『レヴェナント:蘇えりし者』坂本龍一 単独インタビュー
映像に力がなければ、いい映画ではない
取材・文:中山治美 写真:奥山智明
アカデミー賞作品賞を受賞した『バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)』のアレハンドロ・G・イニャリトゥ監督と撮影監督エマニュエル・ルベツキが再タッグを組んだ本作。極寒の大地で繰り広げられるサバイバル劇を、自然光で撮った驚異の映像が話題だ。その映像に威厳と迫力を与えているのが、坂本龍一の音楽。坂本が、イニャリトゥ監督からの直々の指名を受けて挑んだ創作現場の裏側と、映画音楽に懸ける思いを語った。
目指したのは自然を感じさせる音楽
Q:2015年4月頃にイニャリトゥ監督から依頼を受けたそうですが、昨年は山田洋次監督作『母と暮せば』の音楽も担当されていますね。続けての作業だったのでしょうか?
いや、『母と暮せば』をやったら『レヴェナント』、また『母と暮せば』をやって……と二つの作品を交互に進めていきました。最初にエマニュエル・ルベツキが撮った荒編集の映像が送られてきたのですが、圧倒的にすごいのでたまげましたよ。前作『バードマン』を観たときも驚いたけど、それを超えていると思いました。同時に、CGも出来ていないし、色調整もされていない状態だったから、イニャリトゥ監督の映像のカラクリがわかっちゃって楽しかった。詳細は言えませんが(笑)。
Q:極寒の大地が舞台の映画です。坂本さんはアルバム「out of noise」で、北極圏で録った音から音楽を紡ぎ出しました。そのアルバムが依頼の決め手だったのでしょうか?
それもあるかもしれませんね。でも今回、監督と組んでみてわかったのですが、彼は僕の音楽をほとんど聴いているんですよ。映画音楽だけではない僕の部分も。『バベル』(2006)の時に提供した「美貌の青空」のメロディアスな楽曲も僕の一部だけど、アルバムで発表している抽象音楽も僕の一部。でも今回は、2001年から10年間にわたって一緒に活動したドイツ人音楽家アルヴァ・ノトと手掛けてきた、ノイズ的な音楽を望んでいたんでしょうね。
Q:メインテーマ曲は、何が起こるのかと波乱を予感させる音と、静寂が繰り返されるミニマル・ミュージックの手法が取り入れられています。その背後に、よく澄んだ空気の冬の大地で耳にするような、「キーン」という残響のような音がわずかに聴こえてきます。この曲を聴くだけで、冬の風景が目に浮かんでくるかのようです。
例えば台風のときに、「ヒュー」という電線が揺れる音がしますよね。それが人によっては、誰かが叫んでいるように聴こえたりします。僕なんかは浜辺に行って海の音を聴くと、一大シンフォニーのようで飽きることなく聴くことができるし、静かな雪原に立って「ヒュー」と風の音を聴くといい音楽だなと思うしね。自然音というのは、聴きようによっては意味を持って音楽のように聴こえてくるんです。その「キーン」も、どう聴くかによって音楽になってしまう。今回は、そうした音楽を必要とされたということです。ただ映画の中にはドラマもあるので、音楽もそれに寄り添わなければならないし、人間の心理も表現しなければならない。それを行いつつ、全体的には自然を感じるような空気感を出そうと思いました。
Q:初めて映画音楽を手掛けた作曲家が、本人が想定していたところと全く違う箇所でその音楽が使用されていてショックを受けたというのを聞いたことがあります。よくあることなのでしょうか?
意外と多いですよ(苦笑)。わりと音楽家が楽曲を提出した後に、つける場所は違うわ、勝手に切ったりするわ、映画の人たちはどんどんいじる。だから毎回完成披露試写を観るのがドキドキで、心臓にも悪いので本当は行きたくないんです。
Q:今回も結構予期せぬ使用が多かったですか?
今回は比較的、それは少なかったかな。
Q:『ラストエンペラー』(1987)でベルナルド・ベルトルッチ監督と一緒に仕事をしたときはいかがでしたか?
ひどかったです(笑)。
映画は力強い映像があってこそ
Q:坂本さんが組んできたのは、ベルトルッチ監督しかり、第66回ベネチア国際映画祭銀獅子賞を受賞した『男のいない女たち』(2009)のシリン・ネシャット監督しかり、イニャリトゥ監督しかり、映像にこだわりのある監督たちばかりです。音楽を担当するときに指針としているものがあるのでしょうか?
人によって映画の価値は違うと思うのですが、僕はどんなにテーマがよくても、どんなに大切な題材を扱っていたとしても、映像に力がなければいい映画とは思えない。映像に力はあるけど内容は……という作品は困りますけど、でも、やはり光がよくないとか、カメラがよくないというのは映画としてダメです。ですので、絵描きじゃないと映画監督とは言えません。フェデリコ・フェリーニ監督や黒澤明監督、あの小難しい作品を作っているジャン=リュック・ゴダール監督も、ものすごい絵描きです。ちょっとしたアングルや色の使い方もファッショナブルでうますぎるくらい。そういう部分がなければダメだと思う。古今東西、全くの絵描きではなく成功したのは大島渚(『戦場のメリークリスマス』)しかいない。全く絵描きの部分がない(笑)。でもあの方は、思想家でラディカルでした。
Q:坂本さんは、原子力に翻弄され続けてきた福島の親子4世代の人生を描いた菅乃廣監督作『あいときぼうのまち』(2013)にオープニング曲「千のナイフ」を提供しています。また、『レヴェナント』でアカデミー賞主演男優賞を受賞したレオナルド・ディカプリオは、受賞スピーチで、映画が自然をテーマにしていることに合わせて環境保護を訴えました。選ぶ作品のテーマ性も重視しているのでしょうか?
個人的には僕自身も環境のことは憂慮しているし、イニャリトゥ監督も話してみると大きな関心を抱いていますが、それと仕事は別と考えています。映画も、それが直接的なテーマではないと思います。自然における人間の営みそのものを描いていると思います。
止まらぬ映画愛
Q:本作はアカデミー賞で監督賞、主演男優賞、撮影賞を受賞しました。その模様はテレビでご覧になっていたのですか?
ええ。でも(受賞が)ちょっと少なすぎるよね(苦笑)。イニャリトゥ監督が前作『バードマン』でも受賞(作品賞・監督賞・脚本賞)しているから嫉妬があったのかな?
Q:映画が誕生して100年がたち、デジタルに3Dと技術が進化し世の中は映像であふれていますが、その表現方法で驚かされることは稀です。それなのに、イニャリトゥ監督とルベツキは次から次へと新たな世界を見せてくれますよね。
『バードマン』からわずか1、2年しかたっていないのに、まだこんな手法があったのか! と思いますよね。特にルベツキは『ゼロ・グラビティ』(2013)から3年続けてアカデミー賞受賞でしょう。今回も自然光だけでこれだけの映像を撮ってしまった。では次はどうするのか? と思うけど、全然困っている感じじゃないですよ(笑)。
Q:今後、組んでみたい監督はいますか?
中国のジャ・ジャンクー監督は好きですね。画に力がある。ツァイ・ミンリャン監督も、アピチャッポン・ウィーラセタクン監督も好きです。でも彼らは、坂本龍一の音楽を必要としていないでしょうね。アピチャッポン監督なんて、変わった音楽の使い方をするから面白いですよ。でもアジアで一番好きだったのは、亡くなってしまったけどエドワード・ヤン監督。最近、旧作のブルーレイが発売されるようになったのでうれしいですね。ハリウッドのエンターテインメントの監督だと、コーエン兄弟かな。彼らの作品は面白いし、映像がまた素晴らしいですね。
2013年のベネチア映画祭でコンペティション部門の審査員を務めた坂本。そのときの金獅子賞受賞作『ローマ環状線、めぐりゆく人生たち』のジャンフランコ・ロージ監督が、今年のベルリン映画祭で金熊賞を受賞した。「シリア難民の映画が受賞したと聞いたけど、彼だったのか。早く観たいですね」。実は坂本は高校時代、年間300本は鑑賞していたという映画好き。その映画愛とスタッフへのリスペクトが、優れた映画音楽を生み出しているのだろう。
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映画『レヴェナント:蘇えりし者』は4月22日より全国公開