『女が眠る時』ビートたけし&西島秀俊&ウェイン・ワン監督 単独インタビュー
ビートたけしを困らせたストーリーと演出
取材・文:柴田メグミ 写真:奥山智明
ベルリン国際映画祭銀熊賞受賞作『スモーク』のウェイン・ワン監督が手掛けた、初の日本映画『女が眠る時』。海辺のリゾートホテルを舞台に、親子ほど年の離れた妖しいカップルと、その謎めいた関係に取りつかれていく作家の物語だ。若く美しい美樹(忽那汐里)が眠る姿を動画に記録し続ける佐原役のビートたけし、そのたけしを“のぞき見る”作家・健二役の西島秀俊、そして監督が、複雑でミステリアスなウェイン・ワールドの裏側を語った。
たけしが演じる心情に憂慮した難役
Q:なぜ原作の舞台であるスペインでなく、日本で撮りたいと思われたのでしょう?
ウェイン・ワン監督(以下、ワン監督):わたしは俳優としても監督としても、たけしの大ファン。『その男、凶暴につき』も『HANA-BI』も『ソナチネ』も大好きです。そんなたけしが映画に興味を持ってくれたことをきっかけに、舞台を日本に移しました。
ビートたけし(以下、たけし):オファーを聞いて、どんな内容なのか知りたくて概要を見たんだけど、これは「肝心なストーリーを全部外してないか?」って思って。ストーリーをあえて教えずに、「本当のストーリーはこうです」という台本が別に撮影現場で用意されていると思ったら、そうじゃなかった。撮影が始まったら、台本とまた違うし(笑)。混乱しちゃった、ホント。
ワン監督:(爆笑)
たけし:だんだん映画がすごく幼稚になってきて、CGを使って吹っ飛ばしたり、誰でもハッキリわかるようなストーリーが主流の時代に、この映画は、映画におけるコンテンポラリーアートみたいな作品。書道の一字書からいろんな解釈をするのと同じようなね。
ワン監督:ヒデのことは『CUT』で知り、彼のパフォーマンスに心を打たれました。まだこの企画を温めていた段階から、ヒデとは健二のキャラクターについて、ずっと話し合いを続けてきたんです。
西島秀俊(以下、西島):ワン監督との初対面は東京でしたが、その後、香港でもお会いしました。香港では食事をしたりお茶をしたり、寒い街を歩きながらも、ほとんどこの映画の話ばかりしていましたね。画面には映っていませんが、健二の食事の仕方からお皿に料理がどれだけ残っているか、健二がどういう生まれでどうやって育ったかなど、ものすごく細かくつめていきました。
Q:たけしさんと西島さんは『劇場版 MOZU』とは全く異なる役柄や関係での再共演となりましたね。
西島:そうですね。今回の佐原はたけしさん自身とはかけ離れたような、もしかしたら内面には近い部分があるのかもしれないけど、今まで観客は見たことがない、表に出してこなかったキャラクターじゃないかと思います。
たけし:今回は、どういう心情で演じたらいいのかわからないことが一番困った。現実なのか、夢なのかと。ただし演じる時は全部、現実だと思ってやらないとおかしなことになる。現実のシーンとして演じて、撮り終わったときにそのシーンが現実なのか非現実なのか、まだわからなかったな(笑)。編集された作品を観たら、やっぱりいくらでも受け取り方があるなと思ったよ。
ワン監督:たけしに同感ですね。役者はどんなシーンも、現実だと思って演じなければなりません。
たけしは“友情出演”ならぬ“友情監督”
Q:撮影現場でシーンが追加されたり変わったりする、ワン監督の演出スタイルはいかがでしたか?
たけし:自分は監督もやるから、現場でパッと思いついたことこそを大事にしたいね。われわれはいただいた役を、監督に気に入ってもらえるように努力すべきじゃないかな。
西島:当初の脚本よりも、どんどん健二のイマジネーションや脳内に関わっていく話になっていきましたが、驚きや戸惑いはなかったです。出る予定のなかったシーンも、すごく楽しんで演じられましたね。ただ最終的に映画がどうなるのかは、まったくわからなかったです。
Q:健二と一緒に、観客も現実と妄想と夢の世界に翻弄(ほんろう)されますね。
たけし:より複雑になっていくと、いったい誰の妄想かわからなくなるようなね。たとえば監督と相談して入れた、佐原が健二ののどに冷たいカミソリをあてて「人間の脳は一瞬にしてストーリーをつくる」というシーン。その一瞬というのは、実は健二が最後に佐原を見た瞬間なんじゃないかなとか。果たして、本当にみんなは伊豆の今井浜に居たのかなという疑問もある。もし実際に居たとしても、健二はただプールサイドで幻想を抱いていたのかなとか。あらゆるシーンから対処の仕方が分かれて二乗二乗でいき、解釈も二の何乗になっていく。
ワン監督:たけしと一緒に作り上げたシーンはいくつもありますが、佐原のそのセリフは、今作の核になると考えています。たけしは今回、“友情出演”ならぬ“友情監督”。監督分のギャラは支払ってないけどね(笑)。作品をひも解くわたしからのヒントは、観客の想像以上に、(健二の妻である)綾(小山田サユリ)が全てに関わっているのではないかということです。
西島:綾は自分が求めるものを最初に全部、手に入れていたのかもしれない。だから正解を一つに決めつけるよりも、観た方が選んだ答え、「こういう映画」だと感じたことがまさに正解となる作品だと思います。
西島の意外な一面
Q:古くは『眠れる森の美女』から、近年では青年が永遠の眠りについた美女のとりこになる『アンジェリカの微笑み』まで、美女の寝姿というのは、男性のファンタジー心をそそるものなのでしょうか?
たけし:無理に理屈をつければ、隠すことも表現することもない、一番純粋な姿を見せる。寝ているときは何も考えていないし、ただ存在そのものだけ。寝ているときの美樹も、基本的に肉体や表情は変わっていくけれど、精神は表に出てこない。つまり一番ピュアな存在になる。
西島:やはり相手に知られずにじっと誰かを観察する、ということにはみんな興味があるんじゃないでしょうか。今回のストーリーは、バレていないと思って、佐原という謎めいた男性をずっと見続けているうちに、気づいたら自分が逆に巻き込まれてどんどんサスペンスに触れていく。その巻き込まれていく男を客観的に観るというよりは、観客も一緒に佐原のコントロールに巻き込まれていく感じがして、本当に面白かったです。
ワン監督:ケータイやスマホ、PCなどの情報ツールがあふれている時代に、われわれは何かをじっくり見るという時間をあまりとらなくなっています。けれど何かを、特に自分に近い関係の誰かを沈黙のうちにただ眺めたら、特別な発見や学ぶことがあるのではないでしょうか。
Q:佐原は愛しい女性の眠る姿を記録し続けるわけですが、もし自分なら、愛しい女性のどんな姿を残したいですか?
西島:あまり考えたことないですね(笑)。今はどちらかというと、いやでもいろんなものが映像で残ってしまう。もちろんいいものもたくさんあるけれど、全部一回さっとなくしてもらって、一本一本また最初から始めてみたいですね。残っていく重さ、つらさみたいなことを感じます。
Q:作品を残していくことが誇りである一方、重荷に?
西島:単純に10年前、20年前の自分が恥ずかしいという気持ちもあります。いや、今も恥ずかしいんですけどね(笑)。
たけしのコメント一つ一つに笑ったり喜んだりしていたワン監督と、たけしのひと言ひと言をかみ締めていた西島。またワン監督をアーティストと認め、西島の映画表現に全幅の信頼を寄せるたけし。互いにリスペクトし合う3人が一堂に会して完成させた『女が眠る時』は、男女の愛憎劇あり、ミステリーあり、官能あり、ユーモアありの大人のエンターテインメントだ。観賞後の会話も弾む作品だけに、映画ファン同士のデートムービーとしても最適だろう。
映画『女が眠る時』は2月27日より全国公開