『無伴奏』成海璃子&池松壮亮&斎藤工 単独インタビュー
1回目よりも2回目が面白い、ある意味恐ろしい映画
取材・文:那須千里 写真:平岩亨
反戦運動や全共闘運動に沸く1969~71年の仙台で、革命の熱気に憧れる女子高生の多感な季節を描いた小池真理子の半自伝的小説を、『スイートリトルライズ』(2009)などの矢崎仁司監督が映画化。バロック音楽の流れる喫茶店「無伴奏」で大学生の渉とその親友・祐之介と知り合った高校3年生の響子は、やがて渉との初恋に身を投じていくがその先には衝撃の運命が待ち受けていた……。激しい感情の波に翻弄される男女の関係を体当たりで演じた成海璃子、池松壮亮、斎藤工が、過酷にして贅沢な矢崎組を振り返った。
成海璃子、高校時代は思い出したくない!?
Q:学生運動が盛んな時代を舞台にしていますが、撮影前にはどんな準備をしましたか?
成海璃子(以下、成海):わたしは現場に入る前、劇中の響子が持っているデッサンノートと万年筆を毎日持ち歩くように矢崎監督から言われて、毎日字を書いて万年筆に慣れるようにしていました。あとは衣装合わせでもほかの組では考えられないぐらいの時間をかけて選んでいましたね。矢崎監督はご自身の意見はあえて言わずに、役者の着ごこちや意見、シルエットを大切にする方で、全部の衣装を着てみる必要がありました。
斎藤工(以下、斎藤):矢崎監督は多くを言葉で指示しないからこそ、衣装合わせが役に対する共通理解を形にする場面だったと思います。僕の場合は響子のビジュアルが固まったあとだったので、それに合わせて祐之介はどういう色味にしようかと考えていく流れでした。
池松壮亮(以下、池松):セリフは当時高校生だった小池真理子さんの原作のまま脚本に書かれていましたけど、それを口になじませていく作業は、方言の練習みたいな感じでもありましたね。現代劇のセリフだったらごまかせるようなところも逃げられないという課題があって。
成海:ただ、響子の気分みたいなものに関しては、逆にあまり時代の影響がなかったように思います。特に響子と同じ高校生だったころは、わたしにとってあまり思い出したくない時代。悩んでもいたし、いろいろ考えて響子のようにモヤモヤしていたので、現代に生きている自分の感覚でも十分にわかる感情だったんです。そんな多感な時期の成長を演じさせてもらえたのはありがたかったですね。
過酷な現場での距離を縮めた意外なトークネタ
Q:撮影現場でのお互いの距離感はいかがでしたか?
成海:何せ過酷な現場だったんです。寒くて、スケジュールもタイトで。とにかく気力を振り絞って……最終的にはバカな話をして励まし合うような感じだったかも(笑)。何か意識していましたか?
斎藤:今回の共演者の皆さんは初めてご一緒する方ばかりだったんですけど、成海さんが序盤に先陣を切って「あ、そういう話するんだ!」っていうような面白い方向に空気を持っていってくださった気がします。内容はあまり言えないんだけど……(笑)。
成海:言わない方がいいと思いますよ!
斎藤:少なくとも恋愛話は軽く超えていましたね(笑)。だけど相手との距離があったらなかなか言えないような、普段みんなが表には出さないような内容の話を、コミュニケーションの一つとして持ち出してくれたのはすごくうれしかったですね。ちょっと学生っぽいというわけじゃないですけど、連帯感みたいなものを主演の成海さんが作ってくださって、それを受けて現場の流れが構築されていった記憶があります。
池松:僕ね、それ覚えてないんですよ。
斎藤:本当? 俺はすごく印象的だったんだけど。
成海:思い出さなくていいです(笑)。
ラブシーンで一番大変だったのは池松壮亮!?
Q:劇中では肉体関係がそれぞれの運命を左右するだけに、こだわって撮られていましたね。
成海:わたしよりも池松君の方が大変だったんじゃないかと思います。
池松:ハードルは高かったです。
斎藤:一応受け手と攻め手の役割分担があるわけですけど、池松君の演じた渉は立ち位置が変わったりもするので、すごく複雑だし難しかったと思います。
池松:いやいや僕だって、受けて立つときはありますからねえ。
斎藤:そうだよね(笑)。
1回目より2回目が面白い恐ろしさ
Q:演じる上で特に手助けやヒントになったことはありますか?
池松:監督のOKをもらえないとこちらは役を全うできないので、それが一番のよりどころにはなりました。求められているレベルは相当高かったと思います、なかなかOKを出してくれないし。この3人に対してではないけど「僕に感情がわかり過ぎてしまったので、もう一回やってください」とおっしゃっていたことがあったんですよ。その感覚は矢崎監督を象徴するものの一つじゃないかと思いますし、その気持ちをそこまでストレートに表現するというのも面白かったですね。
成海:テイクを重ねるシーンもかなり多かったですよね。言葉で何かを言われるわけではなく、どういうのがしっくりくるかやってみてと言われて、監督がしっくりくるまで繰り返す。そのシーンで座っているのか立っているのか、どこにいたら落ち着くのか、立ち位置をずっと模索することもあって、それがなかなか、心が折れそうになったときもありました。まさに現場で作り上げていく感じでしたね。
Q:そのぶん、やはり強度の高い作品になっていると思います。そんな現場に参加して感じたこの作品の魅力はどんなところでしょうか?
斎藤:映画はやっぱりテレビの世界にはないものの象徴であってほしいなと思うんです。それは過激な描写だけじゃなくて、間だったり、説明が難しいものであったり、言い表せないものだと思うんです。そういう作品が時代とともに貴重なものになってきている中で、これは本当に劇場でしか味わえない映画なんじゃないかなと。喫茶店でコーヒーを飲むというのは、ある程度の時間と、精神的に余裕がないとできないことだと思うんですけど、それに近い贅沢な映画なんじゃないかなと思います。
池松:斎藤さんのおっしゃったことにつなげると、一度観れば十二分にわかる映画が多いこのご時世で、明らかに、1回目より2回目の方が面白く観えるように作ってあるんですよ。ということは多分、2回目よりも3回目の方が面白いんです。観れば観るほどいとおしくなってくるものを、あえて作っていると思うので、ある意味恐ろしい映画だと思います。
成海:矢崎監督に初めてお会いしたときに、すごくストレートな言葉で「あなたにやってほしい」と言われたんです。「僕の代表作にする気持ちでいるし、成海さんの代表作にする」と言ってくださって、撮影は大変でしたけど、引き受けてよかったとつくづく思いました。みんなにとって渾身の作品になっていると思うので、たくさんの人に観ていただきたいですし、観ていただけなければ意味がないと思っています!
本編での凛とした姿を地で行くようなたたずまいの成海と、ユーモアを交えながらも真摯な思いを語る池松、映画に対して豊富な言葉を持つ斎藤。いかに矢崎組がハードであったかは会話の端々からうかがえるが、その成果は完成した作品にしっかりと刻み込まれており、ある秘密をはらんだ物語には2度3度と見返していくたびに新たな発見がある。美しくも切ない恋愛劇に仕掛けられた伏線の数々はぜひとも再見されたい。
【成海璃子】ヘアメイク:廣瀬瑠美/スタイリスト:佐藤里沙(bNm)/衣装:サヤカデイヴィス(インターナショナルギャラリー ビームス)、ロキト(アルピニスム)
【池松壮亮】ヘアメイク:矢口憲一/スタイリスト:梶雄太
【斎藤工】ヘアメイク:KAZUOMI/スタイリスト:井元文子(Creative GUILD)/衣装:YOHJI YAMAMOTO(ヨウジヤマモト プレスルーム)、EDEN DESIGN(EDEN DESIGN INC.)
映画『無伴奏』は3月26日より全国公開