『海よりもまだ深く』阿部寛&真木よう子&樹木希林 単独インタビュー
愛嬌のあるダメ男は憎めない
取材・文:高山亜紀 写真:高野広美
昨年に続き、今年は「ある視点」部門への出品が決まり、カンヌ国際映画祭の常連ともいえる是枝裕和監督の最新作は、「“なりたかった大人”になれなかった大人」を通して描く人間ドラマ。離婚した妻に子供の養育費が払えない状況でもギャンブルに金を投じ、小説家になる夢を捨てきれないでいる主人公・良多を好演した阿部寛、しっかり者の元妻役の真木よう子、ダメな息子でも愛することをやめない母を体現した樹木希林が、是枝作品ならではの魅力を語った。
団地から生まれる距離感や音が新鮮
Q:阿部さんと樹木さんは『歩いても 歩いても』以来の母・息子役での共演ですが、どんなことを意識して、あるいは意識しないで、撮影に臨みましたか?
阿部寛(以下、阿部):今回は、母親のすねをかじり自立できない男だったので、とにかく自分の中にある母親に対しての甘えを『歩いても~』より大きくして、樹木さんにぶつけるという挑み方をしました。
樹木希林(以下、樹木):わたしはね、もう他界しましたが出来の悪い兄がいて。母は何も言わないんですけど、何があってもかわいいという感じで、何でも許していた。息子に対する母親というのは、自分の親で見てきましたから、それを肝に入れておきました。
Q:真木さんはその関係に入っていく元妻でしたが、『そして父になる』とはまた違った自立した女性の役でしたね。
真木よう子(以下、真木):監督から見透かされたような気がするほど、自然体で入っていけました。団地も雰囲気があって、元ダンナとそのお母さんとのいい距離感も自然と生まれて、とてもやりやすかったです。
Q:団地で撮影する大変さもあったのではないですか?
阿部:そうですね。スタッフ含め数十人の大所帯ですから、狭いというのはありました。確か5階で撮影したと思うのですが、エレベーターがないので上り下りも大変でした。でも距離感があまりにも近いと普通とは少し違ってきて、新鮮なんですよね。映画を観て気が付いたのですが、障子1枚向こうに母が寝ているのに、結構大きな声で元妻と喋っていたりする。違和感があるけど、そういう生活をしていると慣れるんですね。音的な要素も楽しんでいた気がします。
樹木:ああいう狭さのなかで、聞かれちゃいけないから声を潜め合って、音を出さないように気を遣いながらみんな生きてきたのね。
ダメな子ほど、かわいい
Q:ダメな良多ですが、憎めないです。何を心掛けてチャーミングなキャラクターを生み出したのですか?
阿部:小さい頃、身近にのんべえやけんかっ早いおじさんがいたのですが、子供心に「この人、ダメだな」と思っているんだけど、一方で、情けないけど優しかったり、愛嬌を感じていたことが強烈に思い出に残っています。そんなふうに、だらしないところはあっても根本に人間の愛らしさが出ればいいなと思っていました。
Q:母としては「ダメな子ほど、かわいい」でしょうか。
樹木:その言葉が全てですね。もし、嫁が別れた後に好きな人がいるってことを知ったなら、本当にさびしいというか、いやだわ~って思うわ。
Q:元妻にとっては息子のお父さんだから、完全には切れないですよね。
真木:元ダンナのことを少し悪く言われた時の感情などで気付いたんですけど、決して子供の親だからというだけではないところがあるんです。良多はダメだけど、どこか憎めなくて愛らしい。まあ、阿部さんが演じたからこそかもしれないですが、そういう思いがずっとあったのだと思います。きっと、女性の方がきちんと将来のことを考えている。だからこそ切り替えて「前に進ませてよ」ってセリフにもありましたが、そういう気持ちだったのだと思います。
人間をよく見ている是枝監督ならではの描写
Q:是枝監督から、再度、起用したくなる役者の条件は「呼吸の合う人」と聞いたのですが、どういう意味だと思いますか。
真木:監督がそう言ってくれるなら、すごく光栄です。呼んでもらえるのなら、また何回でも出演したいです。
樹木:監督は知らない人と会うことに臆病なんだと思う。会って慣れるまでに時間がかかるのが嫌なんじゃない?
阿部:照れ屋なんです。以前、僕が体育会系のどーんとした男だったら起用しなかったって言われたことがあるんですが、監督と二人で「こうかな」って小さなことをいろいろ考えることができたからこそ、これまで一緒に作ってこられたような気がします。
Q:40代、50代と是枝監督と仕事をして、変化はありましたか?
阿部:40代で是枝さんの作品に出させていただいて、その頃は一つ一つこなしながら自分をどう出すか、どうやって演じていこうかと思っていましたけど、50になって心にゆとりが出たのか、少し自信がついたかもしれません。
Q:是枝作品の特別なところってどこにあると思いますか。
樹木:それは人間をよく見ているということね。この作品を試写で観たとき、ずっと笑っていたの。それは喜劇の「面白いでしょ?」っていう笑いではなくて、それぞれの人間がよく描けているから、日常のおかしさがある。人間が好きなんですね。
阿部:是枝さんはよく料理しているところや食べているシーンを撮られるんだけど、そういうなかに日常の会話が出てきて、大して大切でもない会話と大切な会話が入り混じっている。大人が必死になって言い訳したり、言い分を言っていたりするのを子供が聞いていて、子供に特別なセリフはないんだけど、その心情をスッと撮る。そこにコミカルなところや悲しいところが出てきたりする。説明じゃない描写がすごく独特かな。子供って思っていることを口に出さなくても、実によく大人を見ていて、吸収して、繊細に心を埋めていくんですよね。
真木:是枝組って変な緊張感やプレッシャーを背負わされることがないんです。自然体のまま現場に入って、スッとそこの空気感のなかできちんとお芝居ができるというのが、なんかとても貴重な現場だなとすごく思います。
セリフは一字一句、間違えずに
Q:母のセリフがまるで樹木さんの人生観のように自然に聞こえたのですが、実際には監督が書かれたんセリフのままなんですよね。
樹木:台本どおり、やらせていただきました。監督は許しませんから、一字一句、間違えられないのよ。一字でも違うと、あんな優しい顔して「もう1回」って。監督の言わんとすることをわたしの体を通して言っているんです。わたしは73歳だから、甘い言葉はいまの年齢では吐かないですね。
Q:印象に残ったセリフはありますか?
真木:いっぱいあるんですけど、「どうして男はいまを愛せないのかね」とか好きですね。やっぱり、いまを実感する人が勝つんじゃないかといつも思っているので、このセリフはすごく好き。
阿部:僕は「誰かの過去になる勇気を持つ」かな。自分ではまだはっきりと意味をわかっていないのですが、樹木さんのセリフも含めてこれから何年かたって、きちんと理解できるんだろうと思います。
樹木:わたしは、誰かの過去になる人生ばっかりだったわよ(笑)。
阿部は早めに待機して樹木を迎え入れ、樹木の言葉を一言も漏らさぬよう聞き入っていた真木。肝心の大先輩・樹木はいたってマイペースだが、「お昼は食べたの?」とスタッフ一人一人を気遣い、まるでみんなのフェアリー・ゴッドマザーのような、愛らしさと威厳を兼ね備えている。思いは三者三様のはずなのに、劇中では本物の家族のように一つになる。これだから、是枝作品は不思議で、それが魅力なのだ。
映画『海よりもまだ深く』は5月21日より全国公開