『杉原千畝 スギハラチウネ』唐沢寿明&小雪 単独インタビュー
英語のセリフがコロコロ変わって疲労困憊
取材・文:浅見祥子 写真:金井尭子
第2次世界大戦下、日本の政府に背いてまでユダヤ難民を救うためのビザを発給し続け、6,000人の命を救ったという“日本のシンドラー”を描く映画『杉原千畝 スギハラチウネ』。ポーランドでオールロケを敢行し、ポーランドの実力派俳優も集結した国際色豊かな作品は、実在した外交官の目を通して戦争の悲惨さや過酷さを伝える壮大な人間ドラマになっている。主人公とその妻・幸子を演じた唐沢寿明と小雪が、撮影の裏側を語った。
演技は計算じゃない
Q:杉原千畝という人物を、もともとご存じでしたか?
唐沢寿明(以下、唐沢):当時、多くのユダヤ人にビザを発給して命を救った日本人がいたことは知っていましたが、名前までは知りませんでした。杉原千畝さんについては何度かドラマ化されていますが、映画でどう描くのだろう? と思ったんです。
小雪:何人の命を救ったのかなど、具体的な人数は知りませんでしたが、杉原千畝さんのことは知っていました。奥様の幸子さんを演じることになって資料を拝見し、もっと深く知るようになりました。撮影に入るまでに時間があったので、何度も読み返したりして。ヒントがたくさんあって役に入りやすかったです。幸子さんは歌人としても活躍されているし、きっといろいろなことに興味を持って、器用にこなすタイプの方だったのだと思います。
唐沢:千畝さんには“インテリジェンス・オフィサー(諜報外交官)”の顔もあって、家でもほとんどしゃべらなかったのかもしれません。プライベートに関しては幸子さんの著書に書かれたものがあるくらいで、本当のところはわかりません。でも、同じ日本人ですからね。自信を持って演じれば伝わるんじゃないかと思いました。例えば家族に対する思いにしても、演じる俳優さんと向き合えば自然と湧き出るもの。どんな役柄でもそうですが、こう演じようなどと計算はしません。
Q:実在の人物を演じる、だからこその難しさはあるものですか?
小雪:試写のときに千畝さんのご家族や親戚の方が来てくださって、何人かにごあいさつしました。すると「(幸子さんに)似ているところもあったし、ステキに描いてくださってありがとうございました」と言っていただいて、とてもホッとしました。
唐沢:マネするわけにもいかないしね。
小雪:幸子さんは夫の赴任先にどこでもついていき、数年しか滞在しない国の言葉や文化を学ぼうとしたり、社交界の場やお茶会に出たりされていたそうです。そうしたことへ前向きに取り組めた、社交的な人だったのでしょう。夫があまりに寡黙だと何かと考えてしまう女性は大変かもしれませんが、夫が家に帰ると気が晴れるような方だったのかなと思いました。
唐沢:赴任先に家族を連れていって「日本に帰りたい」と言われても大変だけど、彼女は順応性が高く、切り替えが早かったのかもしれないね。
現場で変わる英語のセリフとの格闘
Q:予想以上に英語のセリフも多かったですね。
唐沢:それほど難しいセリフはなかったし、発音に関しては専門の先生に教えてもらっていました。意味がわかっていれば、そこに感情を込められるので問題ないです。やはりセリフが何語かなんて関係ないんだなとあらためて思いました。
小雪:わたしは家でのシーンが多いので、あまり英語のセリフはありませんでした。
唐沢:大変だったのは、現場でセリフがよく変わったこと。チェリン・グラック監督が「いま聞いていたらこっちの方がいいかも」と、紙にメモして渡してくるんです。またイチから覚えるような変わり方なのに「Ready……」と言ってすぐにカメラを回される(笑)。「え!?」と思うけど、もうやるしかない。
小雪:日本語のセリフだってガラリと変えられたら「もう回すの?」と思いますよね。
唐沢:ずっと集中し通しの撮影で、現場では休憩中は無駄な力を使わないようにしていました。現場で疲れを感じるのは本当に珍しい。いつもなら、どちらかというと不死身の部類に入るんだけど(笑)。エキストラで参加してくれた現地の人と会話したくても、その力が残っていなかったくらい。
小雪:日本のシーンもポーランドで撮ったんですよね。その日がちょうど休演日だった国立バレエ団の方たちがエキストラに来てくれたりして。だからよく見ると、通行人がみんなすごく姿勢がいい(笑)。
唐沢:どう見ても、バレエやっている人だな! ってね。
小雪:そういう意味でもお楽しみいただけると思います。
集中力を鍛えられた
Q:外国人キャストには、実際にヨーロッパやハリウッドで活躍されているポーランドの俳優さんを起用していることもあり、とても見応えのあるお芝居をされていて、千畝の秘書役の人は特に印象的でした。
小雪:彼は日本映画に出られることがうれしくてしょうがなく、とても楽しみにしていたそうです。
唐沢:駅での別れの場面では、俺の芝居を見ながらボロボロ泣いちゃって。いい芝居するな~と思って彼の表情を撮る番になると、緊張して涙が一滴も出なくなっちゃって(笑)。
小雪:かわいいタイプの人でしたよね。ポーランドの人ってピュアな人ばかり。
唐沢:みんないい人間だし、俳優としても素晴らしい。いろいろな意味で勉強になりました。その中で僕自身は集中力を鍛えられたというか、自分でもよくやれたなと。日本でもずっとそんなふうに集中していたらマッチの燃えカスみたいな顔になっちゃうってくらい(笑)。苦労も多く頑張ったのは確かだけど、終わってしまえば全て笑い話だね。
日本語と英語の違い
Q:英語のセリフを日本語で吹き替えたら、どんな感じになるでしょうね。
小雪:難しいですよね、英語のセリフには英語のセリフの良さがありますから。文法的に人の心にどしん! と伝わる言語なので、日本語独特の比喩的な文法に直訳して吹き替えると、ニュアンスが変わってしまったりして。英語で観た方が心に響くものがあると感じたし、もともとそういう脚本でしたよね。
唐沢:英語はストレートだからね。「Stop it!」が「止めなさい!」となると確かに違う。
小雪:「い」で終わると、印象も弱くなりますよね。日本語だとちょっと韻を踏むようにしゃべるし、「てにをは」などの助詞がつくとニュアンスが変わるような気がします。
Q:完成作を観た感想は?
唐沢:うまく編集されていて、台本より時系列がスッキリしてわかりやすくなりました。いまの社会状況と照らし合わせて「タイムリーだ」と言う人もいる。演じた自分でも「すごいこと言うな」と感じるセリフもあったんですよ。
小雪:皆さんがいいお芝居をされているから、編集が大変だったと思います。歴史的な事実関係を説明しながら人間ドラマをまとめていくのって難しく思えますけど、わたし自身もエンターテインメント作品として観られました。映画としてキチンと成立していて、長いと感じないのもいい作品である証。この映画で歴史的なことに興味を持った方は、さらに勉強するきっかけになるような余白も残して作られていると思います。
二言三言交わしながらやってきた二人の間には、長期海外ロケを経て生まれた“戦友”のような、ごくナチュラルな信頼感のようなものが流れていた。過酷なダンスレッスンに苦戦したことを唐沢にイジられても、ゆったりと笑って受け流す小雪。サービス精神からか、時折暴走気味に冗談をかます唐沢の発言を小雪がしっかりとフォローするなど、予想以上の相性の良さがスクリーンにも表れている。
映画『杉原千畝 スギハラチウネ』は12月5日より全国公開