『蝶の眠り』中山美穂 単独インタビュー
どんどんイメージを壊したい
取材・文:磯部正和 写真:日吉永遠
『子猫をお願い』で長編デビュー後、ドキュメンタリー映画などで鮮度の高い作品を世に送り出していた韓国の女性監督チョン・ジェウンが、中山美穂を主演に迎え、余命を宣告された小説家の人生の最終章を描いた『蝶の眠り』。50代という自身より年齢が上で、しかも死に向き合う役柄に挑んだ中山が、本作で目指した表現や、近年精力的に活動している女優業への思いを語った。
50代女性という設定に惹かれた
Q:これまでに中山さんが演じてこられた女性とは、一味違うキャラクターでしたね。
確かにチャレンジするような気持ちはありました。演じるキャラクターが「50代の女性小説家」という話を聞いたときに、すごく惹(ひ)かれたんです。
Q:どういったところに一番興味を持たれたのでしょうか?
50代という年齢ですね。わたしは若いころから、年を重ねるということは、自分の幅が広がっていくことだと信じていたので、50代の女性という役柄ではより魅力的な人物造形ができるのでは、という期待がありました。しかも、この作品の場合は、老いや死に直面しながら生きている女性だったので、その状況でどんな表現ができるのか、とても楽しみでした。
Q:主人公の涼子という女性にはどんな感想を持ちましたか?
わたしは役柄と自分を照らし合わせてどう思うか、という視点であまり脚本を読んだりしないんです。なので共感という感情ではないのですが、記憶がどんどん失われ、死が近づくにつれて、自分が醜い姿になっていくのを好きな人や近しい人に見せたくないという女心はわかる気がします。
Q:涼子のどういった部分を意識して演じましたか?
内面の強さと、強い人だからこその弱さや儚さというのを意識しました。より強くいようと思えば思うほど、弱さというのは浮き彫りになりますからね。
Q:先ほどチャレンジングな作品だとおっしゃっていましたが、女優としても大事な作品になったのではないでしょうか?
もちろんどんな作品でも大切なのですが、大きなポイントになる映画であることは間違いないです。これからも女優として、いろいろな作品に携わらせていただきたいので、そのきっかけになればいいなと思っています。
現場では何でも受け入れる!
Q:近年、精力的に作品に参加されていますが、出演する際、どういった点を重視されているのでしょうか?
何よりも脚本、そして監督への信頼が重要だと思っています。本作のチョン・ジェウン監督の『子猫をお願い』はすごく好きな世界観で、映像の撮り方のイメージもできる作品でした。監督ともお話をさせていただき、彼女の思いにも共感できたので、ぜひやらせていただきたいと思ったんです。
Q:撮影現場でのチョン・ジェウン監督はいかがでしたか?
他の現場とは全然違うやり方でした。カット割りなどを決め込まず、その場で思い付いたことをかなり取り入れるのです。スタッフさんは大変そうでしたが、お芝居の中には突発的に生まれた感情もあり、とても新鮮な現場でした。ロケハンしながら撮影することもあったんですよ(笑)。
Q:とっさに対応する必要があるのですね。
急遽セリフが変わることもありましたが、意外と対応できましたね(笑)。わたしは現場に入ると、基本的に何でも受け入れて従う方なんです。大変な部分はありましたが、何があっても怒らないですね。
Q:そういう考えになったきっかけなどはあるのですか?
結局現場でじたばたしても、完成したものはあまり変わらないとあるとき気付いたんです。そこからは、本当に現場では何でも受け入れています。2010年に公開された『サヨナライツカ』は「もう撮り終わらないんじゃないか」と思うぐらい大変で、「待つ、待つ、待つ、我慢、我慢、我慢」の連続だったんです(笑)。あの撮影を経験したら、もう何でも大丈夫って思いました。
年齢を重ねることは楽しいこと
Q:釜山国際映画祭のトークショーで、女優と男優ではキャリアを重ねたときの役柄の幅が違う、という話をされていましたね。
女優さんは、年齢を重ねると役柄の選択肢が狭まってくるなという思いはずっとありました。ただ一方で、いろいろな経験を積むことで表現の幅は広がっていくとも思っていたので、昔からあまりマイナスには考えていませんでした。こういう作品がより多くの人に受け入れてもらえれば、希望が持てるのかなと思っています。
Q:年齢を重ねることを楽しまれているようですね。
そうですね。俳優という仕事で考えれば、楽しいことでもつらいことでも経験すればするだけ表現力は増すだろうし、人間的にも成長していけると思っています。
Q:今後も中山さんの新たな一面が見られるのでしょうか?
「イメージと違うね」と言われることはうれしいので、どんどん新しいことに挑戦していきたいです。時代によって生まれてくる作品も違うと思うのですが、これからもっと面白い作品は生まれると思います。その中で、どんな形でもいいから、どんどんイメージを壊すような役柄に挑んでいきたいです。
永瀬正敏の出演は感慨深い!
Q:涼子は偶然性に意味を見いだすような人でしたが、中山さんはこうした感性はどう思われますか?
わたしも直感は割と信じます。人や作品との出会いって、偶然の要素が大きいと思うんです。特に過去を振り返っても、人との出会いは、全部偶然といっても過言ではないかもしれません。そこから縁になって広がっていくのだと思います。
Q:これまでの芸能活動の中で、印象に残っている出会いはありましたか?
『Love Letter』の岩井俊二監督との出会いは、ちょうど自分の殻を破りたいと思っているときだったので、すごく良いタイミングでした。チョン・ジェウン監督も『Love Letter』を観て、今回、わたしにオファーしてくださったようですし。つながっていますよね!
Q:今回友情出演している永瀬正敏さんとも縁がありますよね。
30年ぐらい前にドラマで共演してから、たまに連絡は取り合ってはいましたが、今回、永瀬くんが出演すると聞いたので連絡したら「美穂が出るというからやるんだよ」って言ってくれたんです。すごくありがたかったです。永瀬くんだけじゃないですが、誰と何を話しても「何十年ぶりだね」というフレーズが出てくるんです。縁深いですね。
「パブリックイメージが崩れることは全く怖くない」と語った中山。その言葉通り、デビュー30年にして初挑戦した本格的な舞台「魔術」をはじめ、1月に放送されたドラマ「平成細雪」、そして本作など、これまでのイメージとは違う役柄を精力的に演じている印象を受ける。そんな現状を「とても充実している」と語り「どんな役でもやっていきたい」と力強く宣言する彼女の姿を見ていると、「年を重ねることは楽しいことなんだ」と素直に思えてくる。
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映画『蝶の眠り』は公開中