はまんま監督の空気感なんです。吉田ワールドがさく裂しています。
吉田監督:俺、いいかげんだからね(笑)。
広瀬:こんなにキャストと監督の距離が近い作品はなかなかないです。
吹石:初日にご挨拶をしようと監督を捜していたのですが、スタッフの中にもベースあたりにも姿がなくて……。高校生役の役者さんたちと一緒になってキャッキャ遊んでいる大人っぽい人が監督でした(笑)。最前列でこの作品を楽しんでいる、あまりいないタイプの監督さんです。
吉田監督:若い役者に上から言うと萎縮してダメになっちゃったりするから、一緒に楽しみながらやったほうがいいんだよね。伸び伸びやって、いいアドリブなんかも出してくれたら俺の手柄になるし。
吹石:みんなが幸せになりますね(笑)。
青春映画にあるまじき主人公の成長物語
Q:この映画を通して観客にどんなことが伝わったらいいと思いますか?
広瀬:この映画のために初めて北海道に行ったとき、わたしは八軒君と同じで酪農に全く知識がなかったんです。映画を撮りながらこの映画が描いている酪農の大切さ、食のありがたみをすごく考えました。そういうことが伝わったらうれしいです。
吹石:この映画をきっかけに「いただきます」の意味を見つめ直してもらえたらいいなって思います。スーパーに並んでいる食品をたどっていくと、生きている豚や、土から生えた野菜に行き着く。そして、それを育てて安全にわたしたちに届けてくれる人がいる。そういうことが伝わったらいいですよね。
市川:自分が演じた駒場という役は、離農という大きな出来事を体験するけれど、諦めず、やる気を失わない。駒場のくじけない姿勢を見て、自分も頑張ろうと思ってもらえたらと思います。
吉田監督:これは八軒の成長物語ですが、ヤツは主人公としてあるまじきキャラクターなんです。ヒロインがレースをし、友達が離農を体験するクライマックスで、主人公は走って応援するっていう(笑)。自分が物語の主人公にならなくても、人のために行動したり誰かを応援することが、物語を引っ張っていく説得力になるし、人を引き寄せる力になるんです。何かに飛び込んで真摯(しんし)に向き合うと、おのずと周りが反応してくれて、気付いたら自分が成長する。そんな八軒を見て、自分に自信がない子でも、何かに挑戦してくれたらうれしいですね。
「せっかくだから宣伝しようと思って」と映画の舞台となる高校のロゴが入った赤いジャージを着て登場した吉田監督に「似合う!」「すごくいい!」と大盛り上がりの役者チーム。監督と一緒のインタビューでは、役者はついついお行儀が良くなりすぎる傾向にあるが、『銀の匙 Silver Spoon』チームは伸び伸びワイワイ。このチームワークが北海道でも発揮されたことは、映画の仕上がりを見れば一目瞭然だ。
映画『銀の匙 Silver Spoon』は3月7日より公開