『紙の月』宮沢りえ&大島優子 単独インタビュー
全てを失うのが怖くなくなった時、人は自由になる
取材・文:高山亜紀 写真:高野広美
約7年ぶりの映画主演作で、第27回東京国際映画祭最優秀女優賞に輝いた宮沢りえ。大学生と恋に落ち、勤め先の銀行で巨額横領を働き、次第に追い詰められるヒロイン・梅澤梨花を力強く、潔く演じた。罪を犯すにもかかわらず、その姿には悲愴感はなく、むしろ爽快なほど。一方、大島優子が演じるのは梅澤の同僚・相川恵子。角田光代の原作小説にはないキャラクターで、彼女が発した何げないひと言が梨花の心に波紋を呼ぶというキーパーソンを軽やかに好演した。
誰もが持っている、ヒロインのマグマのような本能
Q:東京国際映画祭観客賞、最優秀女優賞の受賞、おめでとうございます。ヒロインの梅澤梨花が罪を犯すにもかかわらず、これだけ支持されたのは宮沢さんの力が大きいと思います。
宮沢りえ(以下、宮沢):ありがとうございます。でも、授賞式の時にも申し上げたのですが、映画の中で光らせてくれるのは監督の力なので。本当に二人でもらった賞という感じが大きいですね。わたしの役割は気持ちを鎖のようにつなげていることだったのですが、順撮りではなかったのですごく難しくて。だけど、そこで常に120%の集中力をキープできていたのは監督をはじめスタッフの方々も含めて、現場の空気に支えられていたように思います。
Q:梨花をどのような女性だと思い、演じていたのですか。
宮沢:彼女が持っているようなマグマは全ての人にあるような気がします。でも、それは日常であったり、理性であったり、常識であったり、そういうものがふたになって、閉ざされている。彼女はその感情を100%さらけ出して、本能で走り切る。楽しいわけではないけれど、本能で生きるって気持ちいいという感覚はありましたね(笑)。とてつもなく大きなエネルギーが必要でしたが、爽快ではありました。
Q:だから、観客は彼女をちょっとうらやましく思うような感情を抱くんでしょうね。
宮沢:そうですね。クライマックスで彼女が街に消えていく背中は本当に美しく見えたし、彼女が向かう先にこそ、結果があるのではないかと。言葉だけで紡ぐと、梨花は何だかとても絶望的な女性に思えるかもしれませんが、彼女には観る者に希望とか未来を想起させるようなものがある。吉田大八監督(と脚本家の早船歌江子)が脚色した終わり方はとても映画的で、編集も素晴らしいと思います。
大島のコンプレックスを魅力と絶賛する宮沢
Q:大島さん演じる相川恵子は普通の女の子なのに、梨花よりも悪女に見えますよね?
大島優子(以下、大島):見えますね(笑)。相川は無意識ではありますが、梨花を破滅の道へと加速させる役どころ。梨花にいろんな言葉を発していくのですが、あくどかったり、故意に言っているような印象を与えないように意識して演じていました。あくまでも自然に、本能的にふと出てしまった言葉が、梨花を揺り動かしてしまったように見せたかったので、とにかく無邪気さを意識しました。
Q:梨花が恵子に影響されるように、宮沢さんご自身、大島さんに刺激されたことはありましたか。
宮沢:役柄もそうなんですけど、優子ちゃん自身も直感的な方なんです。恵子は、男性と付き合うのも、何をするにも常に直感で動いている人。最終的にはいい男を見つけて、パッと結婚しちゃう。その直感力が、彼女にも通じるところがあるような気がしました。それに監督の演出を咀嚼(そしゃく)して、表現として出していくリズムが、とても速いんです。
大島:いえいえ、本当に必死でした。宮沢さんも(先輩行員役の)小林(聡美)さんも、監督がおっしゃった言葉を瞬時にご自分の中に入れて、テイクごとに変わって、それぞれのキャラクターが完成していくのを間近で感じていたんです。なので「お二人についていかなきゃ!」とわたし、必死で(苦笑)。
宮沢:全然、そんなふうに見えないの。落ち着いてるなぁと思って。そうそう、わたし、優子ちゃんのちょっとハスキーな声、好きなんですよ。いろんな役ができそうじゃない?
大島:そうですか!? わたし、自分の中で一番、嫌いなところなんです。でも宮沢さんに言っていただけると本当にうれしいです。
宮沢:個性的でいいよ! わたし、安藤サクラちゃんの声も好きなんだけど、彼女も声がコンプレックスなんだって。コンプレックスって、他人から見ると魅力に見えることがあるんだね。優子ちゃんの声は可能性に満ちていると思う。すっごい悪女を演じた時なんか、このハスキーな声が似合うし、清純な役だったらギャップが出ていい。優子ちゃんの声で、すごい妄想しちゃうな。極道物とかも似合いそう。それくらい、骨太なところもあるしね。
ほぼ初対面で大島をB型と見抜いたB型の宮沢
Q:逆に大島さんは宮沢さんの演技を間近でご覧になっていかがでしたか?
大島:これまで宮沢さんの舞台も何度も観させていただいていたんですが、本当にわたしからしたら大先輩。間近でお芝居を拝見できるだけでも光栄で、いろいろなことを吸収させていただいていました。先ほど、宮沢さんが直感力の話をされていましたけど、宮沢さんこそすごいんです。まだ、そこまでコミュニケーションを取っていないうちにズバリ、「B型だよね?」って言われて、「うわっ、すごい、見抜かれてる」と思いました(笑)。
宮沢:同じにおいがしたの(笑)。
大島:直感力がすごい方なんだなと実感しました。お芝居の時には、宮沢さんから、あふれ出るパワー、エネルギーに圧倒されました。常に緊張感を持っていらっしゃる方なので、わたしも身が引き締まる思いでしたし、何に対しても真摯(しんし)で、丁寧に取り組まれる姿勢はとても勉強になりました。
Q:吉田監督の演出はとても細かいと聞きますが、実際にはいかがでしたか。
宮沢:監督には明確なビジョンがあるので、そこにたどり着けないときには何度でもやりますね。でも、わたしとしては「好きなようにやってください」と言われることほどつらいことはないので、吉田監督のこまやかな演出が心地よかったです。
大島:顔の向きや目線、動きはどのくらい加えるのか、あるいは抑えるのかを的確に指示してくださいます。繊細であり、ご自身の中で描かれているディテールがはっきりしていて、監督の世界観に入り、演出の一つ一つの言葉に導かれて、原作にはない相川というキャラクターをつくり上げることができました。
宮沢が体感した「自由」の価値観
Q:先ほどの本能で生きるという話に通じそうですが、梨花の「ああ、わたし、自由なんだなって」というセリフが印象的です。自由になる感覚ってどういうものでしょう?
宮沢:全てを失うことが怖くなくなった時、人は自由になるんじゃないですかね。やはり、手放したくないものが一つでもあると、人は自由じゃないような気がする。梨花も何を失ってもいいって思えた瞬間から、自由を手に入れたんじゃないかなと思います。
子役時代から多くの人に愛され、大女優へと成長し、世界の注目を浴びるようになった宮沢りえ。その先輩を憧れのまなざしで見つめる大島優子。天才肌のB型という以外にも、二人には多くの共通点がありそう。とはいえ、スクリーンで見せる姿は、真面目な年上行員と、彼女をそそのかす小悪魔的行員と完全に形勢逆転しているのだから、女優恐るべし。そして、そんな彼女たちにミリ単位でダメ出しする吉田監督は、やはりツワモノだ。
【宮沢りえ】
スタイリスト:後藤仁子
ヘアメイク:黒田啓蔵(Three Peace)
【大島優子】
スタイリスト:百々千晴
ヘアメイク:小林あやめ
映画『紙の月』は、11月15日より全国公開