『勝手にふるえてろ』松岡茉優 単独インタビュー
生きづらさを感じたことのある人に届きますように
取材・文:浅見祥子 写真:高野広美
綿矢りさによる同名小説を、今作が3度目となる大九明子監督×松岡茉優のタッグで実写化した『勝手にふるえてろ』。主人公は中学時代の同級生イチへの片想い歴10年という24歳のOLのヨシカ。彼女の頭の中は自分勝手な妄想と旺盛すぎる批評家精神でいっぱいで、やたらと夢見がちで現実の恋愛には超奥手。そんな彼女に人生初の彼氏ができそうになるが……。クセの強いヒロインを演じて長編映画初主演を果たした松岡が語った。
ヨシカという役は、自分の中に透けて見えるよう
Q:最初に『勝手にふるえてろ』のオファーがあったとき、どう思いましたか?
これが私にとって長編映画初主演作です。子役のころから「いつか長編で主演映画を」と思っていましたからうれしかったのは確かですが「自分に長編の主演がつとまるのか。いったいどうなるのだろう?」と不安もありました。でも大九明子監督とお仕事をさせていただくのはこれが三度目で、短編映画の主演を初めてやらせていただいたのも大九さん。きっと大九さんとなら「広く」ではないかもしれないけど「深く」人の心に届く映画を作れるはずだと。そう思うと不安な気持ちは少し和らぎました。
Q:ヨシカをどう演じるか、すぐイメージできましたか?
原作に書かれたヨシカ像は「目の前に浮かぶよう」というより、自分の中に透けて見えるようでした。綿矢さんの小説は自分に当てはめやすく、主人公の気持ちにスッと添える気がします。たぶんそれって濃度は違えど自分の中にもヨシカ的な部分があるからだと思うんです。それはプラスの面だけでなく、ヨシカがいつも不満に思っていること、そうしたマイナス面もきちんと描かれているから、自分とヨシカの距離の近さを確認できるというか。台本はもちろん原作からアレンジされていますが、大九さんはヨシカというキャラクターに惚れこんで台本を書かれているので、一貫して太い幹のようなものがありました。それで私も迷うことなく、役柄を捉えることができた気がします。ヨシカは人と話すのも得意じゃない……というか話したくない子なんですよね。キラキラした女の子は苦手でどうしたらいいんだろう? と思ってしまい、あとでSNS上で毒づいたりして(笑)。そんな彼女を見ていると、いちいち生きづらさを感じてしまうのだろうなと。そんなヨシカを「好きだ」と言ってくれる人が現れただけでも特別なことだと思って。
アニメキャラが妄想上の恋人だった!?
Q:ヨシカは片想い相手のイチを妄想の中で理想の彼氏に仕立て、思いがけず告白してきた同僚のニと本気で両天秤にかけますよね?
もしかしてそこは現代っ子なのかなと思うのですが、私自身にも中学時代にイチのような存在がいました。生身の人間ではなく、アニメのキャラクターなんですけど。どのキャラかはナイショです!(笑)。だからこそヨシカの気持ちはよくよくわかるんですよね、私自身が天秤にかけていましたから。例えばクラスの男子から遊びに行こうと誘われたとして、その日がそのアニメの劇場公開日とかぶったらたぶん後者を選ぶだろうなと。生身の人間でもフィギュアでもいいのですが、自分にとって心の拠り所となるもの、そうした対象を持つことで自分を確立できると思える存在ってあるなと。だから実際のイチはもしかしたらすっごく性格が悪いかもしれないけど、妄想上は王子で。だからこそ「好きだ」と言ってくれる生身の人間であるニに勝ってしまうくらいに大事。そこは全然、不思議には思わなかったですね。
Q:ヨシカはイチとはろくに話したこともないのに「彼とは精神的につながっている」と思いこみます。そこも共感できました?
はい、わかります(笑)。勝手に邁進しちゃうんですよね、誰にも頼まれてないのに。ヨシカは大人になってからイチと再会するのですが、実際にイチとのシーンを撮るのは撮影期間の後半でした。北村匠海君が演じるのはわかっていますから、演じながらもずっと「イチ、イチ、イチ……」と頭の中では北村君の姿で妄想していたんです。なので初めて会えたときは、本当にうれしくて! だからこそ、その後に撮影したシーンでヨシカが衝撃的な一言を聞くところは「くるくる……」と思ってドキドキしました。マンションのベランダで昇る朝日を見ながら会話するシーンなのですが、撮影に適した光の状態が10分間ほどしかなくて。「今です!」と呼ばれたときに私はうとうとしていて、北村君もうつらうつらと(笑)。でも北村君は大変な瞬発力で、初めてイチの人間性が垣間見える素敵なシーンになりました。
Q:実際のイチはヨシカのことをどのように捉えていると思いますか?
……やさしさもあると思います。それは小動物とか植物へのやさしさに近い気がします。もちろんヨシカが妄想していたイチと実際のイチは違うわけで。10年という時間を経て再会したヨシカとイチがどうなっていくのか、それはぜひ映画館でご覧いただければと思います。
3年の片想いが破れた翌日に新しい恋!
Q:ショックを受けたヨシカが心の内をメロディーに乗せて歌う撮影はいかがでしたか?
実は幸せなシーンを撮ったあとに同じ場所で、つらい心の内を歌で吐露する撮影があって。つまり幸せなシーンのあとに絶望がやってくることが多かったのですが、だんだん慣れていきました。たいていの撮影が心情的につらいシーンで終わったので、撮影期間は絶望して家に帰るという暗~い日々でした(笑)。
Q:傷ついたあと一人暮らしの家にこもって立ち直ろうする姿もリアルでした。ご自身が大きなショックを受けたときは、どのように立ち直りますか?
仕事のことなら立ち直って前に進むしかないんですよね。小学生のころの初恋の人を中学生になってからも好きだったのですが、その子に好きな人ができたのを知ってすぐに諦めました。3年間もあれほど好きだったのにその翌日には立ち直ってました(笑)。そのたくましさは子ども特有ですよね。恋愛に限らずですが、年齢を重ねると、いろいろな傷が治りにくくなるのかも。「若いうちに傷つけ」とよく言われますけど、私もやっぱりそう思います。
Q:まだ22歳じゃないですか!
そうですね(笑)。でももしみなさんの心の中に昔の忘れられない記憶があるのなら、この映画を観てデトックスしてもらえたらうれしいです。
Q:この作品は殻に閉じこもっていたヨシカがそれを突き破る成長物語でもあります。ご自身にとって、そうした時期はいつごろでしたか?
そうした瞬間は折に触れてというか、急に来ますよね。まだ若いからかもしれませんが、立ち止まっちゃいけないのかな。一生、破り続けなきゃいけないんだろうなって思います。ちょうど19歳のころにある大人の方から「人見知りというのは20歳くらいで卒業するものだ」と言われたことがあるんです。私自身「人見知りだな」と思っていたのですが、それって甘えているんだなと気づきました。それで人見知りという気持ちを無視し始めたら、意外と大丈夫だな! と思って。食わず嫌いと同じでダメだと思いこんでいることも、蓋を開けると意外とダメじゃないってことがあると思ったことがありました。
Q:完成した映画をご覧になった感想は?
一度目ではとても判断できませんでしたが、先日改めて観たんです。それでもまだ作品全体を俯瞰するようには観られませんでした(笑)。でもきっとヨシカのような女の子はたくさんいると思うんです。それぞれに濃い薄いはあるでしょうけど。なので「自分とまわりの間に何か生きづらさを一度でも感じたことのある子たちに届きますように」と思っています。
まだ22歳。そう思えない落ち着きは本作の演技からも感じられるが、取材をするとその印象はさらに強くなる。こちらの質問に対して的確でまとまった答えを瞬時に導き出し、話を聞く人間の心をつかむエピソードを交え、ときには笑いもはさみながらスムーズに取材が進んでいく。バラエティー番組のMCぶりを観ていても感じるが、とにかく頭の回転が速いのだ。そんな彼女が主人公としてほぼ出づっぱりで奮闘した『勝手にふるえてろ』は、松岡茉優の女優としての凄味を感じさせる一本。松岡=ヨシカにしか見えないほどハマっている。この人がこの先どんな女優になるのか、本当に末恐ろしい。
映画『勝手にふるえてろ』は全国公開中