『妻よ薔薇のように 家族はつらいよIII』夏川結衣 単独インタビュー
本気で映画を作ろうとしている人は怖い
取材・文:高山亜紀 写真:高野広美
山田洋次監督の喜劇映画『家族はつらいよ』シリーズもついに3作目。『妻よ薔薇のように 家族はつらいよIII』と銘打った本作は監督から主婦へ贈る讃歌。へそくりを貯めていた平田家の嫁・史枝とそれを「よくも俺の金を」と言ってしまった幸之助の夫婦げんかが大騒動を引き起こす。監督の作品に『東京家族』『小さいおうち』に続いて、5作品の出演を果たした史枝役、夏川結衣が山田作品ならではのプロの撮影現場を熱く語る。
演者の顔つきが暗くなる恐怖の家族会議
Q:『家族はつらいよ』シリーズ、ついに3作目ですね
『家族はつらいよ』の見どころって、なんといっても家族会議。でも今回は自分が主役というより、自分が争点になっていて、会議に参加していないことに内心ほっとしました(笑)。あのシーンが一番、監督の檄(げき)が飛ぶところで、台本にして1シーン、15ページ。1日かけてリハーサルして、3日かけて撮ります。みんな顔つきが暗くなるので、「ああもうすぐ家族会議なんだな」ってちょっと他人事でした(笑)。
Q:家族会議に出ないで、ずるいと思われなかったですか(笑)。
今回は私一人のシーンが多くて。泥棒に入られるわ、幸之助(西村まさ彦)さんとの夫婦げんかで家出して地方ロケ、フラメンコまであって、スケジュールに史枝史枝史枝って書いてあったので、逆に「どうしてこんなに」って思うくらいみんなから気遣われました。特に妻夫木(聡)さんが本当に優しくて、(役柄の)庄太そのものでした。
Q:喜劇とは思えないシビアな撮影現場だとお聞きしました。
はい(笑)。3作目ともなると和気藹々(わきあいあい)かと思われるかもしれませんが、(第1弾の)『家族はつらいよ』から変わらない緊張感があります。全員プロ意識も、俳優としてのモチベーションも高いから、このメンバーとの仕事は大いに刺激になります。山田監督の作品は毎回、自分自身を訓練する場所です。作品に参加しながら、人の芝居、現場の動きを見て、監督の演技指導は自分のもほかの俳優さんに言われることも聞いて、さらにはスタッフに指示していることも漏らさない。山田監督は厳しいので、時には頭が真っ白になって身がすくむこともあったけれど、一つ一つのシーンをクリアして監督の要求に手が届くことで、どれほどのスキルアップになったかと思います。
フラメンコに秘められた、とんでもない理由
Q:監督は皆さんから聞いた話を台本に盛り込んでいるそうですね。
そうなんです。蒼井優さんはすごくたくさんエピソードを持っていて、監督もそこからヒントを得ることが多いので、私たちの間で「優先生」と呼ばれています(笑)。私も一度、監督と取材を受けている時に「最近は夫婦でも一緒のお墓に入らず、友だちと入る人がいるらしいです」という話をしていたら、今回、富子(吉行和子)さんの台詞にあったので「あ! これは!」と思いました(笑)。
Q:今回は史枝がフラメンコを踊る場面がありましたが、監督のその発想はどこからきたのでしょうか。
まったくの未経験だったので「嘘でしょ!?」と思ってしまったくらい、それは大変な思いをしました。でも先日、監督が「どうしてフラメンコなんですか」とインタビューで聞かれていて、「僕、単純にフラメンコが好きみたいなんだよね。ほほほ」と笑いながら答えていて、「えっ、理由はそれだけ?」とびっくりしました。監督がちらっと私を見て、「相談せずに勝手に書いちゃってごめんね」と笑っていらっしゃいました(笑)。
Q:準備期間はどれくらいあったんですか。
撮影の1か月前から10回くらい先生について習いました。私、リズム感がないんです。だから教えてくださる先生も「あれ? 結構、てこずるかも?」と思われたはず(笑)。「その時までに仕上げてみせる」という意気込みと「仕上げないとどうにもならない」という必死さでどうにかやれたけど、これがベースからしっかりって言われていたら、性格が飽きっぽいので向かないかもしれません。
何の予告もなく、犬から鳥へ
Q:平田家のペットが『家族はつらいよ』の犬から『家族はつらいよ2』で鳥になっていた時も驚きましたが、鳥は今回も活躍していますね。
監督から「君の一番の友だち、愚痴を言える相手は鳥だよ」って言われて、「犬じゃないんだ」と思いましたね(笑)。今回、史枝が鳥を連れて家を出ていくのにはびっくりしましたが、監督のなかでは「鳥かごの鳥」と「家に閉じ込められている主婦」が少しリンクしているようです。前作より毛艶がよくなったので、別の鳥かと思ったんですが、大人になって羽が生え替わったらしく、同じ鳥です。『家族はつらいよ2』の撮影が終わった後、『家族はつらいよIII』があるかもしれないと美術の女性スタッフさんがずっと飼っていたんだそうです。すごいですよね。
Q:「籠の鳥」ではないですが、史枝さんってお嫁さん、お母さん、妻として、本当によく働いていますよね。どんな気持ちで演じているんですか。
史枝って大変だなとは客観的に思っていましたが、俳優としては台本に書かれていることを成立させるだけなので、特別な気持ちというものはないです。特に『家族はつらいよ』と『家族はつらいよ2』の時はテーマが別にあったので、そのなかで起こることに対して、自分の役としてできることに集中していました。山田監督の作品は、監督が思ってらっしゃる画にみんなが近づくことで精いっぱい。「このシーンはどうなのか」と俳優が考えることはありません。本当に手放しで山田監督にお任せするのが一番、正解なのだと思います。すべては監督の頭と心のなかにある。
味わったことのない緊張感
Q:先ほど「身がすくむ」と言われましたが山田監督は怖いのでしょうか。
(撮影現場で)頭が真っ白になった時は「うまく切り替えられない。どうしよう」と迷っているうちに、どんどん重ねて指示を受けた時です。「いま体にしみ込ませているから、ちょっと待って」と思っていても、「そんなのは俳優の都合」。今回はそこまではならなかったのですが、それは山田監督の作品をやっているうちに「じゃあこうしてみよう」と自分で切り替えるのが早くなったのだと思います。(山田監督は)俳優だけでなく、カメラマン、照明さん、美術さん、みんなに対してそう。本気で(映画を)作ろうとしている人が本気でものを言う時って怖いです。だけど、すごい説得力。そのためにみんな集まっているんだから「はい」と言うしかない。すごい緊張感と一体感です。怖いですよ。本気だもの。だから私たちも本気です。
Q:5作目ともなると監督のストライクゾーンがわかってきますか。
わからないですね。だって、深いですよ。監督が演出していらっしゃる映画の本数、年数を考えたら、わかるわけがないと思っちゃう。でもそこに触れていられる、演出を受けていられるなんて、こんなに幸せなことはありません。「山田監督の作品を一度でいいからやってみたい」という方が本当にいっぱいいらっしゃるなか、5作もやれたなんて。すごく幸せだし、ラッキーだなと思います。
Q:『家族はつらいよ4』はあるんでしょうか。
『家族はつらいよIII』で一回、着地したような気がしています。少し「あっ終わっちゃう」って思いました。これで「『4』があります」と言われたら、ちょっとびっくりするかもしれません。でも、あるなら家族会議のシーンがあるはずなので、今度は参加できると思います。
プロフェッショナルな女優である。気さくな人柄だが、一度口を開くと、仕事に対するストイックな姿勢に驚かされるばかり。肌は陶器のようにきめ細やかで光るように白く、手首足首などは人形のように華奢だ。もともとが美しいのに、彼女のことだから生活を制限し、女優業のために持てるすべてを捧げているに違いない。仕事への向き合い方には毎回、いたく感心してしまう。尊敬に値する本物の女優である。
映画『妻よ薔薇のように 家族はつらいよIII』は5月25日より全国公開