『孤狼の血』役所広司 単独インタビュー
とめどなくアドレナリンが放出される映画
取材・文:轟夕起夫 写真:中村嘉昭
「警察じゃけぇ、何をしてもええんじゃ」。広島の呉弁で劇中、そう凄んでみせるのは、通称「ガミさん」こと孤高のマル暴刑事・大上章吾。警察小説×『仁義なき戦い』と評される柚月裕子の小説を、『凶悪』『彼女がその名を知らない鳥たち』などの白石和彌監督が映画化した『孤狼の血』の主人公だ。昭和63年、暴力団対策法成立直前。架空の都市・呉原で展開する血湧き肉躍るエンターテインメントで大上を演じた役所広司、すなわち日本を代表する名優が、従来のイメージをかなぐり捨てて牽引した本作について熱く語った。
衝撃を受けた『仁義なき戦い』
Q:近年、破竹の勢いの白石和彌監督との初顔合わせになりましたね。
監督の『凶悪』や『日本で一番悪い奴ら』を観て、スゴいなあと驚かされました。「テーマは重厚なのに、何てエネルギッシュで小気味のいいテンポの映画を撮るんだろう!」って。しかもここのところ、量産体制に入っていて、かつての三池崇史さんみたいなバイタリティーの持ち主じゃないですか。この人と組んで、『孤狼の血』に挑んだらきっと面白いんじゃないかと思いましたね。
Q:撮影前、どのようなお話をされましたか?
「昭和の男」を描きたいということでした。そして、「かつてのような活力のある、元気が漲った日本映画を作りたい」と。確かに昔は、観ている最中、やたらと血が騒ぎ、劇場を出るときにはちょっと粋がりたくなるような作品が数多くありました。
Q:「この映画は東映の歴史でしばらく途絶えていたプログラムピクチャーの血脈に位置する作品」と白石監督は明言しています。
原作者の柚月裕子さんも、深作欣二監督の『仁義なき戦い』シリーズが大好きで、それを意識してこの『孤狼の血』を書かれたそうです。『仁義なき戦い』シリーズといえば、深作作品でおなじみのあの手持ちカメラの躍動感ですが、『孤狼の血』を映画にするにあたって、そこは白石監督の個性が出ていて、基本はカメラをフィックスに据え、時には長回しもあり、じっくりと役者の芝居を見守ってくれる撮影でした。『仁義なき戦い』シリーズだと全編、ハイテンションのまま突き進んでいくんですが、本作は緩急があり、ぐぐっと“溜め”があって、それがラストに集約され、生きてくる作りでしたね。
Q:ちなみに、役所さんの『仁義なき戦い』シリーズ体験は?
高校生ぐらいだったかな、最初にシリーズ2作目、北大路欣也さんのエピソードが強烈だった『仁義なき戦い 広島死闘篇』(1973)を封切り時に。衝撃でしたよ。観てはいけないものを観てしまった感じがしました。
役のためにやめていたタバコも吸った
Q:捜査のためなら違法行為も厭わない、大上というキャラクターを作り上げるために役立ったアイテムは何ですか。
まずは方言ですよね。呉弁。それからライターとタバコも。僕、タバコはやめていたんですけど、これは映画に欠かせないので吸いました。なるべく体に悪くないタバコを用意してもらって。またスモーカーに戻ってしまうんじゃないかと怖かったけど、まあ大丈夫でしたね(笑)。衣装部に用意してもらった派手なシャツにサングラス、ネックレスなども大きかったです。
Q:大上のキャラクターほか、映画独自のアレンジがいろいろと施されていますね。
原作の大上はね、ちょっとハードボイルド風でカッコよすぎて、そのまま演じるとなると“照れが入る”気がしました。そうしたら脚本では激しい性格と、人間臭いユーモア、さらには愛嬌が加味されていた。読んで「これならやれる」という感触がありましたね。後半のミステリー部分は映画オリジナルで、原作を読んでいる方も「おっ、そう来たか!」と思われるはず。
Q:ズバリ、役所さんが考える“大上”という男の魅力とは?
僕は“愛嬌”だと思う。刑事でありながらヤクザの世界に片足を突っ込み、不安定な立ち位置で生きているんですが、大上は終わりの見えないドブさらいをやってるんですよね。綺麗ごとでは汚れきった場所の“掃除”というのはできないわけで、清濁を併せ持って、職務に取り組んでいる。欠点だらけだけども、人間的にどこか“隙”が見え、それが「ガミさん」と呼ばれるような愛嬌につながり、人たらしな魅力になっているのではないか。もともと、あまりに完璧な人間だと共感を抱けない僕は、この大上には俳優としても、また一観客としても、強くシンパシーを感じています。
「目が饒舌」な松坂桃李の魅力
Q:今回“バディ”となるエリートの日岡役は、『日本のいちばん長い日』でも共演された松坂桃李さん。大上とは異なる正義感を持っていて、バチバチと対立します。
松坂くんは『日本のいちばん長い日』では血気盛んな青年将校役だったのですけど、彼の目や笑顔を見るとあの時代を想起させられ、「ああ、こういう純粋な若者がいたんだなあ」と、自分が阿南陸軍大臣を演じる大きなエネルギーになりました。今回もそうでしたね。日岡役の松坂くんの真っ直ぐな目を見ると、言葉以上に伝わってくるものがあった。“目が語る”という表現があるように、やっぱり目は饒舌なんですよね。アイコンタクトは、演じる上でとても重要です。
Q:松坂さん以外にも、江口洋介さん、竹野内豊さん……と多彩な方々がキャスティングされていますが、最年長は五十子会会長役の石橋蓮司さんですか?
そうです。石橋さんのような芝居巧者の方がいらっしゃると、現場も締まりますね。物腰が柔らかく、可笑しみを前面に押し出しているんですよ。けれども大上と会うシーンで一瞬、チラリと怖さを見せる。上手いですねえ。あと、石橋さんの決めゼリフが面白くて、台本を読んだときから「どんな風におっしゃるんだろう」と楽しみにしていました。
出演の決め手は? 近年の活動の裏側
Q:ところで、昨年放送された「陸王」(TBS系)では、2002年の「盤嶽の一生」(フジテレビ系)以来約15年ぶりに連続ドラマの主演を務められましたが、これは心境の変化ですか?
ずーっと映画にこだわってきたのですが、連続ドラマを担う肉体的なリミットもありますし、「テレビには映画とは別の、瞬発力の良さがある」と思って、出演を決めたんです。“連続ドラマは大変”と経験上、わかっているつもりだったのですが、それにしても「陸王」はセリフの多いドラマだったので苦労しましたね。そして、自分が出演した作品にこんなにもリアクションがあるのかと、ビックリもしました。改めて、テレビの影響力を痛感して、映画館に足を運んでもらうためにもドラマには出た方がいいのかもしれない……とも考えましたが、今の僕は体力的に、そんなにしょっちゅうはできません(笑)。
Q:日々、多くの作品のオファーを受けられる中、出演の決め手となるのはどういったことなのでしょう?
そうですねえ、留意するのはやはり誰が撮るのか……監督さんですね。本当は、脚本ができあがるまで待って、それを読んでというのがベストなんだけど、工程的になかなか難しいんですよね。あと、企画です。とにかくお客さんに楽しんでほしいんですよ。今回もそうで、「観ると、とめどなくアドレナリンが放出される、こんなテイストの映画もあるんですよ」と世に問いたかった。僕自身も忘れかけていたんだけど、白石監督がおっしゃるように、かつては痛快なプログラムピクチャーがたくさんあってね。テレビで放送することなど念頭に置いていない、「映画館だからこそ楽しめる世界」が喝采を浴びていたんです。そういう意味ではこの『孤狼の血』は、時代に背を向けた映画ですね。
原作者の柚月は完成作を観て、「心が火傷した」「『仁義なき戦い』を観たときと同じ、いや、それ以上ともいえる衝撃を受けた」という。直木賞候補になり、日本推理作家協会賞も獲得した、そもそもの小説の旨味を取り入れて、本作は単なる“ヤクザ映画”を超えて観客を極上の“魂の継承”のドラマへと運ぶ。そのドラマを起動させてゆく主エンジンとなるのが、役所広司の体現した刑事・大上、いや、「ガミさん」だ。インタビュー中で語っている通り、これは「観ると、とめどなくアドレナリンが放出されるテイストの映画」である。名優は嘘をつかない。
(C) 2018「孤狼の血」製作委員会
映画『孤狼の血』は5月12日より全国公開