『それいけ!アンパンマン かがやけ!クルンといのちの星』戸田恵子 単独インタビュー
仕事をする原点はみんなに喜んでもらいたいから
取材・文:早川あゆみ 写真:中村嘉昭
子どもも大人も知っているアニメ「それいけ!アンパンマン」が、今年30周年を迎えた。記念すべき劇場版のテーマは「原点回帰」。アンパンマン誕生のきっかけになった「いのちの星」に危機が訪れ、アンパンマンたちが救いに向かうという物語だ。クルンという不思議で可愛いゲストキャラクターは女優の杏、ばいきんまんの作ったメカたちをお笑いコンビ・アンジャッシュの2人が演じる。おなじみのテーマ曲に託された原作者・やなせたかし氏の思いと作品の魅力を、主人公のアンパンマンの声を30年間演じ続けている戸田恵子が語った。
子どもたちの大事な部分を担っている
Q:アニメの「アンパンマン」が今年30周年を迎えるお気持ちはいかがですか。
わたしたちには特に「30周年だから」という特別な気持ちはありません。週に1度の(テレビアニメの)収録を本当に地道にやってきただけで、人から言われてはじめて「そうなのか」と意識したくらい。あっという間だったなと思います。ただ、1つのことが30年も続くことはそうはないことだと思いますから、わたしにとっても貴重な経験ですね。
Q:最初のころと、作品への印象は変わりましたか?
はじめはごく普通に「可愛いお仕事をいただいたな」と思うだけでした。でも、続いていく間に街におもちゃやグッズがいっぱいあふれてきて。乳幼児が(成長するときに)必ず通る場所に「アンパンマン」があって、わたしたちはその大事な部分を担っているんだとわかるまでには、少し時間がかかりましたね。こんなに影響力がある作品になるなんて、誰も思ってなかったです。
Q:ずっと「わたしたち」とおっしゃっていますが、それは関わっている声優さんたちということですよね。戸田さんは座長さんですが、意識してやっていることはありますか?
制作チーム全体、特に声優のチームのことですけど、座長だなんて考えたこともないです。みんなものすごいプロフェッショナルで、力のある方たちばかりですし、新しい方が入ってきてもみんなで力を合わせてやっています。
やなせたかしが込めた思い
Q:アンパンマンを演じるうえで、心がけていることはありますか?
(原作者の)やなせたかし先生の思いがこもっている作品なので、ブレずに届けたいといつも思っています。先生に出会えたことは、ただただ感謝しかない。たくさんの声優の中からわたしを選んでいただけて光栄です。今では、わたしが一番アンパンマンを愛していて、心を込めて演じられると自負していますし、一生懸命やらせていただいています。
Q:「やなせ先生の思い」とは、具体的にどんなことですか?
1つ目は、アンパンマンが人のために何かをすることに喜びを感じているヒーローだということです。しかも、おなかのすいている人に自分の顔をちぎってあげると、自分の力は弱まってしまう。自分が損をしたり弱くなるなら「やらない」というのが普通ですけど、アンパンマンは違うんです。人のためになると、自分の心がホカホカするんだという優しいヒーローなんですね。2つ目は、共存するということ。食品と菌という相反するものが共存して成り立っていますからね。3つ目は、この作品の世界観にはお金が存在しないので、何かをするのはもうけるためではなく、純粋に人に喜んでもらいたいから。モノ作りの基本的なことです。そして、先生はエンターテイメントがお好きだったので、キャラクターも歌うし踊るし、昔ながらの芝居一座が登場したり、日本ならではの四季に富んでいたり。そういうところが素晴らしいなと思います。
みんなに元気になってもらいたい
Q:今回の映画は「原点回帰」がテーマですが、戸田さんにとって「原点回帰」とは?
やなせ先生はいつも「戸田さん、人が喜ぶことをしなさい」とおっしゃってました。わたしが仕事をする原点も、みんなに元気になってもらったり、癒やしを感じてもらったり、喜んだりしてもらいたいから。それに尽きます。もちろん、生きていくためにギャラはいただかないといけないんですけど(笑)、なるべくその理想に沿った形のお仕事をしていきたいですね。アンパンマンに出会う前にもいろいろなことを吸収してきましたけど、先生にお会いできてからの時間は、さらに充実した時間だったなと思います。
Q:戸田さんご自身はいつもお元気ですが、何か秘訣がありますか?
わたし、自分ではそんなに元気だとは思ってないんですけど(笑)。でも、わたしはエンターテイメント性の高いものを観ると元気になりますね。ライブ、コンサート、落語、サーカス、演劇、ミュージカル……。とにかく、生身の人間がわたしの目の前で同じ時間を共有して何かをやってくれるのを観るのが、元気の源です。どれだけ練習したらこれができるのか、どんな生活をしたらこんなことが可能なんだろうと感動します。人間ってすごい、それに引き換え自分はって、ちょっとうなだれる感じにもなりますけど(笑)。自分を鼓舞させるために観に行くこともあります。
「アンパンマン」は100年続く作品
Q:今作では、ゲストキャラクターのクルンを杏さんが演じています。
何度も共演しているので、今回も杏ちゃん本人から「今度『アンパンマン』に出られるんです」と連絡がありました。ご自身がとても喜んでくれているので、わたしもうれしいです。杏ちゃんのお子さんたちはまだ「お母さんがこの声をやってる」というのはわからないかもしれないですけど(笑)。映画の『アンパンマン』には毎回素敵なゲストの方が来てくださるので、それもうれしいです。
Q:クルンはどういう子で、どんな物語なのでしょうか。
クルンちゃんは「わかんない」が口ぐせで、アンパンマンになんでパトロールしてるのかと聞くような無邪気な子です。それに対してアンパンマンは「人を助けるため」としっかり答える。先生が作詞された「アンパンマンのマーチ」にある、何のために生きるのかという、大人も感動する哲学的な問いに、いつも以上にぐっと焦点を合わせる物語です。
Q:お母さんが子どもに観せたい作品でもありますね。
おばあちゃん、娘、孫の三世代で観てくださるというのは、よく聞きますし、お手紙もいただきます。簡単すぎる言葉ですけど「安心して観ていただける」作品ですよね。子どもは刺激が強いものが好きで、汚い言葉や尖った言葉を使いたがる時期が来ると思うんですが、そこに行くまでの間に「アンパンマン」を通ってくださるなら、押しつけがましくなく、大切なことは自然に体に入っていると思います。わたしは、偉大なるマンネリでいいと思ってますよ。なんにも新しくする必要はなくて、ほっこりする安心感のある世界観を、いつまでも続けていけばいいんだと思います。
Q:ずっと続けたいですか?
100年続くと思います、制作スタッフのみなさんがちゃんと愛してくれれば。やめる理由がないですから。アンパンマンたちは本当の生命体ではないので、100年はゆうに生きますよ。わたしたち声優は、そうはいかないですけどね(笑)。
誰でも知っているけど、あんまり知られていない「アンパンマン」に込められた深い思いやメッセージを、原作者・やなせたかし氏の教えとして熱く語った戸田恵子。女優として数々の舞台や映像作品に参加しつつ、声優としても代表作を持ち、アニメのレギュラー作品で主役をつとめるという、ほかの誰にもマネのできない活躍ぶりは、日本の女優陣の中でも突出したものだろう。これからも、その八面六臂の活動で、観客や視聴者を楽しませ続けてくれるに違いない。
衣装:imac / Black Mouton/撮影場所:THE GRAND 47(ザ・グラン フォーティーセブン)
(C) やなせたかし/フレーベル館・TMS・NTV (C) やなせたかし/アンパンマン製作委員会2018
映画『それいけ!アンパンマン かがやけ!クルンといのちの星』は6月30日より全国公開