『ラストレシピ ~麒麟の舌の記憶~』西島秀俊&宮崎あおい 単独インタビュー
とにかく楽しくて美味しかった撮影
取材・文:高山亜紀 写真:高野広美
天才料理人が依頼されたのは、1930年代に天皇の料理番が考えた幻のフルコースの再現だった。『ラストレシピ ~麒麟の舌の記憶~』で西島秀俊が演じたのは国命を受け、「大日本帝国食菜全席」のメニュー開発に挑む料理人・山形直太朗。宮崎あおいは世界の食材が集まる満洲に夫と共に移住する妻・千鶴にふんしている。息の合った演技で夫唱婦随(ふしょうふずい)の夫婦像を披露した2人は10年来の仲。とにかく楽しくて美味しかったという撮影を振り返る。
西島秀俊が受けた料理の授業内容に宮崎あおいも興味津々
Q:西島さんはカリスマ性のある料理人役が板についていましたが、普段から料理はされるんですか。撮影前にどんな準備をされましたか?
西島秀俊(以下、西島):僕は普段あまり料理はしません。今回は服部栄養専門学校の先生方に教えていただきました。和洋中すべて教えていただいたんですが、直太朗は洋を学んだ、当時としては数少ない日本人なので、洋食の先生に教わることが多かったです。その先生がまた実際、体も大きく、明るくて、料理を作るのが大好きだってことが、こっちにも伝わってくるような方なんですね。直太朗の役づくりに関しては教えていただいた先生の影響が大きかったです。
Q:具体的にはどんなことを学んで、役づくりに生かしていったのですか。
西島:例えば「今日は香辛料の授業です」と始まるんですが、先生は香辛料を説明するだけでなく、それを使った料理まできちんと作ってくださる。そして、盛り付け一つにしても「西島さんならどう盛り付けますか」って聞かれるんです。戸惑いながらもやってみると「ああ、いいですね。でも僕ならこうするな。昔はこう。現代はこう」って全部やってみせてくださって。そして授業の最後は必ず美味しい出来上がりを食べて、家で復習する用に同じ食材を1セットいただいて帰る。そういう授業だったので本当に楽しかったですね。家に帰ってからの自主練は大変でしたけど(苦笑)。
Q:宮崎さんはそばで見ていて西島さんの料理人姿はいかがでしたか。
宮崎あおい(以下、宮崎※「崎」は正式には「大」が「立」):ビシッとコックコートを着られていて、とてもかっこよかったです。後ろから見ていることが多かったのですが、大きな背中で料理をしている姿が頼もしかったことが印象に残っています。それに今お話を聞いて、そんな風にお料理の勉強をなさっていたのかとうらやましくなりました。
お互いが感じる安心感が役に活かされた
Q:夢を追う夫の後ろ姿とそれを見つめる奥さんの立ち位置が素敵で、本当に理想的な夫婦像でした。
西島:千鶴という妻がいてくれたからこそ、あれだけ直太朗は好きなことをやって自分の才能を開花させることだけにまい進できたんだと思います。ただ、彼には一番大事なところが欠けていた。結果的にそれを千鶴の不在で教わることになり、真の偉大な料理人になっていく。男性に自分から気づかせることで、もう一つ上の存在にする。ある意味(千鶴は)完璧な女性像というか、すごい女性ですよね。
宮崎:常に一歩二歩下がって、一緒に歩くときも真横でなく斜め後ろを歩く感じの女性だと思っていました。直太朗さんの中に残る人物でいなければいけないということをすごく意識しながらやっていました。
西島:年上なのにこんなことを言うのは何なんですが、撮影現場では宮崎さんのことを本当に頼りにしていました。役もそうなんですけど、宮崎さんがそばで見てくれているだけで安心感がすごくあるんです。しかも距離感やそのい方が絶妙なので、そこに委ねて(直太朗の助手役の)西畑(大吾)君と兼松(若人)君とちょっとぐらい乱暴な演技もやっていられましたね(笑)。
宮崎:西島さんとは11年ほど前に作品が2本重なってご一緒した時期があって(朝ドラ「純情きらり」、映画『海でのはなし。』)、自分がまだ子どもの頃に出会っている方なので私も変な安心感で少しなれなれしくしてしまうといいますか(笑)。出会った時期が大人になってからの方とは違って、どこか楽なんです。だから現場にいるときも楽しかったですし、今回はとてもできた女性の役ということもあり、本当に終始穏やかに「幸せだな」と思っていたら終わってしまった現場でした。
究極のメニューはやっぱり松阪牛!
Q:直太朗が助手2人と料理するリズムもぴったりで活気ある雰囲気が伝わってきます。どうやってあの空気感を作っていったのでしょう?
西島:別に無理に何か空気感を作ろうという感じはなかったですね。2人ともとても気持ちがよくてすごく役にのめりこむタイプだったので、自然とああいうバランスになっていったように思います。西畑君は最初の顔合わせの「リハーサルだけやってみよう」という段階で号泣したんですね。「すごく入っているな。集中しているな」って刺激になりましたし、兼松君も中華包丁の使い方が「相当練習してきた」って一目でわかるくらいでした。本人は役とはまったく違うタイプで、最初に会ったときは役のためかモヒカンだったからパンクスみたいな印象で「すごいのが来た」って思ってたんです(笑)。「中国系なの?」って聞いたら「全然違います。オーディションでとりあえずやってやろうと片言で(中国語を)しゃべったら『面白い』って決まったんです」って。そんな度胸と天性のユーモア、魅力のある人だから最初から気が合いそうだと思っていました。
Q:幻のメニューは見たことも食べたこともない豪華絢爛な料理で驚かされました。お二人は食べられたんですか。
西島:(各シーンの)撮影が終わるとスッポンとか最高級の松阪牛を服部(栄養専門学校)の先生方が調理してくださって、みんなで美味しくいただきました。最高の現場でした。あとカツレツが本当に美味しかった!
宮崎:私も松阪牛が美味しかったです。シーンの中では食べられず「いいな。食べたいな」とうらやましく思って見ていたのですが、撮影が終わった後にちゃんといただきました(笑)。
過去から未来へと人をつないでくれる食物
Q:現代パートと戦前パート。2本分の映画を観たような贅沢さがあります。撮影中に現代パートのことを意識することはありましたか。
西島:滝田(洋二郎)監督から「二宮(和也)君、こんないい顔してるんだよ」というのを見せていただいていたので多少考えましたね。とはいえ過去パートの物語は現代パートにあるキツさみたいなものと比べると、その瞬間、瞬間はみんなレシピ作りに向かって全力疾走していく青春篇ともいえる内容なので、現場はとても楽しかったです。
Q:もし自分が究極のメニュー作りを任せられるとしたらリストに加えたい、自分や自分の家族の思い出の料理があれば教えてください。
西島:幼い頃に母がパンケーキのようなものにニンジンのすりおろしたものを入れてバターで焼いてくれていたんです。なぜ入れていたのかわからないんですが、きっと栄養のこととかニンジンを食べてほしいという思いがあったんでしょうね。(それを)いま食べてみたい。きっと作ってくれると思います。
宮崎:祖母は私が生まれる前に亡くなってしまったので会ったことがないのですが、亡くなって30年以上も経つのにいまだに祖母の漬けた梅干しがあるんです。会ったこともない人なのに祖母が作った梅干しを私はいま食べることができて、自分の身になっている。それが何かとてもうれしい気持ちにしてくれます。最近私も梅仕事をするようになりましたが、自分が亡くなった後も続いていく、つながっていくような食べ物を自分が作れるようになったらいいなと思っています。
スクリーンに映る理想の夫婦像とはまた違った空気をまとっていた2人。インタビュー中は終始穏やかなリラックスしたムードで、笑い声が絶えなかった。いまやすっかり大人の女性の宮崎だが、西島の前ではつい「あおいちゃん」の頃に引き戻されるのか、スチールの撮影中にはいたずらっぽい表情や茶目っ気のあるしぐさを見せていた。一方の西島も役柄を離れ「お兄さん」の優しい顔つきで宮崎に接していたのがとても印象的だった。
西島秀俊 ヘアメイク:亀田雅(The VOICE) スタイリスト:カワサキタカフミ(MILD)
宮崎あおい ヘアメイク:神宮司芳子(SHISEIDO) スタイリスト:藤井牧子
映画『ラストレシピ ~麒麟の舌の記憶~』は11月3日より全国公開